「マイ・バック・ページ」 あの事件を思い出した
本作の舞台となる時代は69年の東大安田講堂事件から71年の朝霞自衛官殺害事件あたりまで。
僕も生まれたばかりの頃なので、その時代の記憶があるわけでもありません。
60年代の学生運動の頃というのは、その時代を知らぬ自分からすると、その時に日本全体が熱を持っていたような感じがします。
「政治の季節」とも言われるように、戦後復興から高度経済成長期に入り、ようやく戦後のいろいろな積み残しの問題に目が向いた時代であったのかもしれません。
60年代の学生は「戦争を知らぬ子供たち」であったため、より敗戦国となった日本が戦後受け入れた施策について、素直に問題点を指摘できたのでしょうか。
しかし本作で描かれる時代はそのような「政治の季節」も終わりを告げようとしていました。
熱病のようなエネルギーは去り、世の中は「しらけの時代」へと移っていくのです。
本作の登場人物の中でキーマンとなるのは、松山ケンイチさんが演じる梅山です。
時代の熱は冷めつつある中で、梅山は「遅れてきた世代」であり、時代の残熱を自身の中に持ち、闘争・行動を叫びます。
しかし、彼が60年代を生きた学生ほどに世の中を変えられるという自信と希望を持っていたかというと疑問が出てきます。
彼が行う学生同士の論争を見ても、彼が明確なビジョンを持っているようには思えません。
ビジョン達成のための闘争や行動があるのではなく、その手段が目的化しているように見えます。
「革命家」である自分に酔うという感じですね。
まさに彼は前の世代の熱病を自分の中に取り込んでしまい自家中毒というか、自分酔いという状態になっていたように感じます。
これは彼がとか、この時代の若者がということではなく、そもそも若者というものは自分に酔うという性質のものではあるのではあるのですが。
けれども不幸にしてと言っていいと思いますが、彼はある種のカリスマ性を持っていたのでしょうか、数人の仲間は彼の考えに共感し、「過激派」めいた行動を共にします。
彼のカリスマ性が、自家中毒であったものを周りの人々へも影響を与えてしまうこととなったわけですね。
梅山に影響を受けた一人が主人公沢田(妻夫木聡さん)です。
彼は世代的には60年代に学生だったようですが、学生闘争とは一歩距離を置いていたと思われます(いあゆるノンポリといったところだったのでしょうか)。
しかしその距離感は、彼の中で後ろめたさのようなものになっていたような感じもします。
その後ろめたさのようなものがあったからこそ、梅山の影響を受けてしまうこととなったのだと思います。
梅山という人物を本作で観ていたときに、思い浮かべたのはオウム真理教の麻原彰晃でした。
彼もまた自分酔いといったような状態になり、そして類いまれなカリスマ性で周囲の人々、そしてまったく無関係の人々の運命を狂わせることとなったのです。
梅山と麻原の共通点は、社会との断絶であると思います。
オウムの場合は、周囲から迫害されているという妄想により、自ら社会との関係性を断ち切りました。
梅山の場合は社会の中にいますが、彼の強固な自信とプライドが、周囲の人々の意見を聞くことができないという点で、社会と断絶していると言えます。
この断絶が、自分の中で生み出された毒に自分自身が侵され、さらにはその毒が濃縮化されていくということにつながったのだと思います。
そして彼らの磁力圏内にいる人々もまた毒に侵されるのです。
本作でも、梅山が作った計画にのり、自衛隊駐屯地に侵入し行きずりの自衛官を殺してしまうことになる柴山という学生がいますが、彼はオウム事件の実行犯を連想させます。
すべての事件が発覚したところで、その首謀者が自分の罪の自覚がなく、配下の者が勝手にやったことだと責任逃れをするところも同じですよね。
監督の山下敦弘さん、脚本の向井康介さんは共に、この作品の時代には生まれていませんでした。
けれどそれをリアリティを持って描くことはできたのは、オウム事件のことがイメージとしてあったのではないかなと思ったりしました。
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※ネタバレ注:ラストに触れています。
----これは、フォーンも一緒に観た映画。
えいが、とても観たがっていたし、
じゃあ、付き合ってみようかと…。
でも、ニャんだか複雑な顔してたね。
「うん。
これって、原作が川本三郎氏。
彼の実体験に基づいた話だよね。
観てい...... [続きを読む]
受信: 2012年4月15日 (日) 22時30分
コメント
ほし★ママさん、こんにちは!
学生運動の世代というのは、どちらかというと理屈がたっているけれどもそれに行動がついていけていない、頭でっかちなイメージがありますね。
行動を起こしたとしても暴力といったところになるので、なにかしら子供っぽさも感じます。
それは高度経済成長の時代がうみだした歪みみたいなものを若者が敏感に感じていたのだからかもしれません。
いつの時代も若者はその時代を反映しているような気がします。
投稿: はらやん | 2012年4月21日 (土) 14時53分
若い監督がなぜこの時代を描こうと思ったのか?と言う疑問は
自分なりに解釈しましたが
なぜ描けたのか?と言う疑問には
はらやんさんが答えて下さいました。
シラケ世代ですが、前の世代を良く思っていない私は
忽那さん演じる倉田の言葉に心の中で拍手しました。
投稿: ほし★ママ | 2012年4月16日 (月) 17時46分
rose_chocolatさん、こんばんは!
僕も山下監督は好きです。
本作で描かれている時代は熱狂が過ぎ去って、残熱が残っているような感じですよね。
その最後の熱に沢田も、梅山自身も踊らされてしまったように感じました。
ほんと巻き込まれた人々はかわいそうでした。
それだけ梅山にカリスマ性があったということなのでしょう。
彼が捕まってからも自分は悪くないというスタンスをとっていたのは、彼自身、自分の言うことに騙されてしまうタイプであったのかもしれません。
投稿: はらやん | 2012年4月 9日 (月) 22時17分
去年の邦画の中でも結構お気に入りだった作品です。
山下監督のスタンスが好きなのかも。
この時代・・・ 熱に踊らされてしまった人も多かったんじゃないでしょうか。
この映画にも出てくるけど、結果的に巻き込まれた人が気の毒でした。
投稿: rose_chocolat | 2012年4月 9日 (月) 00時59分