「戦場でワルツを」 恐怖で歪む記憶と事実
ドキュメンタリーでありながら、アニメーションという手法が話題になっているのが、本作「戦場でワルツを」です。
アリ・フォアマン監督が友人と話をしているうちに、自分が10代の頃イスラエルのレバノン侵攻の際に従軍していたときの記憶がぽっかりと抜け落ちていることに気がつきます。
そして監督の頭にあるイメージがフラッシュバックします。
自分と友人が海岸にいて、そして夜空に照明弾が上がり、それを彼らは見上げている・・・。
監督が自分自身の従軍時の記憶の欠落を探る道程が本作で語られます。
これが本作がドキュメンタリー映画であると言われる所以です。
監督は従軍中の友人・知人にインタビューを重ねていきます。
その中で語られる戦争中の出来事については、もちろん実映像はありません。
だからこそアリ・フォアマン監督はドキュメンタリーでありながら、その表現にアニメーションという手法を選んだのでしょう。
そういう物理的な事情だけではなく、本作におけるアニメーションという手法は、人間の「記憶」の不確かさ、そして人間が「事実」をどのように見ているかということを語っているような気がします。
作品中での心理学者へのインタビューにあるように、人間は心理的に強いインパクトのある出来事に直面すると、その記憶に蓋をすることがあります。
たぶん実際に起こった出来事の、生々しい鮮度の記憶を持ったままでいると、人は生きてはいけないということなのかもしれません。
意識がずっと過去に縛られ、身動きできなくなってしまうのでしょうか。
そして「記憶」は決して「事実」ではなく、さらには「真実」であるかは本人ですらわからないのです。
本作で語られるレバノン侵攻の際の虐殺事件は「事実」ではありますが、本作で語られる映像のままの出来事であった、すなわち「真実」であるとは言えません。
このあたりの不確かさというのが、アニメーションという手法で表現されていると思います。
これは「スキャナー・ダークリー」の表現にも通じるような気もします。
心理的インパクトがあった出来事の記憶へだけではなく、意識への蓋というのはリアルタイムで起こりえます。
極限までの恐怖にさらされたときの思考停止状態=パニックがそれでしょう。
パニックの時には、理性や道徳などよりも、自己保存本能が勝ってしまうのかもしれません。
本作でも描かれる侵攻時に襲撃されたイスラエル軍の兵士たちの様子がこれにあたると思います。
恐怖に駆られ引き金を引く。
強い恐怖にさらされた思考停止状態は個人だけではなく、集団にも起こります。
これは本作で描かれる虐殺を行ったファランへ党もそうだったのかもしれません。
またナチスですらそうだったかもしれません。
その恐怖は実体がないものかもしれませんが、恐怖を感じるものからすればそれは「真実」になってしまうのです。
恐怖で歪んだレンズで見る世界も、アニメーションでなければ描けなかったかもしれません。
心理学者が従軍カメラマンの話をする場面があります。
悲惨な現場にいても何故カメラマンは精神的に大丈夫なのかと。
カメラマンはレンズを通して見るから、目の前で起こっている出来事のリアリティがなくなる、だから大丈夫なのだと。
これはなんだかわかる気がします。
僕は旅行に行ったときなどにあまりカメラを持っていったりしません。
何故かというとファイダー越しに観ていると、それをしっかりと観ることができなくなるからです。
「後で写真で観れるから」と真剣に観ることがなくなるような気がするのです。
なるべくその時の感情とともに記憶に刻み込みたいのです。
なにか人間の「記憶」や「意志」というものの曖昧さ、また「真実」の不確かさみたいなものを本作を観ていて感じました。
本作のラストで家族を殺され嘆き悲しむパレスチナ難民の様子が、いきなりの実写で映し出されます。
これはまぎれもなく「事実」です。
どうしても人間は恐怖に直面した場合に、思考停止状態=パニックになってしまいます。
そのとき人が観ている世界は恐怖で歪んだレンズで観ていることになります。
それならばそのような場面にならないよう事前に理性を発揮するべきなのでしょう。
本作の意味合いは恐怖にとらわれた時の人間の様子、そしてその後に起こってしまう出来事を冷静に直視することにより、平時に理性を持ち、恐怖そのものをなくす努力が必要であると考えさせてくれます。
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イスラエル人のアリ・フォルマン監督が自身が一兵士として参加した80年代の レバノン戦争の経験をもとに、戦争によって引き起こされる凄惨な現実を 描いたドキュメンタリー・アニメーション。 戦場での記憶が抜けおちている主人公が、かつての戦友たちを訪ね歩いていく こ..... [続きを読む]
受信: 2009年12月20日 (日) 00時56分
