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2009年8月22日 (土)

本 「世界は分けてもわからない」

かなり売れていた「生物と無生物のあいだ」を書いた福岡伸一さんの新しい著書です。
福岡さんは分子生物学という分野を専門とする博士ですが、文章が非常に上手だと思います。
いわゆるロジックが通った文章は当然理系の方なので書けるのですが、とても詩的というか文学的な表現もなさる方です。
ですので、理系のガチガチの文章が苦手な方も読みやすいと思いますので、だから「生物と無生物のあいだ」はヒットしたのではないでしょうか。
本著も同じように福岡さんの語り口というのは健在です。

「世界を分けてもわからない」というのはどういう意味でしょうか。
科学というのが、人間が世界を理解するための方法とするならば、人間はどのようにそれを行うのでしょうか。
科学というものが発達して数世紀、人が行ってきた方法というのは、調べたい知りたいという対象をいかに分解してその機能を理解するかという手法でした。
たとえばある障害を持った細胞をなんとか分離し培養し、健全な同じ細胞と比較し、その違いを比べるとかいったようなことです。
これは生物学でも物理学でも基本的には同じことです。
同じ条件の中で、一点だけ異なるもの同士を比較し、その作用を観察するということです。
ようは世界の一部を単一の機能を持っている単位に分け、その機能を理解する。
その一部分についての理解を積み上がっていけば、最後には全体を理解できるという考え方です。
この考え方で科学は発展し、人は世界の理解を深めてきました。
けれども果たして、それだけで世界は理解できるのかというのが、本著のテーマであると思います。
福岡さんは専門である生物の分野についてこの話を本著でひも解いています。
前作「生物と無生物のあいだ」でも度々でてきた「動的平衡」という言葉。
これがポイントになります。
生物も、たぶん世界も、機械のようにある決まった機能をもった一部分を足し算していって全体があるというような単純な仕組みにはなっていないのです。
生物であれば細胞と細胞、タンパク質とタンパク質、アミノ酸とアミノ酸といったものが相互に情報をやりとりしあって一つの個体というものを作っています。
細胞レベルで観察すれば細胞は死に生まれすごい勢いで変化をしているのですが、全体を俯瞰すればなんら変わりがないという状態に観えます。
つまり観察をするということはある瞬間、ある部分を取り出し、そのときの状況を観るということであって、そのダイナミックな活動というのは見逃されがちであるのです。
部分の観察が意味がないと言っているのではありません。
全体のダイナミズムという視点もなくては間違えてしまうということなのだと思います。

多少本著と違う話ではあるかもしれないですが、僕自身の仕事の中で同じようなことを感じたりします。
僕の仕事は食品のパッケージデザインなのですが、その精度を上げるために調査をやりたいという話になりました。
食品パッケージデザインというのは、企業ブランドロゴ、商品名ロゴ、商品の写真、キャッチコピー、その他表示等に分解できます。
それぞれのパーツを評価し、最高スコアをとったものを組み合わせればいいデザインになるのではないかということでした。
デザインをやっているものとすれば、こんなことはナンセンス以外のなにものでもありません。
けれども調査をどうしてもやりたいということだったので、やってみてデザインまでやりました。
結果は散々でした。
当たり前です。
デザインというのは先に上げたパーツを絶妙なバランスで組み上げなければ成立しないのです。
すべてを大きく目立つようにしたところでそれは情報過多で見苦しいデザインにしかなりません。
当然目立つように各パーツの調整はしますが、それとともに全体としてのバランスの調整を行わなくてはいけないのです。
そのバランスというのはとても微妙なもので、数値化などはできるものではなく、やはりそこにはセンスというものが入ってきます。

僕は本著を読んで感じたのは、各パーツの働き、そして全体のバランスそれが、ひとつのものを作っているというイメージでした。
これは自分が日頃仕事をしているデザインにも相通じるものがあり、それはこの世界というものがそのような動的平衡というような状態でバランスをとっているという理解には共感できました。
いわゆる分解して世界を理解するという手法はほんとにこの数世紀に発展してきた方法です。
この後はこんどは全体のバランスというものを科学していくというステージに上がっていくのかもしれません。

福岡伸一さん著作「生物と無生物のあいだ」の記事はこちら→

「世界は分けてもわからない」福岡伸一著 講談社 新書 ISBN978-4-06-288000-8

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コメント

樹衣子さん、こんばんは!

