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2011年6月19日 (日)

本 「敵は海賊・正義の眼」

神林長平さんの人気シリーズ「敵は海賊」の7作目になります。
本作にはおなじみ海賊課のラテル、アプロ、ラジェンドラといった面々も登場するのですが、彼らが主役というよりは、彼らが追う海賊の中の海賊匋冥という人物の存在にスポットを当てた物語と言えます。
とはいえ匋冥がこの物語の多くの場面に登場するというわけではありません。
匋冥から謎の球体というアイテムを授かったモーチャイの行動、そして彼に球体を渡した匋冥の意図は何なのかというところから匋冥という人物の片鱗を窺わせるという展開になっています。
匋冥は何よりもヒトやモノやコトからの束縛を嫌います。
彼の自由を奪おうとするものとは徹底的に戦い、相手を破滅させます。
彼にとって悪や善という概念もなんら縛りになりません。
究極の自由者であり、だからこそ何にもとらわれない海賊であるわけです。
先に書いたように善意や正義といったものも彼にとっては自分を縛るものであり、それが自分が束縛するものであるならば、彼はそれを破壊します。
ただその正義に伴う行動が、その人物の自由意志であるならば、匋冥は正面から戦いを挑むだけでしょう。
しかし、正義というものは曖昧な観念であり、かつ誰も反論しにくい概念でもあります。
ある種「錦の御旗」的な概念であります。
それに対し、自身も何の疑念も持たず、そしてまた他人にもそれを求める行動こそに匋冥は腹をたてるわけです。
自由な意思による正義ではなく、煽動された正義。
そこにはほんとうの意志はないのではないかと、匋冥は言っているように思います。
匋冥にとって正義なんて意味はない、意味があるのは自由であるかどうか。
正義という概念は人を縛る。
その縛りをとったらどう人間は行動するのか、それを観てみよと匋冥はモーチャイ自身に突きつけるわけです。
確かに正義という名のもとに、人類歴史上さまざまなことが行われてきました。
それが正しいか正しくないかというのではなく、それを自分自身が選びとったのかという疑問を匋冥は突きつけているように思いました。

「敵は海賊・A級の敵」の記事はこちら→

「敵は海賊・正義の眼」神林長平著 早川書房 文庫 ISBN978-4-15-030893-3

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