本 「前巷説百物語」
「巷説百物語」シリーズの第4作目になります。
シリーズに登場していた又市が、「御行の又市」となるきっかけとなった事前譚を描いています。
言わば「又市ビギンズ」と言ったところでしょうか。
彼が御行の格好をするようになったきっかけとなるエピソードがこの物語で描かれています。
又市が「奴(やつがれ)」という一人称を使うようになったのも、彼の影響でしょうか。
「巷説百物語」「続巷説百物語」での又市はある種クールというか冷めたようなところもありましたが、その実は情があつい人物として描かれています。
彼のクールさというのは、人間というものへの達観したものの見方みたいなものが出ていると思うのですが、彼がそういう気持ちに至った経緯が本作では描かれます。
本作に登場する又市は、まだ若く、この作品で言われている表現では「青臭い」わけです。
日陰者でありながら、情にあつく、また正しいことというものがあることを信じているのです。
彼はふとしたことから損料屋「ゑんま屋」の手伝いをすることになりますが、そこで彼は人の裏の世界を覗き込んでしまいます。
ある事件に関わる中、人びとが不条理に死んでいく様子を、そして彼の身内とも言える人びとが殺されていくのを見ていきます。
彼はその過程において、ある種の人の心の闇の部分の存在に触れてしまいました。
けれど彼がもともと持っている「青臭さ」、人間性と言ったものも実は失っていなかったのだと思います。
たぶん後に彼は自分が封印した「青臭さ」を百介に感じるのでしょう。
京極夏彦さんの作品に登場する「妖怪」。
それは実在するものではなく、言わば人の心のすき間に生じるもの。
心の闇の部分と、光の部分の間のギャップに生まれるものなのです。
そのギャップは、人びと本人ではなかなか見ることができない。
人は見たいようにしか見ることができないですから。
「妖怪」が見たいと思う心に、「妖怪」は生まれる。
又市は、本作で明るい世界から、闇の世界へ移りました。
言わば彼は、人の世界から一歩離れた、本当の意味での無宿者になったのでしょう。
ですから、彼には人の心を外から見ることができる客観性がある。
だからこそ、彼は人の心のすき間を見ることができ、それを使った「仕掛け」をできるようになったのでしょう。
「続巷説百物語」の記事はこちら→
「後巷説百物語」の記事はこちら→
「前巷説百物語」京極夏彦著 角川書店 文庫 ISBN978-4-04-362007-4
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