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2009年10月18日 (日)

本 「MM9」

巨大生物、いわゆる怪獣が実際に存在したら人間はどのように対応するのか。
政府は、自衛隊は、怪獣が来襲した場合にどのように行動するのか。
有名な「平成ガメラ」3部作はそのシミュレーションを劇中で行っている点で画期的でありました。
本著「MM9」も、実際に怪獣が来襲する世界を舞台に怪獣出現に対するシミュレーションを行っています。
この世界では、怪獣は毎年のように日本を襲ってくる台風や地震等と同じような"災害"と捉えられています。
その"災害"を未然に防ぐための政府のセクションが、気象庁特異生物対策部、略して「気特対(きとくたい)」です。
気特対は怪獣出現を察知し、その対象の特徴をつかみ、その進路を予想し、迎撃する自衛隊にアドバイスを行うと同時に住民への避難勧告を行うというのが、その任務となります。
ちなみにタイトルにある「MM」というのはモンスター・マグニチュードの略。
地震の規模を表すと同じ考え方で、怪獣の規模を表す数字になります。
ちなみにMM9というのはかつて存在が確認されていないほどの大きさということです。

「MM9」はSFファン、特撮ファンからしたら、マニア心をくすぐられる作品となっています。
出現する怪獣は様々ですが、第1話の「シークラウド」は「ガメラ2」のレギオンを彷彿させますし、第2話の巨大少女は「ウルトラマン」のフジ隊員が巨大化したエピソードを想起させます。
第3話の放射能怪獣からは、形態は「ガメラ」のギャオス、放射能という点ではゴジラが思い浮かびます。
たぶん作者の山本弘さんは元ネタわかってこれらを登場させているでしょう。
ただパロディのように出しているのではないところが素晴らしい。
ちなみに山本弘さんは「と学会(いわゆるトンデモ本を品評する会)」会長ですから、その方面の知識も豊富だと思います。

ではこの物語で描かれる世界、何故に怪獣が存在しているか。
僕たちが今暮らしている世界に巨大生物というのは存在できるでしょうか。
特撮番組などで描かれる巨大生物は現実には存在できません。
なぜならば・・・。
巨大生物は、その体長が2倍になった場合、体重は8倍になります。
体重は体積に比例しますから、縦×横×高さで2×2×2=8になるわけです。
けれどもその自重を支えるのは骨格の断面積と言ってよく、これは面積ですから、縦×横、すなわち2×2=4になるのです。
つまり体長が2倍になると体重は8倍になりますが、それを支える骨格の断面積は4倍にしかならないということで、いくら骨格が強固になっても大きさの増加には限界があるわけです。
つまり通常の物理法則下では巨大生物は存在し得ないのです。
その問題を本作ではどのようにクリアしているか。
本作では「人間原理」を持ち出しています。
「人間原理」とは簡単に言ってしまえば、世界を観察する人間がいなければ、その世界は存在しないも同じことだということです。
つまり僕たちがそこにあると思っている世界も物質も、僕たち人間がいるからこそ存在しているという考え方なのです。
そして本作ではそれを発展させ「多重人間原理」という考えを提示しています(大いなるフィクションですけれど)。
このあたりはさすが「と学会」会長の面目躍如でしょう。
「多重人間原理」とは僕たちが認識する物理法則が支配する世界(ビックバン世界)と重なるように別の原理が支配する世界(本作では「神話世界」と呼んでいる)があるということです。
怪獣は通常の物理法則では存在し得ない。
だから怪獣は別の原理による世界に所属するものだ、というわけです。
かつて人間が世界認識をできるようになる前は、世界は「ビックバン世界」と「神話世界」とがごっちゃになっていた。
けれども人間が物理法則をベースに世界を認識するようになった以降、「神話世界」に所属するものたち、すなわち神や怪獣、妖怪などはその存在自体がなくなってきてしまっている。
そして現在はほぼ「神話世界」が消滅しようとしているそのときであり、最後に怪獣だけが「神話世界」の名残として残っているということです。
トンデモな設定がいいです、さすがです。
そしてこの論の先がまた振るっています。
人間が世界を「ビックバン世界」として認識しきったとき、「神話世界」は消滅する。
そのとき起こるのは歴史の改変です。
つまりは神や怪獣は人間の想像上の産物とされてしまうということです。
この設定はなかなかにおもしろい発想です。

<この先ネタばれ注意>

最後の決戦で登場する怪獣は9つの頭を持つ龍であることから、その呼称を「クトウリュウ」と名付けられます。
これは明らかにラブクラフトの「クトゥルー(クトゥルフ)」のもじりでしょうね。
ラブクラフト神話では「クトゥルー」は「旧神」とも呼ばれる超古代の神と言われています。
「クトウリュウ」が滅ぼされ怪獣がいなくなったとき、その存在は伝説の中に封じ込められます。
それがラブクラフト神話になったという意味でしょうか。
このあたりのメタな世界設定がSF好きには堪らないのです。
あと「気特対(きとくたい)」ですが、これも「科特隊(かとくたい)」のもじりですよね。
科特隊とは「ウルトラマン」に登場する対怪獣チーム、科学特捜隊の略称です。
怪獣がいなくなった世界、そこでは怪獣に対応するセクションも存在しません。
怪獣と同様に、その存在もフィクションの中に閉じ込められる。
それが科特隊なのかもしれません。
うーん♥、トンデモでメタな設定。
堪りません・・・。

山本弘さん作品「アイの物語」の記事はこちら→

「MM9」山本弘著 東京創元社 ソフトカバー ISBN978-4-488-01812-2

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