« 「20世紀少年 -最終章- ぼくらの旗」 夢見る子供じゃいられない | トップページ | 本 「WebPRのしかけ方」 »

2009年9月 6日 (日)

「仮面ライダーディケイド」 次なる10年に向けて

平成仮面ライダーの記念すべき10作目ということで制作された「仮面ライダーディケイド」。
ディケイド(decade)とは10年期という意味で、まさに10作目のライダーにふさわしい名と言えるでしょう。
現在公開中の劇場版の記事でも書いていますが、平成仮面ライダーは昭和の仮面ライダーとは異なり、それぞれが独立した世界観を持っています。
ですから昭和ライダーで時折あったように、主人公ライダーの危機に先輩ライダーが駆けつけるというイベントは本来は不可能でありました。
ですが本作「ディケイド」の製作が発表されたとき、そこに登場したのは今までの9人のライダーたち。
仮面ライダーディケイドは、それら9人のライダーにフォームチェンジするということでした。
ある種、禁断とも言えるようなイベント的な企画です。
なぜ禁断と言えるか。
さきほど書いたように平成仮面ライダーはそれぞれの作品は独立した世界観を持っています。
僕も最近こちらのブログで書いている企画(「平成仮面ライダー振り返り」)で触れていますが、その世界観は非常に作り込まれているものになっており、それが平成仮面ライダーというシリーズのクオリティの高さを知らしめ、10年も続く盤石なシリーズになったと思います。
ですので、安易な今までのライダー総登場といった企画は、それまでのシリーズの作り込まれた世界観を壊すことになりかねないと思われました。
けれどもその杞憂は第1話「ライダー大戦」を観た時にふっ飛びました。
テレビシリーズと思えないほどの圧倒的な物量を投入したオープニングからは、制作者の方々の並々ならぬ思い入れを感じました。

主人公、門矢司と夏海、ユウスケは9つのライダーの世界(結果的には9つではないのですが)を巡ります。
それぞれ訪れたライダーの世界では、いままでの9作へのあまりあるほどのリスペクト、けれどもただなぞるのではなく、そのエッセンスを取り出し見事に再構築していました。
どの世界も甲乙つけがたく好きなのですが、特にあげるとするならば、「カブトの世界」と「響鬼の世界」でしょうか。
「カブトの世界」では何といっても555アクセルフォームVSザビークロックアップの高速対決が見物でした。
本作はエピソードとしても秀逸で、オリジナルの「カブト」のエッセンスである「兄と妹」、「おばあちゃんが言っていた」などを換骨奪胎して2話に収め直すという出来のいい脚本であったと思います。
また「響鬼の世界」は観たかったほんとうの響鬼が観れたことが嬉しかった。
ご存知の方もいるかもしれませんが、「仮面ライダー響鬼」はシリーズ中盤で大きな方向転換があり、大きなテーマであった「師匠と弟子」「少年の成長」というところが薄まってしまいました。
観ていた時は明日夢に最後は響鬼を継いでほしかったのですが、それは叶わず残念な気持ちでいました。
それが本作「ディケイド」でそれが叶い、観ていて感無量なところがありました。

「通りすがりの仮面ライダーだ」
これはそれぞれのライダーの世界を訪れる時に司が口にする台詞です。
どこにも属さない流れ者。
まるで西部劇の主人公のような仮面ライダーです。
本作の白倉プロデューサーは今までもライダーのシリーズでロードムービー的なものをやりたいと言っていました(ただしロケ等で費用がかかるために断念。555の九州篇はその名残)。
これを発想の転換で、本作ではパラレル世界を巡るということでロードムービーにしてしまったところがすごい。
ロードムービーというのは旅を続ける中で、主人公が経験をし成長していくというお話です。
まさに本作で司は世界を巡りながら、仲間というものを得ていく。
まさに王道のロードムービーと言えるでしょう。
流れ者という司=ディケイドの設定に、鳴瀬シュウヘイさんのラテン調な「ディケイドのテーマ」の音楽はとてもぴったりでした。
本作の音楽は二人の方が担当していて、鳴瀬シュウヘイさんが主にディケイド関連の音楽、そして中川幸太郎さんが世界を表す音楽を担っていました。
アメリカのドラマの冒頭でよくある「previously ○○」という感じで「これまでの仮面ライダーディケイドは」というNAで流れる、中川さん作曲の劇伴「ドラマのアラスジ」はけっこう好きで、先ほどあげた「ディケイドのテーマ」とともに流れるだけでワクワクしてしまいました。
当初本作のメインライターは會川昇さんでした。
彼の書く脚本での司の青臭い台詞が好きでした。
例えば、第3話では

 「この男が戦うのは、誰も戦わなくていいようにするためだ。
  自分一人が闇に落ちたとしても、誰かを笑顔にしたい、そう信じてる。
  こいつが人の笑顔を守るなら、俺はこいつの笑顔を守る。
  知ってるか、こいつの笑顔、悪くない」

こういう真正面からくる台詞いいです。
本作はとてもトリッキーな仕掛けばかりに目がいきがちですが、本質はこのような真正面で王道のロードムービーだと言えるでしょう。
會川さんは途中で降板されますが、その後の米村正二さんでもこの真っすぐさは引き継がれていたので良かったです。

先週、最終回を迎えましたが、正直しっかりと終わったという感じはありませんでした。
ほんとの最終回は冬の劇場版でということらしいですので、楽しみに半年待っていることといたしましょう。
でもそれでも司=ディケイドの旅は終わらないのかもしれません。
次なる仮面ライダーの10年期は始まったばかりです。
また10年後再び司=ディケイドは姿を現すかもしれません。

「劇場版 仮面ライダーディケイド オールライダーVS大ショッカー」の記事はこちら→
「仮面ライダー×仮面ライダーW&ディケイド MOVIE大戦2010」の記事はこちら→

|

« 「20世紀少年 -最終章- ぼくらの旗」 夢見る子供じゃいられない | トップページ | 本 「WebPRのしかけ方」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/186553/46138503

この記事へのトラックバック一覧です: 「仮面ライダーディケイド」 次なる10年に向けて:

» 今度生まれ変わったら俺ライダーになるんだ [仮面ライダー俺がキック]
仮面ライダーになりたい日記 [続きを読む]

受信: 2009年9月17日 (木) 17時41分

« 「20世紀少年 -最終章- ぼくらの旗」 夢見る子供じゃいられない | トップページ | 本 「WebPRのしかけ方」 »