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2010年3月10日 (水)

本 「オリンピックの身代金」

これはよくできた作品です。
最近映画では昭和ノスタルジーものといった感じの作品がよく作られています。
高度成長期の昭和という時代に対するノスタルジー、つまりは美化みたいなものを感じたりもしますが、本作はそれだけでなく、あの時代より前、そして現在まで続く日本人の性質みたいなものを描いているような気がします。
本作では犯人はオリンピックに関わる場所へ爆弾をしかけ、それにより政府より大金をせしめようとします。
物語は犯人と、それを追う警察、そして犯人の関係者という複数の視点で展開していきます。
その中で浮き彫りになってくるのが、「もはや戦後ではない」と言われ高度成長を謳歌した日本という国の明るい部分と暗い部分の格差です。
現在において東京と地方の「格差」の問題にフォーカスがあたっています。
あの時代は国民総中流化と言われ、格差がなかったかのように思われますが、本作でも描かれているように東京と地方の格差は今よりもずっとずっとあったわけです。
僕が生まれたのは東京オリンピックよりもすこしあとなのですが、思い返せば当時は風呂は石炭で湧かしていました。
たぶんびっくりする方も多いかもしれませんが、当時は全然普通だったりするのです。
日本という国は、みんな同じレベルと思いがちなのですが、実はずっと前から「格差」というものはあったということなのです。
また本作が浮き彫りにしているのは、日本人という国民の対応力・適応力の高さでしょう。
これはいい意味でも、悪い意味でもです。
戦後の焼け野原から15年でオリンピックを開催できるまでに力をつけた日本というのは、戦前の社会システムから大きく変化があったにも関わらず見事に適応し、国力をつけてきました。
これは明治維新時の適応力も同様だと思います。
またバブル景気以降の「失われた10年」で日本人は低成長とういうものを受け入れ、それに適応したとうのは海外からみても驚くべきことと言われています。
日本人という民族は社会の激変に対し、それになんとか社会全体がうまく対応してしまうというのが性質であるように思います。
ですので、日本においてマルクス主義的な「革命」というのはなかなかに難しいと感じるわけです。
本作の犯人島崎というのは、先の「格差」においては東京と地方の狭間におり、また国家から市井の国民、果てはヤクザまでが東京オリンピックを賛辞する状況において、唯一その実施に疑問をもつ人物でもあります。
島崎は、ある種の右へ倣え的な性質を持つ日本人という民族のアウトサイドに立つ人物として描かれているように思います。
彼の存在が、日本人の性質をより明確に浮き彫りにしていると思います。
以上のことがこの作品がよくできていると評するポイントなんですが、もちろんエンターテイメント小説としても完成度は高いと思います。
作品としてはボリュームがありますが、読み応えのある小説と言っていいでしょう。

「オリンピックの身代金」奥田英朗著 角川書店 ハードカバー ISBN978-4-04-873899-6

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