本 「嗤う伊右衛門」
本作映画化(こちらは未見)もされましたが、有名な四谷怪談を元にした京極夏彦さんの作品です。
四谷怪談といえば、こちらも数々の映像作品にされている物語で、貞女お岩が夫伊右衛門に裏切られ、毒薬に顔を醜くされた上、死に至り、その後伊右衛門のところに祟って幽霊として出てくるというストーリーになります。
本家の物語は伊右衛門は自分の欲を優先し他人を不幸にする悪人として描かれています。
けれども、本作では伊右衛門はストイックすぎるぐらいにストイックである男として描写され、また岩もただの貞女ではなく、誇り高い激情の女として造形されているところが新しいところとなっています。
オリジナルと異なり、伊右衛門も岩も互いに相手のことを愛しているのにも関わらず、彼らが元々持っていた価値観、性格によって、相手に対する愛情表現を上手にすることができず、たがいにすれ違い、愛情があるゆえにわだかまりが大きくなっていく過程を描いています。
欲望に支配されているのは、逆に彼らの周りに登場する人物たちであり、彼らの思惑により伊右衛門と岩の間の溝も大きく広がっていってしまいます。
本家の四谷怪談は江戸時代ならではの夫婦の関係をベースにしている物語で、その時代においてはリアリティがあったと思います。
本作は舞台は江戸時代に置きながらも、岩の性格を現代女性のように自我が強い人物として描いたことにより、現代にも通じる物語になっているようになっていると思います。
伊右衛門と岩は互いに情があるにも関わらず、相手へのコミュニケーションの術を知らないという二人であり、これは現代の人々にも当てはめることができるでしょう。
ですので、伊右衛門と岩の感情がすれ違い、しだいにずれていく様は妙にリアリティがあるように感じました。
四谷怪談を大胆に翻案し、現代に通じる物語によく仕上げたなあと感心した作品でした。
「嗤う伊右衛門」京極夏彦著 角川書店 文庫 ISBN4-04-362001-2
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コメント
悠雅さん、こんばんは!
>いい意味で予想を裏切られた
まさにそうですねー!
僕も京極さんは好きでかなり読んでいるのですが、こちらは有名なお岩さんの話だったので、それほど新鮮味もないだろうと後回しにしてました。
ところがほんとに元とは違い二人の哀しいラブストーリーになっていて、おっしゃるようにいい意味で裏切られました。
映画の方はあまりよくないですかー。
だったら、この好印象のままそっとしておこうかなー。
投稿: はらやん(管理人) | 2010年3月14日 (日) 21時14分
『コラライン』にTBいただいてありがとうございます。
お邪魔したら、この本のご感想があったので、
コメントはこちらにお邪魔しました。
京極夏彦作品はデビュー当時からたくさん読んでいて、京極堂シリーズの大ファンですが、
そのくせ、一番好きな作品はと考えると、『嗤う伊右衛門』です。
「恨めしや、伊右衛門殿」という岩の言葉に、どれほどの思いが篭っていたのか…
読んでいて涙に暮れてしまった、いい意味で予想を裏切られたラブストーリーでした。
ちなみに、映画は蜷川幸雄演出、宇崎竜童の音楽でしたが、
小説を読んでいなければ(耳で聞いただけでは)わからないであろう単語や展開が多く、
あんまりいい評判じゃなかった気がします。
あまりに小説が好きで観に行ったんですけど、
作品としては小説のほうが好きでした。
投稿: 悠雅 | 2010年3月14日 (日) 21時10分