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2011年9月 3日 (土)

本 「『戦争学』概論」

始めに書いておきますが、僕自身としては戦争などはやらなくていいならばやらないほうがいいし、やらないように最大限努力すべきものだと思います。
ただ、そのためにこそ「戦争」というものがどういうものなのかということを知るということは必要であるとも考えます。
どういうものか、何ものかわからないのに、それを防ごうというということはできませんから。
本著もそのような視点で、「戦争」というものはどういうものなのかということを書いており、わかりやすくまとまっていると思います。
戦争について論考しているので有名なのはクラウゼヴィッツの「戦争論」です。
この中でクラウゼヴィッツは「戦争は政治におけるとは異なる手段をもってする政治の継続にほかならない」と書いています。
これは戦争の定義としては非常にわかりやすく、要点を得ている考え方であると僕も思います。
なんとなく、戦争=軍人が行うもの、政治=政治家が行うものという、ある種、戦争と政治は別もの感があったりします。
また戦争はシビリアン・コントロールをすれば防げるという論もあります。
ただ先のクラウゼヴィッツの定義にあるように戦争は政治の延長線上にあります。
太平洋戦争は軍部の暴走により引き起こされた例ではありますが、近年の戦争は政治家が判断をして戦争に突入する例のほうが多いのです。
ですので、シビリアン・コントロールをしていれば戦争が防げるというのはある意味大らかな考え方であると言えます。
そもそもヒトラーのナチス党にしても、ドイツ国民が選挙で選んだところから権力を得ているのですよね。
また某党がよく主張するように「戦争は悪、絶対に起こしてはいけない、だから自衛隊反対」というものについてはとても現実的ではない概念だけでの話になっていると思います(だから噛み合ない)。
「戦争は悪、絶対に起こしてはいけない」というのはその通りだと思います。
ただ「戦争は政治におけるとは異なる手段をもってする政治の継続にほかならない」ならば、戦争というものはいくら悪だといっても起こりうる可能性を持っています。
その起こりうる可能性についてしっかりと検討することなしに、そもそも戦争について論ずることにすらネガティブな反応をするのは現実感を失っているというように思います。
ほんとうのリスク管理というものは、起こってほしくないことが起こってしまう、その最悪の事態をどうするか?どのように最小限の被害にするかということを考えておくということだと思います。
そもそもそういうリスクについて考えることを「戦争は悪だから」考えてはいけないのだというのは、ある種のファンタジーの中での論考と言っていいかと思います。
どうしても日本人は過去に自分たちがしでかしてしまったことへ忌避をする心理が働いてしまい、戦争というものに向き合うということをしていないように感じます。
地震や原発事故なども起こりうる可能性は指摘されながらも、ほんとうに起こってしまうことを前提にリスクをみて準備をしていたのでしょうか。
アジアの情勢もかなり不安定になっています。
最悪の事態を見越して、それに対処できる体制というものは検討しておいたほうがいいと思うのです。
そのためには政治家のみならず一般市民も戦争論というものを一度は考えてみることも必要な気がします。

「『戦争学』概論」黒野耐著 講談社 新書 ISBN4-06-149807-X

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