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-----今日は、ここでは珍しいアニメ。
フォーンは、ちょっといや〜な予感。
だって、えいはアニメには詳しくないし、
これまでにもツッコまれて、困っているのを何度か観ているし…。
ところが、これは普通のアニメとは違うのだとか…。
いわゆるドキュ・アニメ(なんて言葉あったっけ?)。
ドキュメンタリー的な手法で作られたものらしい。
詳しく話し始めると、
「シネマのすき間」と
ダブっちゃうから、それは止めておくけどね。
あらら、映画のタイトル、
まだ言ってなかったけ。
それは『戦場でワルツを』。
えっ、ど... [続きを読む]
受信: 2009年12月20日 (日) 13時18分
» 戦場でワルツを [風に吹かれて]
消し去った記憶の真実公式サイト http://www.waltz-wo.jp/監督の実体験をアニメー [続きを読む]
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2008年:イスラエル+ドイツ+フランス+アメリカ合作映画、アリ・フォルマン脚本・監督・製作。 [続きを読む]
受信: 2009年12月20日 (日) 15時18分
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ババンババンバンバン は~レバノンノ 1980年代、よくわからない遠い国の戦争 [続きを読む]
受信: 2009年12月20日 (日) 23時21分
» 戦場でワルツを / VALS IM BASHIR/WALTZ WITH BASHIR [我想一個人映画美的女人blog]
{/hikari_blue/}{/heratss_blue/}ランキングクリックしてね{/heratss_blue/}{/hikari_blue/}
←please click
今年のアカデミー賞外国語映画賞で受賞した「おくりびと」の対抗馬で本命と思われていた作品{/atten/}
1982年にレバノン・ベイルートの難民キャンプで起きた、
キリスト教徒軍によるパレスチナ難民の大虐殺を描いたドキュメンタリー・アニメーション。
アリ・フォルマン監督が自身の実体験に基づいて4年の歳月をかけ、悲... [続きを読む]
受信: 2009年12月21日 (月) 01時19分
» 戦場でワルツを [象のロケット]
2006年、イスラエル。 映画監督アリは、旧友ボワズから悪夢に悩まされていることを告げられる。 それは自分たちが19歳で従軍した24年前のレバノン戦争の後遺症なのか? 「当時の記憶が全くない」自分に気づいたアリは、友人の精神科医オーリの勧めで、失われた記憶を求め世界中に散らばる戦友たちを訪ねる旅を始めることにしたが…。 ノンフィクション・アニメ。 PG-12... [続きを読む]
受信: 2009年12月22日 (火) 02時16分
» 戦場でワルツを [5125年映画の旅]
2006年、アリ・フォルマンは兵役時代の友人と再会し、彼が当時の悪夢に悩まされている事を聞く。それからフォルマンは不思議な夢を見るようになり、19歳の時に参加したレバノン内戦の記憶がほとんどないことに気付く。フォルマンは当時の仲間達と再会する事で記憶を...... [続きを読む]
受信: 2009年12月22日 (火) 16時46分
» *戦場でワルツを* [Cartouche]
{{{ ***STORY***
2006年のイスラエル。映画監督のアリは、友人のボアズから26匹の犬に追いかけられる悪夢の話を打ち明けられる。若い頃に従軍したレバノン戦争の後遺症だとボアズは言うが、アリにはなぜか当時の記憶がない。不思議に思ったアリは、かつての戦友らを訪ね歩き、自分がその時何をしていたかを探る旅に出る。やがてアリは、ベイルートを占拠した際に起きた「住民虐殺事件」の日、自分がそこにいたことを知る…。 gooより}}}
”今年見るべき1本”と評価されてる作品。
中..... [続きを読む]
受信: 2009年12月23日 (水) 11時03分
» 戦場でワルツを(2008) [銅版画制作の日々]
過去が、語り始めるVALS IM BASHIRWALTZ WITH BASHIR
レバノ〜ン♪レバノ〜ン♪ この歌が印象的
これは監督自身の経験を元に製作した自伝的ドキュメンタリー。
ドキュメンタリーのアニメ化というのは珍しいですね。アリ・フォルマン監督が何故アニメにこだわったのか等。。。。以下その理由に触れています。
あくまでも本作は自分の個人的な話で、自伝である。と同時に普遍的な物語である。様々な戦争に関わったどの兵士が語ってもいい話なのだ。自分にとって戦争という事態は遠いものなのに、... [続きを読む]
受信: 2009年12月26日 (土) 23時45分
» 『戦場でワルツを』(2008)/イスラエル・フランス・ドイツ [NiceOne!!]
