本 「おまえさん」
「ぼんくら」「日暮らし」に続く井筒平四郎シリーズになります。
「おまえさん」、この作品を手に取った時、なんとも不思議なタイトルをつけるなぁと思いました。
でも最後まで読んでいくと、この作品に「おまえさん」というタイトルがぴたりとはまっていることがわかります。
「おまえさん」というのは、言うまでもなく女性が男性を呼ぶ時の呼び方ですが、「あなた」とも「あんた」ともなんか違う。
なんというか相手の良いところも悪いところもわかっていて、それも全部含んだうえで、相手のことを愛情深く呼んでいるという感じがしますよね。
本作は時代劇ミステリーではあり、事件が起こり、その謎を解いていくという体裁にはなっています。
宮部みゆきさんなのでそのあたりも抜かりなく、ミステリーとしても読んでいて面白い作品になっています。
けれども本作について言えば、ミステリーというのは主筋ではなく、どちらかと言えば人情ものといったところのほうが強いような気がしました。
宮部さんの時代物というのはもともとそういう江戸の人情が描かれていますが、本作はそういった宮部時代物の集大成のような感じもします。
本作ではその人情の中でも中心に描かれているのは、人の恋心なのですね。
そこで「おまえさん」というタイトルがうまいなと思うのです。
本作にはいく組もの男女が出てきます。
主人公の平四郎とその妻もいい夫婦ですが、また市井に暮らす丸蔵とその妻もいい夫婦。
互いに相手に愛情を持っていて、暮らしています。
それは「愛」と呼ぶような青く激しいものではなくて。
なんというかどちらかというと「情」なのですよね。
特に妻は、先に書いたように相手の良いところも悪いところもまるっと呑み込んで、夫のことを愛情深く包んでいるように見えます。
そこには母性のようなものも感じられます。
そういうときの呼び方が「おまえさん」なんですよね。
そのような夫婦は読んでいてもなにかとてもほっこりと感じられます。
他にも男女の組が出てきますが、すべてがいい方向に向かっているわけでもありません。
ほんとにいろいろな男女が出てきます。
特に若いものというのは「愛情」の中でも「愛」の方が強いわけです。
それしか見えなくなってしまう。
それによって道を踏み外してしまう者もいるし、また道に迷う者もいる。
そういう激しい感情を越えて、「愛」が「情」になったときほっこりとした二人になれるのかもしれませんね。
個人的には平四郎と同じ同心である慎之輔にシンパシーを感じてしまったりします。
そういうふうになると、何ともめくらな感じになってしまうところなどは。
平四郎のセリフにこうありました。
「男はどこまでも莫迦で。
女はどこまでも嫉妬やきだ。
どっちも底なしだ。」
痛いです・・・。
「おまえさん<上>」宮部みゆき著 講談社 文庫 ISBN978-4-06-277072-9
「おまえさん<下>」宮部みゆき著 講談社 文庫 ISBN978-4-06-277073-6
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