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2012年2月12日 (日)

本 「虚像の砦」

インターネットの浸透に伴い、旧四媒体(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)の影響力が弱まってきていると言われていますが、その中でやはりテレビの影響力は別格です。
影響力の広さ、スピードという点ではやはり最大の媒体と言っていいでしょう。
様々な業界へ鋭く切り込み、その課題をエンターテイメント小説の中で提示してきた真山仁さんが本作で取り上げるのは、そのテレビ業界です。
本作で物語の舞台となるのは架空の民放です。
そしてストーリーの中心になるのは、みなさんも記憶しているイラクでの民間人人質事件(本作ではイスラム国という架空の国となりフィクションとなっています)です。
「自己責任」という言葉が流布したあの事件ですね。
当時、自分も「こんな状況の中で危ないところに行って、捕まってしまうのは人騒がせだな」と思いました。
しかし本作を読むと、そういう気持ちになったのは、メディアの影響力はあったのだろうなとも感じました。
テレビなどの影響力が強いメディアは、やろうと思えば恣意的な意識操作も可能です。
またある種のムードが醸成されたとき(例えば先ほどの「自己責任論」のような)、それだけに収斂されていってしまう怖さもあります。
危険なのは、そのメディアの伝え方が一方向だけの見方になってしまうことです。
あるトピックがあったとしても、それはできうる限り多面的で、いくつかの方向性からの捉え方をされていなければなりません。
それを視聴者にしっかりと提示するということがメディアの役割であると思います。
そしてまた観る側も、意識的に他の見方ができないか、ということを考えながら観なくてはいけないのでしょうね。
本作の中で、政治家と役所(総務省)とテレビ局が三すくみの状態になっているということが書かれていましたが、なるほどなと思いました。
政治家はテレビで吊るし上げられるのが怖い。
テレビは総務省に放送局免許で首根っこを押さえられている。
役所は政治家に頭があがらない。
そういった構図です。
例えば、政治家は直接はできないので、霞ヶ関を通じてテレビ局に圧力をかけようとしたとしても、それがもしバレたら憲法(報道の自由)違反になるわけでなかなか下手はできないわけですね。
そういう意味で三すくみ状態というのは悪いものではないかもしれません。
ただ今のメディアはなんでもかんでも叩く傾向があります。
右肩上がりの世の中ではないので、一般人には権力サイドへの不満は常にあると思います。
それを背景にしている(ようは視聴率がとれる)とは思いますが、次から次へと出てくる人を叩きまくる。
政治家(権力)に対して批判的であるということはメディアとして正しいスタンスだとは思いますが、それによりメディアが権力を差し替えることができるという逆の権力意識なってしまってはいけません。
やはり観ている側も、そういう情報について客観的に観れるようになる(メディア・リテラシー)というのが、必要なのでしょうね。

小説的には「ハゲタカ」の投資業界や「ベイジン」「マグマ」などのエネルギー業界のテーマに比べると、やや面白みでは少しもの足りない感じがありましたね。
話題自体は個人的には新鮮味がある話ではなかったからかな。

「虚像の砦」真山仁著 講談社 文庫 ISBN978-4-06-275925-0

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