原題:VALSIMBASHIR/WALTZWITHBASHIR監督・脚本・音楽・声の出演:アリ・フォルマン観賞劇場 : シネスイッチ銀座公式サイトはこちら。<Story>2006年のイスラエル。映画監督のアリは、友人のボアズから26匹の犬に追いかけられる悪夢の話を打ち明けられる。若い頃...... [続きを読む]
受信: 2009年12月27日 (日) 21時17分
» 「戦場でワルツを」 [ひきばっちの映画でどうだ!!]
「戦場でワルツを」
シネ・スイッチ銀座にて。
監督・脚本・音楽 アリ・フォルマン
イスラエルの映画監督アリ・フォルマンが“アニメーション”で自らのレバノン戦争従軍の記憶を追う、異色のドキュメンタリー映画です。
私はいつものクセで、事前知識ほとんどナシで映画を観始めました。
これが裏目に出た!
主人公たちが話している“戦争”が、いつの、どんな戦争についてなのか判らない
ので、話が理解出来なくなってしまったのです(T_T)。
この映画に関して... [続きを読む]
受信: 2009年12月29日 (火) 11時59分
» 「戦場でワルツを」 [It's a wonderful cinema]
2008年/イスラエル、ドイツ、フランス、アメリカ
監督/アリ・フォルマン
アカデミー外国語賞で「おくりびと」とオスカーを争ったイスラエル映画。監督自身の従軍体験を基に、レバノン侵攻時のパレスチナ難民大虐殺をアニメーションで描いた異色作。
映画監督のアリは、毎晩悪夢にうなされていると旧友に聞く。レバノン侵攻の後遺症だと言う彼に、アリは自分自身も従軍したはずなのに当時の記憶がないことに気付く・・・というストーリー。
レバノン侵攻時のパレスチナ難民大虐殺という、歴史に埋もれ... [続きを読む]
受信: 2009年12月30日 (水) 23時17分
» 戦場でワルツを [サムソン・マスラーオの映画ずんどこ村]
= 『戦場でワルツを』 (2008) =
2006年冬、友人のボアズがアリに対して、毎夜みる悪夢に悩まされていると打ち明けた。
ボアズは、それがレバノン侵攻の後遺症だという。 しかし、アリの記憶からは、レバノンでの出来事が抜け落ちていた。
記憶から失われた過去を取り戻すために、アリは世界中に散らばる戦友たちに会いにいく・・。
{{{:
製作国/イスラエル : フランス : ドイツ : アメリカ WALTZ WITH BASHIR (90分)
..... [続きを読む]
受信: 2010年1月 4日 (月) 01時00分
» 戦場でワルツを [シネマ大好き]
たけり狂った犬たちが道路を走り抜け、子どもを抱いた女性の影に、思わず二人が危ない、と思った。行き止まりの建物に犬たちが吠え続ける。 だが、これはアリの友人ボアズがアリに語る悪夢。ボアズはそれが24年前のレバノン戦争のせいだと分かっているが、アリにはその時..... [続きを読む]
受信: 2010年2月 7日 (日) 18時13分
» 戦場でワルツを [Diarydiary!]
《戦場でワルツを》 2008年 イスラエル/フランス/ドイツ/アメリカ映画 - [続きを読む]
受信: 2010年2月 7日 (日) 20時30分
» 映画・戦場でワルツを [お花と読書と散歩、映画も好き]
2008年
イスラエル・ドイツ・フランス・アメリカ合作
イスラエル映画
2009年アカデミー賞外国語映画賞ノミネート
『おくりびと』の対抗馬として日本でも注目を集めたそうです
2006年冬
イスラエル
映画監督のアリは旧友のボアズから26匹の犬に襲われる夢に悩まされていることを告げられる
それは自分達が19歳で従軍した24年前のレバノン戦争の後遺症なのか?
