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2010年7月10日 (土)

本 「こころ」

以前も書いたのですが、小説はたぶん普通の人よりもたくさん読む方だと思うのですが、実はいわゆる教科書に載ったりするような文学作品的なものはほとんど読んだことがありません。
ま、人から勧められる本を読みたくないという天の邪鬼なところがあるからなのですが、どうも敷居が高い感じがあったのも確かです。
で、ちょっと前にふとしたきっかけで夏目漱石の「我輩は猫である」を読みました。
これが意外なほど(文豪に対して大変失礼なのですが)おもしろく読めたのです。
そこで描かれる明治の人々は、平成の世に生きる僕からみても同じような悩みや思いをもって生きている。
そのおかしさ、かなしさみたいなものが猫の目を通して描かれているのがたいへんおもしろかったのですね。
そのようなことがあり、夏目漱石という作家に改めて興味がでてきたのです。

そして今回読んでみたのが、「こころ」となります。
こちらの作品も読んでいて非常に共感性というものを持ちました。
人というのは明治・大正も今も変わらないのだなと。
1部と2部の主人公の「私」と、3部の「先生」は物語の中で1人称で、自分の心の奥にわだかまる思いを吐いています。
彼らが語っている嫉妬や猜疑心、独善性、優越感、そしてそういう不遜な思いを持ってしまうことに対する自己反省のような気持ちが実はとても共感できるものであったのです。
聖人君子でないならば、少なからず人はそのような自分中心で自意識過剰な心もちを持っていることだと思います。
特に3部の「先生」の語りなどは人の心にある醜い部分について連綿と自己分析をしていきます。
これは読んでいても辛いところでもあるのですが、それは自分の中にも少なかれそういう部分があるということを曝されているような気がするので辛い感じがするのです。
「先生」自身が恋をする「お嬢さん」の気持ちに対する勘ぐり、「親友がその「お嬢さん」に恋をしていると告白されたときの驚きとそれを利用してしまおうとする狡さ、「お嬢さん」の母親を取り込もうとする計算高さなど、たぶん多少なりとも同じように感じたり行動してしまったことはあるのではないでしょうか。
たぶん漱石自身もそのように感じたことがあり、彼は正直に自分の内面を吐露しつつ、この作品を書いたのでしょう。
このあたりを書くのは辛いとは思うのですが、それを書くことが出来るというのが文学者として偉大なところなのかもしれません。
またそういうのを書かずにはおられないほど彼の中に鬱屈したものがあったのかもしれません。
明治維新以降、海外から「個人」という考えが入ってきて、日本人の「自意識」というのは急速に肥大してきたのだと思われます。
それまではどちらかというと「個」よりも「家」や「国」が大事であるという社会的な共通認識があったゆえ、「自意識」ゆえに苦しくなるということは少なかったのかもしれません。
明治になり、人々が自己をしっかりと持つようになり、だからこそ実は人と人との間になにか越えがたい谷のようなものができてしまったのかもしれません。
自己、自意識、自尊心を守るために嫉妬や猜疑心、独善性といった心は現れます。
近代化された個人意識の中に産まれたそういう醜い面について漱石は鋭い視線を向けていたのかもしれません。
こういう自意識・自尊心の肥大は現代においてさらに強くなっていると思われます。
いわゆるストーカーやクレーマー、モンスター○○みたいな存在はまさに自意識・自尊心が過剰に大きくなってしまったことの例であるような気がします。
「こころ」の「先生」のようにそのような自分の心の負の部分に自覚的でないであるということが現代はさらにたちが悪い。
もしかしたら本作は現代において改めて読んでみるには良い作品なのかもしれません。

夏目漱石作品「我輩は猫である」の記事はこちら→
夏目漱石作品「坊っちゃん」の記事はこちら→

「こころ」夏目漱石著 新潮社 文庫 ISBN978-4-10-101013-7

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コメント

こにさん、こんにちは!

そうなんですよね、僕は古典は今まで興味がなかったのですが、読み継がれていくだけあって人間の洞察については深いものがありますよね。
漱石はようやく二冊読んだんですが、他にも手を伸ばしてみようかと思っています。

投稿: はらやん | 2010年7月10日 (土) 18時51分

はらやんさんの記事の中のこの部分に特に共感します

聖人君子でないならば、少なからず人はそのような自分中心で自意識過剰な心もちを持っていることだと思います。
特に3部の「先生」の語りなどは人の心にある醜い部分について連綿と自己分析をしていきます。
これは読んでいても辛いところでもあるのですが、それは自分の中にも少なかれそういう部分があるということを曝されているような気がするので辛い感じがするのです

漱石を読むと自分の心の奥底まで見えてくる、自分というものに向き合わされる
いつもそう思います

ところで「こころ」読んだのですが、自分は記事にしておりませんでした
残念です


投稿: こに | 2010年7月10日 (土) 14時07分

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