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2012年2月18日 (土)

本 「草枕」

「山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
という有名な出だしで始まるのが、夏目漱石の「草枕」です。
これは一人の「画工」が、「住みにくい」街を離れ、しばし那古位という温泉場に逗留しているときを描いています。
しかしそこでなにか大きな出来事が起こるわけではありません。
淡々と時間が過ぎていきます。
「画工」はしがらみや喧噪といった人とのめんどうな関係を嫌い、ただ世の中に対して一歩引いたところにいたいというようなスタンスを好みます。
何度か作品の中に「非人情」という言葉が出てきますが、これはいわゆる「非情」ということではなく、人情的なしがらみがない状態のことを言っているかと思います。
情があり、活力がある状態というのは、いつか尽き果てるという心配があります。
「画工」はそういう心配とは無縁な「非人情」という状態を好むわけですね。
そういう心情を表しているところとすれば
「余は明らかに何も考えておらぬ。または慥かに何物をも見ておらぬ。わが意識の舞台に著しき色彩を以て動くものがないから、われは如何なる事物に同化したともいえぬ。」
あり、また
「ただそれほどに活力がないばかりだ。しかしここにかえって幸福がある。偉大なる活力の発現は、この活力がいつか尽き果てるだろうとの懸念が籠る。常の姿にはそういう心配は伴わぬ。常より淡きわが心の、今の状態には、わが烈しき力の銷磨しはせぬかとの憂を離れたるのみならず、常の心の可もなく不可もなき凡境をも脱却している」
などとあります。
こういう心情はわからないわけではありません。
とかく人の世はしがらみがあって住みにくいとも、同じように感じたりしますから。
「画工」はなにかそういう心情を画なり、文なりで表したいと考えており、それをなんどなく繰り返しては先送りし、といったようなことをして小説の時間は過ぎていきます。
そこでやはり大きな事件が起こるわけではありません。
「画工」という人物は漱石自身の投影であることは間違いないでしょう。
漱石自身も人の世は住みにくいと感じていたのでしょうね。
「草枕」は漱石の作品でも初期のもので、これは思いのほか世間での評判が高かったようです。
それにより漱石はなお注目されることになり、しがらみがまた強くなっていくというのは皮肉なところかもしれません。
本作は漱石のスタンスもしがらみなどを纏いながら生きていくということを面倒だと思う気持ちはあれど、それほどの切迫感はありません。
まだ余裕があるという感じを受けます。
後期の作品になるとそれが次第に重みになり、生きること自体がしんどくなっていくというのが、彼の作品から伝わってくるようになります。
漱石の心がまだ平和であった時代の作品なのだろうなと感じました。

「草枕」夏目漱石著 岩波書店 文庫 ISBN4-00-310104-9

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コメント

こにさん、こんばんは!

僕も大人になるまで「草枕」だとは知りませんでした。
夏目漱石の作品のどれか、くらいで。
古典もたまに手に取ると長年読まれてるだけあって、面白いものですよね。

投稿: はらやん | 2012年2月18日 (土) 19時44分

冒頭文はあまりにも有名ですね。
でも、漱石の小説の書き出しだと知ったのは随分大人になってからでした。
^^;

投稿: こに | 2012年2月18日 (土) 12時28分

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