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2009年7月 9日 (木)

本 「法華経入門」

僕自身は無宗教で、何かの宗教を信じているということはありません。
ただ宗教が生まれる背景、歴史など、つまりは人間の精神の営みというのは、テーマとしてとても惹かれることもあり、いろいろそのような本を読んだりします。
こちらのブログでも読んだ宗教を扱った本にいろいろ書いたりしていますが、今回は仏教関連。
本著、タイトルに「入門」と書いてあるし、新書でもあるし、もっとわかりやすいかなと思ったのですが、その思想についてはよくわかったとは言えません・・・。
読み始めた本は理解できずとも、最後まではがんばって読む主義なのですが、やっぱり理解できたとは言いがたいです。
わかったようなわからないような、わからないようなわかるような・・・。
「南無妙法蓮華経」という題目を唱えれば、仏になれると言ったのは日蓮ですが、この中の法華経というのは、仏教の経文の一つになります。
個人的には経を唱えるだけで仏になれるならば苦労がないと思ったりもします。
なんというかいわゆる新興宗教的ないかがわしさのようなものも感じたりもするのです。
けれど宗教というのはどの宗教もある意味、(何にもまして優先事項の一番になってしまうような)いかがわしさ的な性格は持っていますし、日蓮宗が成立した時には民衆はそのような教えに救いを求めなければならない状況であったのでしょう。
ですので個人的には「法華経」というものも、その中に書いてあることにも(知らなかったこともあり)それほど興味深いことがあるとは思っておりませんでした。
先ほど書いたように、読んでもほとんど理解はできなかったのですが、一つだけなるほどと思ったことがありました。
もともと仏教が成立したインドというのは、(今でもそういうところはありますが)身分制がしっかりとあった時代であります。
ですのでその教えにはその時代性というのがやはり色濃く残っています。
その中で「法華経」では「誰しも仏になれる」ということが書いてあるということです。
これは不平等が当たり前である時代の中で、平等をうたうという意味でかなりアナーキーな思想であったのだろうと思います。
その点は興味深いと思ったところでした。
当然「法華経」の中では誰しも可能性があると書いているだけであり、そこに至るにはたいへんな道のりがあると書いてあります。
ですので日蓮宗などで題目を唱えれば大丈夫というのは、ややコンビニエンスな感じもあり、やはり安易さは感じてしまいますが・・・。

「法華経入門」菅野博史著 岩波書店 新書 ISBN4-00-430748-1

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