確かに、研究者で文章が上手な方って意外と多いですよね。
最近小説家でも理系出身の方が多かったりもしますし。
全体的な構成を考えながら書いているからでしょうか。
福岡先生はさらに語り口も読みやすくて、難しい内容もすっと入ってきますよね。

投稿: はらやん | 2010年4月24日 (土) 07時18分

こんばんは。
私も本書を読みました。たまたまPCが壊れてネットから遠ざかっていた時期だったので、ブログに感想が残っていないのが残念です。
本書を読んだ理由は、著者が福岡伸一さんだから、というそれだけです。
(私はバスの中のイタリアの中年の主婦のような方が読んでいた本が、ハンナ・アーレントというのが妙に印象に残っています。)

>文章が非常に上手だと思います

福岡さんは本当に文才がありますよね。
免疫学者の多田富雄さんがお亡くなりになりましたが、この方のように科学のフィールドの研究者で文章の達人という方がけっこういらっしゃいます。
福岡さんを含めて科学者の本を読んでいて感じるのですが、単に文章がうまいだけでなく、思考がとても深く根源的な問いがあります。


この本のタイトルの意味を理解するには、私にはちょっとした思考力が必要でしたけれど、パッケージのデザインの話は、とてもわかりやすく参考になりました!

投稿: 樹衣子 | 2010年4月22日 (木) 22時38分

madmaxさん、こんばんは!

共感いただきまして、ありがとうございます。
あたりまえなのですが、映画や本などは受け手(つまり自分)の状況でその評価が変わっていくと思っています。
ですので、その作品について書くときは自分のそのときの気持ち(おもしろいとかつまらないとか)、これをどうしてそう思ったのかを探っていくようにしてます。
そんな文章を読んでいただいて、共感していただけたならとても嬉しいです。

さてこちらの本ですが、僕もそれほど迂闊なことが書けないのですけれど、構造主義のそのさきにある考え方のように思えます。
構造主義は要素とその構造を着目する考えだと思っていますが、これらは静的であるのに対して、この本の著者はその要素や構造の変化に着目しているように感じました。
たぶんこれはmadmaxさんが書かれている相互インタラクティブなシステムなのかなと思いました。

またお暇な時に是非いらっしゃってください。

投稿: はらやん(管理人) | 2009年9月13日 (日) 20時15分

また来ちゃいました。
偶然立ち寄っただけなんですが、なぜかとても正直に感想を書いている方だなぁと思って、すごく共感したので。若い人に多いのですが、自分の事をかなり覆い隠して、どっかで読んだか聞いたようなセリフでお茶を濁して格好つけてる方が多いものですから・・・ま、私も全部を言える分けではないけど、匿名なら匿名なりにぶっちゃけられることはぶっちゃけちゃうつもりです。
さて、この本は、私ぜんぜん知らないんですが、言いたいことは分かります。
分解して精査さして組み上げるという方法は、まさしく近代科学、科学そのものなのですね。うまれた最初からおそらくそうなのかもしれないです。・・・ただ、もちょっと科学の元の方を探ると、錬金術があったりします。それと絡んで、古代ギリシャの方法とか、もしくはグノーシス主義とかね。

ところで「機能」ということを考えたら、分解して組み立てる方法は、実践的なのです。おそらく産業社会になってから真理追究の価値観が、機能主義にすりかわったか、変換してしまった。すると機能主義の方法が、帰納的に科学研究の方法を縛っていく・・・なんてことも想像できなくはない。

ごめんなさいね、なにやら難しくて。実は、物事をシステムとして見ていく方法というのは、かなり新しい分野なのです。理系どころか文系でもその兆しは、ここ2~30年程でありました。ご存知の「構造主義」という奴ですね。ポスト・モダンです。デザインの世界でも使われてるんじゃないですかね。

たとえば歴史ですね。社会は、もちろん初期はここの村落がその環境によって個々に生活するけど、それがどんどん大きくなって町になり国になり、機能が複雑化する。
それが世界大になるとどうなるか?支離滅裂のごった返しの現在社会が思い浮かべられると思います。が、実は、この世界動きは、かなり以前から相互インタラクティブにシステムとして動いていたのかもしれない。・・・ちょっとあまりに抽象的な言葉なんですが・・・ごめんなさい。
今当たり前になっているような言葉ですが、これって案外新しいのです。以前では、国家単位での世界や社会の研究がなされていましたから。

何やら私のほうが支離滅裂な話になっちゃってますが・・・興味あったらまた来ます。

投稿: madmax | 2009年9月13日 (日) 15時42分

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