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2011年12月 3日 (土)

「ザ・ロック」 共感できる敵役

この作品は大好きで、何度観たか数えきれないほどです。
マイケル・ベイの第2作品目なのですが、彼の作品の中でも最もおもしろいと言っていいかもしれません。
ド派手な演出、スピーディな展開など後のマイケル・ベイ作品の特徴となるところはすでに出ていて、ノンストップアクションとして2時間を越える作品であるにもかかわらず、最後まで一気に見せてくれます。
しかし、そういうマイケル・ベイの演出よりも何よりもこの作品を良いものにしているのは、エド・ハリスが演じる敵役となるハメル准将というキャラクターでしょう。
このようなアクション映画というものは明確な敵役がいなくては成立しません。
古くはソ連や国際犯罪組織などでしたが、ベルリンの壁崩壊後はテロリストやサイコな人間というのが定番となっていました。
そういう敵は同情するべき点はないために、主人公たちが倒す明確な敵として存在する以上のものではありません。
しかし本作におけるハメル准将というキャラクターはそういう描かれ方をしていません。
そもそもオープニングからしてハメル准将から始まるわけで、彼が本作の影の主役と言ってもいいかもしれないのです。
ハメルは海兵隊を率いる将軍であり、自分も含め今までも国のために死地に赴きました。
けれども秘密任務であるため、部下の死は公表もされず、また遺族にもその真相を知らせることはできません。
まさに使い捨ての駒のように部下は扱われたわけです。
国のため、正義のために命をかけて戦ったのにも関わらず、だれもそれに報いてくれようとはしない。
それに憤りを感じ、ハメルは何度も国へ嘆願をしますが、聞き入れてもらえず、最後の手段として致死性ガスによるテロの実施を脅しとして国へ要求を突きつけようとします。
ハメルの憤りというのは十分同情の余地があるもので、だからこそ観客はハメルの気持ちに共感をします。
もちろん彼がとった行動というのはやはり間違っているもので、その点においては支持できるわけではありません。
それもハメルはわかっていて、ラストのほうで実際にミサイルの発射ボタンを押すか押さないかでの彼の苦悩も描かれるわけです。
彼ら反乱した海兵隊を鎮圧しようと、海軍の特殊部隊SEALSがアルカトラズに侵入し、対面する場面があります。
海兵隊にしてもSEALSにしても国のために戦うということは同じ気持ちがあるのですが、それなのに銃を向けあうようになってしまう。
この場面はなにか切ないものがあります。
ハメルはどこで間違ってしまったのか。
ハメルは金などを求めているわけではありません。
彼らが命をかけて守ろうとした国や正義というものに、彼らが少しでも役に立ったという証し、評価を欲しかったのですよね。
自分たちが命をかけた意味合いのようなものを。
国家というものは大きなシステムで、その中では個人はそれこそ駒のように扱われてしまいます。
それはそれで致し方のないところもあるのですが、それでもそこで関わる人びとには何かしら実感できる意味合いというものを提供しなくてはいけないのだと思います。
それはある程度の報酬なのか、勲章なのか、それとも「よくやってくれた」という一言だけでも違うのです。
システムがそこに関わる人を駒としてしか見えなくなった場合、その組織は内部から崩壊していく危険性があるのかもしれません。
そういう点をうまく表した作品となっていると思います。
これはマイケル・ベイの手柄というよりは、脚本家チームの手柄だと思いますけれどね(笑)。

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