その時、アリは、自分には当時の記憶が全く無いことに気付く
臨床精神科医の薦めに従い失われた記憶を求めて戦友達を訪ねる旅を始めることに... [続きを読む]
受信: 2010年2月14日 (日) 14時19分
» 『戦場でワルツを』 (2009) [よーじっくのここちいい空間]
「戦争の怖さ」という大雑把な書き方をしてしまったけれど、つまるところ人間の怖さを描いているわけで、人間は、戦争の真っ只中では、ここまで怖い生き物になれるんだということに、驚きます。... [続きを読む]
受信: 2010年2月23日 (火) 21時45分
» レバノン内戦を知ること [笑う学生の生活]
17日のことだが、映画「戦場でワルツを」を鑑賞しました。
ドキュメンタリー作品
とはいえ、アニメで描かれるのが新鮮かな
戦場ということで レバノン侵攻が題材の戦争モノ
監督が自らのレバノン侵攻の記憶を取り戻す旅を描く
独特のアニメタッチが私的にはGood
なんともいえぬ良さがある
あえて、ドキュメントをアニメをしたところがまた良い
アニメだからできる映像があるなぁと
冒頭の犬の追いかけシーンは印象的で 引き込まれる
また、途中で入る音楽もいい効果になっている
内容は戦争による影響か
... [続きを読む]
受信: 2010年2月24日 (水) 18時47分
» 戦場でワルツを [愛猫レオンとシネマな毎日]
昨年のアカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされたイスラエル映画です。
ご存知のように日本の「おくりびと」が受賞。
その時の最大のライバルだったのが、今作です。
大都市では、昨年公開され高い評価を得ていたので、地元で見れるようになるのを
楽しみにしてました。
1982年に起きた”サブラ・シャティーラ大虐殺”
アリ・フォルマン監督は、その現場にいたのに、その時の記憶を失ってました。
それは、あまりにも辛い過去から、自分を守るため・・・
長い時を経て、アリ監督は失った記憶を探し求める旅に出ます。
... [続きを読む]
受信: 2010年3月 7日 (日) 20時59分
» 戦場でワルツを [迷宮映画館]
うーん、斬新だが・・・。 [続きを読む]
受信: 2010年4月 9日 (金) 16時17分
» 『戦場でワルツを』 [シネマな時間に考察を。]
圧倒的なアニメーションの映像表現。その訴求力に脱帽。
疾走する野犬のオープニングから一気に惹き込まれ、
ざざざ、と鳥肌。ラストに震撼。そして、呆然。
記憶と罪と尊厳にまつわる異色のドキュメンタリーに我、思う。
『戦場でワルツを』 VALS IM BASHIR/WALTZ WI... [続きを読む]
受信: 2010年4月15日 (木) 17時01分
» 【映画】戦場でワルツを…この辺りの歴史を聞いても大川興業のネタぐらいしか出てこない [ピロEK脱オタ宣言!…ただし長期計画]
まずは近況報告。
先週は夜勤だったのですが、お仕事は暇でした…ずっと忙しめだったので少し休めて良かった感じですが。そんな暇な週なのに2011年4月16日(土曜日)は夕方からお仕事。
2011年4月17日(日曜日)は、ほとんど寝て過ごしました
最近こんな週末が多いです…...... [続きを読む]
受信: 2011年4月19日 (火) 22時26分
» 「戦場でワルツを」 [prisoners BLOG]
主人公が失われた記憶を求めて戦友たちを巡る一種のミステリ仕立てともいえ、「軍旗はためく下で」をちょっと思い出したりした。ただ、その各エピソードが強烈な割りに並列的で謎解き的な趣向は薄い。
どんな技術が使われているのかよくはわからないが、キャラクターが実...... [続きを読む]
受信: 2011年6月29日 (水) 09時26分
コメント
sakuraiさん、こんばんは!
そうですね、自分の心に蓋をしたことと向かい合うのはかなりつらいことですよね。
そういう辛さをいとわず向かい合った監督は勇気があると思います。
逆に向かい合わないとずっとなにか背負い込んでいかなくてはいけない辛さというのもあったのかもしれません。
投稿: はらやん(管理人) | 2010年4月10日 (土) 18時27分
結構、人間って自分に都合いいようにできてますからね。
記憶の封印もこのようにあると思いますが、そこで封印したままでなく、自分なりに落とし前をつけようとしたのが、この映画の価値かもしれませんね。
それでもおろかなことを繰り返してしまう人間というものを嘆かずにはいられません。
投稿: sakurai | 2010年4月 9日 (金) 16時21分
リバーさん、こんばんは!
それまでのアニメーションがあったからこそ、最後の実写が効いてきました。
あの映像は我々がニュースで見れる映像で十分に悲劇的ですが、それ以上に見えないところでいくつもの悲劇があるということを感じました。
投稿: はらやん(管理人) | 2010年2月24日 (水) 21時00分
TB ありがとうございます。
この作品は独特のアニメタッチが好みでした
そして 考えさせられる内容で
最後は現実を見せられる 衝撃がありましたね
投稿: リバー | 2010年2月24日 (水) 18時46分