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2012年1月19日 (木)

「CUT」 怒りの爆縮

エネルギーを感じる作品でした。
そのエネルギーとは怒り。
主人公が湛える怒りを描いた映画は今までいくつもあり、その多くの作品では、内から外へのエネルギーの爆発、つまりはバイオレンス・暴力として表現されてきました。
しかし、本作は主人公の怒りのエネルギーは内から外へと向かうのではなく、内からさらに内へ内へと逆の方向に進んでいくのです。
外に向かって暴力として発散するのではなく、殴られるという行為を積極的に受けるということで逆説的にエネルギーを発散するという感じを受けました。
いわばそれは爆発ではなく、爆縮とも言えます。
内へ内へと向かうという方向性ではありますが、そこには凄まじいエネルギーを感じました。
主人公秀二は二つの怒りを抱えています。
一つは現在の映画、その環境についての怒り。
それは本作ではストレートに描かれています。
シネコンで上映されるエンターテイメントに席巻され、良質な作品が人の目に触れることがないということについての怒り。
その怒りは幾度となく本作の中で叫ばれる映画についてのアジテーションで直接的に描かれます。
そしてもう一つの怒りはおそらく自分に対する怒りではあったのではないかと思いました。
秀二は兄によって資金を調達してもらい、何本かの映画の作品を作りました。
しかし兄はそれを借金で都合しており、そのために彼は殺されます。
秀二は純粋に映画が好きであった男なのだろうと思います。
まさに映画にかけて生きてきたと言っていい。
秀二は兄の借金を返済するように迫られますが、そのときになって初めて彼は自分の映画に純粋にかけてきた人生が、兄の犠牲の上に成り立っていたということに気づいたのだと思います。
それは後悔となり、自分への怒りへと繋がったのだと思います。
その怒りを外に発散すれば、いわゆるバイオレンス映画の系譜に繋がるものになったと思います。
しかし秀二という男はおそらく自分の思いというものを外へ発信することが本質的に難しい人間ではなかっかと想像します。
映画のアジテーションは彼が実際に人前で行ったというシーンは描かれません。
彼は映画への思い、その環境についての怒りを心に持っていますが、それを外へ発散できない人物のような気がします。
ですので、兄の死によって自分の内にわき起こった怒りも、外へではなく、内へと向かうのです。
殴るのではなく、殴られるという方向に。
殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ続けて、彼は怒りを発散させていく。
暴力を受けることにより怒りを封じるのではなく、怒りを開放していくように感じるのが非常に興味深かったです。
ですので冒頭でこれを「爆縮」という言葉で表したのです。
97発、98発、99発、そして100発まで殴られ続け、極限までに怒りが爆縮されたところにあったのは「無」であったわけなのですね。
そこで同時に彼は赦されることとなるのです。
この感情のエネルギー放出のむかう方向性がとてもユニークな作品であると思いました。

本作でも描かれている映画の現状について、ちょっと一言。
僕はシネコンで上映されるエンターテイメントも好きですし、単館のアート系映画も観ますので、エンターテイメント映画そればかりが悪いとはまったく思っていません。
どちらかというと、ことさらにアート映画、芸術映画を作るんだと自分で言っている人は鼻持ちならないと思っています。
個人的な見解としていえば、芸術というものは、これは芸術だと自分で言うものでないと思っています。
芸術として感じるのは受け手側であり、それを出し手がアートとして感じろというのは、不遜だと思います。
本作でも名を挙げられていた黒澤明、溝口健二、小津安二郎にしても芸術を撮ろうと思って映画を撮っていたのではないだろうと。
それを観た人の多くがそれを芸術的だと感じ、そういう評価をされるようになったわけです。
評価のスタイルを出し手が規定し、それをわからない奴はクソだと言うのはやはりちょっと不遜であるなと。
実はその不遜さが、多くの一般の観客を小規模のアート系映画から足を遠のかせているのではないかとも思ったりもします。
ただ最近ミニシアターのいくつか閉館になり小規模の作品が上映される場が少なくなっていることも事実ですし、それについては個人的にも残念に思っています。
いい作品が上映されない、上映されない映画は存在しないのも同じ。
上映の機会が失われていくのは、やはりもったいないと。
もう少しアート系の映画を作る人々もわかる奴だけわかればいいというスタンスからもう少し、一般観客に歩み寄る姿勢があってもいいかなと思います。
ま、この映画の秀二にから観ればクソやろうに迎合しているということになってしまうかもしれませんが。
僕ができるのはこういうふうにブログで感想を書いて、この映画観てみたいなと思ってもらえるようになることくらいなんですけれどね。

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コメント

sakuraiさん、こんばんは!

本作もそうですけれど、最近、偶然か「ヒューゴ」や「アーティスト」など「映画愛」がテーマになっている映画が公開されていますよね。
その「映画愛」というのが、またそれぞれであるのがおもしろいです。
「ヒューゴ」や「アーティスト」は前向きな感じがありましたが、本作は悲愴とも言えるほどの怒りが感じられました。
「アーティスト」などは有名な監督でなくても、「映画愛」に溢れた映画が作れ、それが評価もされたりしたので、それほど悲観的でなくてもいいかなとも思ったりしました。
西島さんはいいですよねー。
独自のスタンスを感じます。
最近は作品選びも硬軟出てきて、幅が広がってきているなぁと思います。

投稿: はらやん | 2012年4月17日 (火) 23時29分

>自分に対する怒りではあったのではないかと思いました。
なるほど。なんともふがいない自分を戒めたい!という思いの表れもあったのかもですね。
私もこの映画を見て、もろ手を挙げて賛同・・とは思えませんでした。
監督なりの映画の解釈であったり、自分の思いだったのだろうと。それはそれで、一つの偏愛として描けるのも映画の強みですね。
何はともあれ、西島君を愛でるのが目的なんで、堪能しました。

投稿: sakurai | 2012年4月16日 (月) 14時07分

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