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2010年10月16日 (土)

本 「国境事変」

尖閣諸島の問題がまだ記憶に新しいときにタイムリーに読んだ本です。
今回の尖閣諸島の件で思ったのは、日本人は日本という国があるということに対して、あたりまえのようにあるということに慣れすぎているのだなと思ったということです。
それは日本が陸続きで他国と国境を接していることがないということが大きく影響を与えていると思います。
中国にしても韓国にしても、決して仲が良くない国と国境を接しているため、いつ何が起こるかわからないという緊張感がやはり常にあるのでしょう。
それゆえにその国家のナショナリズムや、国民のアイデンティティというのはより強くなるということになると思います。

本作には個人としてのアイデンティティをどこに求めるのか、ぐらぐらと揺らいでいる人物が二人登場します。
一人は在日の呉秀男という青年です。
彼は生まれた時から日本で育ち、北朝鮮にも行ったこともなく、思い入れもない。
けれどもその出自を知った人からは、なにか色眼鏡のように見られるわけで、その悶々とした思いを北朝鮮への怒りへ育ててしまいます。
彼は日本人と北朝鮮人という二つの立場の間で、自らのアイデンティティを持てないのです。
もう一人は、警視庁公安部の川尻という警官。
ご存知の通り、公安は外国や左翼や右翼などその他の集団の脅威から国家の治安を守るという役割を担っています。
そのために通常の刑事捜査では認められないようなことも行っていたりするわけです。
川尻は秀男の父親が経営している会社を内偵していたとき、その父親の自殺を目撃します。
普通の警官であればそれを止めるに間違いありません。
けれども公安である彼は、内偵がバレないようにするためにそれをただ見るだけになってしまいます。
川尻は、国家を守ることを優先する公安である立場、人を守ることを優先する警察官、なによりも人としての立場の間でゆれ動きます。
このような自分のアイデンティティを見失っている秀男と川尻が、エス(スパイ)と運営者としての関係を築いていく中でシンパシーを感じていきます。
またアイデンティティを模索している彼らに対し、警察官としてブレない考えを持った東刑事(誉田哲也さんの「ジウ」にも登場)は対象的に描かれています。

ジリジリとして展開していきますが、読み応えがある作品でした。

誉田哲也さん作品「ジウ」の記事はこちら→

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