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2009年12月19日 (土)

「戦場でワルツを」 恐怖で歪む記憶と事実

ドキュメンタリーでありながら、アニメーションという手法が話題になっているのが、本作「戦場でワルツを」です。
アリ・フォアマン監督が友人と話をしているうちに、自分が10代の頃イスラエルのレバノン侵攻の際に従軍していたときの記憶がぽっかりと抜け落ちていることに気がつきます。
そして監督の頭にあるイメージがフラッシュバックします。
自分と友人が海岸にいて、そして夜空に照明弾が上がり、それを彼らは見上げている・・・。
監督が自分自身の従軍時の記憶の欠落を探る道程が本作で語られます。
これが本作がドキュメンタリー映画であると言われる所以です。
監督は従軍中の友人・知人にインタビューを重ねていきます。
その中で語られる戦争中の出来事については、もちろん実映像はありません。
だからこそアリ・フォアマン監督はドキュメンタリーでありながら、その表現にアニメーションという手法を選んだのでしょう。

そういう物理的な事情だけではなく、本作におけるアニメーションという手法は、人間の「記憶」の不確かさ、そして人間が「事実」をどのように見ているかということを語っているような気がします。
作品中での心理学者へのインタビューにあるように、人間は心理的に強いインパクトのある出来事に直面すると、その記憶に蓋をすることがあります。
たぶん実際に起こった出来事の、生々しい鮮度の記憶を持ったままでいると、人は生きてはいけないということなのかもしれません。
意識がずっと過去に縛られ、身動きできなくなってしまうのでしょうか。
そして「記憶」は決して「事実」ではなく、さらには「真実」であるかは本人ですらわからないのです。
本作で語られるレバノン侵攻の際の虐殺事件は「事実」ではありますが、本作で語られる映像のままの出来事であった、すなわち「真実」であるとは言えません。
このあたりの不確かさというのが、アニメーションという手法で表現されていると思います。
これは「スキャナー・ダークリー」の表現にも通じるような気もします。

心理的インパクトがあった出来事の記憶へだけではなく、意識への蓋というのはリアルタイムで起こりえます。
極限までの恐怖にさらされたときの思考停止状態=パニックがそれでしょう。
パニックの時には、理性や道徳などよりも、自己保存本能が勝ってしまうのかもしれません。
本作でも描かれる侵攻時に襲撃されたイスラエル軍の兵士たちの様子がこれにあたると思います。
恐怖に駆られ引き金を引く。
強い恐怖にさらされた思考停止状態は個人だけではなく、集団にも起こります。
これは本作で描かれる虐殺を行ったファランへ党もそうだったのかもしれません。
またナチスですらそうだったかもしれません。
その恐怖は実体がないものかもしれませんが、恐怖を感じるものからすればそれは「真実」になってしまうのです。
恐怖で歪んだレンズで見る世界も、アニメーションでなければ描けなかったかもしれません。

心理学者が従軍カメラマンの話をする場面があります。
悲惨な現場にいても何故カメラマンは精神的に大丈夫なのかと。
カメラマンはレンズを通して見るから、目の前で起こっている出来事のリアリティがなくなる、だから大丈夫なのだと。
これはなんだかわかる気がします。
僕は旅行に行ったときなどにあまりカメラを持っていったりしません。
何故かというとファイダー越しに観ていると、それをしっかりと観ることができなくなるからです。
「後で写真で観れるから」と真剣に観ることがなくなるような気がするのです。
なるべくその時の感情とともに記憶に刻み込みたいのです。

なにか人間の「記憶」や「意志」というものの曖昧さ、また「真実」の不確かさみたいなものを本作を観ていて感じました。

本作のラストで家族を殺され嘆き悲しむパレスチナ難民の様子が、いきなりの実写で映し出されます。
これはまぎれもなく「事実」です。
どうしても人間は恐怖に直面した場合に、思考停止状態=パニックになってしまいます。
そのとき人が観ている世界は恐怖で歪んだレンズで観ていることになります。
それならばそのような場面にならないよう事前に理性を発揮するべきなのでしょう。
本作の意味合いは恐怖にとらわれた時の人間の様子、そしてその後に起こってしまう出来事を冷静に直視することにより、平時に理性を持ち、恐怖そのものをなくす努力が必要であると考えさせてくれます。

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コメント

sakuraiさん、こんばんは!

そうですね、自分の心に蓋をしたことと向かい合うのはかなりつらいことですよね。
そういう辛さをいとわず向かい合った監督は勇気があると思います。
逆に向かい合わないとずっとなにか背負い込んでいかなくてはいけない辛さというのもあったのかもしれません。

投稿: はらやん(管理人) | 2010年4月10日 (土) 18時27分

結構、人間って自分に都合いいようにできてますからね。
記憶の封印もこのようにあると思いますが、そこで封印したままでなく、自分なりに落とし前をつけようとしたのが、この映画の価値かもしれませんね。
それでもおろかなことを繰り返してしまう人間というものを嘆かずにはいられません。

投稿: sakurai | 2010年4月 9日 (金) 16時21分

リバーさん、こんばんは!

それまでのアニメーションがあったからこそ、最後の実写が効いてきました。
あの映像は我々がニュースで見れる映像で十分に悲劇的ですが、それ以上に見えないところでいくつもの悲劇があるということを感じました。

投稿: はらやん(管理人) | 2010年2月24日 (水) 21時00分

TB ありがとうございます。

この作品は独特のアニメタッチが好みでした
そして 考えさせられる内容で

最後は現実を見せられる 衝撃がありましたね

投稿: リバー | 2010年2月24日 (水) 18時46分

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