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2009年5月 2日 (土)

「仮面ライダーアギト」<平成仮面ライダー振り返り-Part2>

さて「仮面ライダーディケイド」放送に合わせて、平成ライダーを振り返ってみようというこのコーナー(?)。
今回は「仮面ライダーアギト」です。
「ディケイド」の方は、今週公開の「超・電王」に合わせて「電王編」に突入していますが、毎回毎回描かれている話はかなりの高密度で驚くばかりです。
9つの世界を巡るということでしたが、それぞれの世界はオリジナルのエッセンスをうまく活かしながらも異なるものとして描かれています。
先日オンエアした「アギト編」もオリジナルのエッセンスを上手にとりいれていたと思います。

さて「クウガ」の時も書きましたが、平成ライダーシリーズというのは、新しい作品を作るごとに常に掟破りとも言える革新的な要素を取り入れて、それが以降のシリーズでは定番となっていく「自己進化」を行っています。
「アギト」におけるその革新要素というのは、やはり3人ライダーが物語の中心にいるということでしょう。
それまでも昭和においては「V3」の「ライダーマン」なども同じ作品中に登場しますがこれはあとで「仮面ライダー」としておくり名されたようなものですし、また過去ライダーが単発的に登場することはありましたが、概ね仮面ライダーというのはその作品中で一人というのが基本でした。
これは仮面ライダーが改造人間であるということを背景に、孤独を持つキャラクターであるというのが基本属性になっていたからだと思われます(また同じ東映作品の「戦隊シリーズ」が集団ヒーローであったため差別化という視点もあったかもしれません)。
そういう孤高のヒーローであった仮面ライダーが、複数登場するというのは「アギト」当時はインパクトがあったように思います(今はそれが当たり前になっています)。

「既に仮面ライダーである男、アギト」=津上翔一
「仮面ライダーになろうとする男、G3」=氷川誠
「仮面ライダーになってしまった男、ギルス」=葦原涼
これはスペシャル版の時に使われたコピーですが、3人の仮面ライダーをよく言い表していると思います。
この3人のキャラクター設定が絶妙で、これが今までの仮面ライダーの継承とこれからの仮面ライダーへの発展というのをよく表しています。
これませの仮面ライダー像というのを表しているのが、ギルス=葦原涼とG3=氷川誠です。
ギルスとなる葦原涼というキャラクターは、3人の中でも最もこれまでの仮面ライダーらしいキャラクターと言っていいでしょう。
わけのわからない力で人間ではない別の存在になってしまい、親しい人々から受け入れられなくなり孤独に生きる男。
愛する人々をアンノウン(本作での敵)に殺され、復讐を誓う男。
この男は昭和の頃より孤独を運命づけられた仮面ライダーという存在を表しています。
そして普通の人間でありながら、自らの意志でアンノウンと戦う氷川誠は、「正義のために自ら戦う」というこれもまた仮面ライダーのエッセンスを体現しているキャラクターだと思います。
つまり葦原、氷川というキャラクターはそれまでの仮面ライダーの二つの側面をそれぞれ継承しているキャラクターと言えます。
そして主人公であるアギト=津上翔一は、これからの仮面ライダー像というものを表しているキャラクターだと思います。
「クウガ」の五代雄介も明るいキャラクターでしたが、それにも増して翔一という人物はポジティブな考え方をする人間として描かれています。
その明るさがややもすると軽さに繋がりそうなのですが、彼の楽天的なものの見方というのは、未来というのが明るいものと感じさせる力があります。
まさに「仮面ライダーアギト」というのは「進化」、そしてその先にある「希望」というものを描いている作品であり、それを体現しているのが津上翔一というキャラクターなのだと思います。
当時としては驚きとともに受け止められた3人ライダーですが、結果的には「進化していく」平成ライダーシリーズというものの道筋をつけたように思えます。

「クウガ」から取り入れられた大河性ですが、本作「アギト」はそれがさらに進化しています。
平成ライダーシリーズの中でも一、二を争うほどによく構成されている物語だと思います。
先にあげた3人のライダーは、物語の中でニアミスを起こすものの、それぞれの正体というのに気づくことなく物語は中盤に至ります。
また「不可能犯罪」を引き起こすアンノウンたちが何故そのようなことをするのかという謎、なぜ津上翔一と葦原涼が変身できるという謎、「あかつき号」の謎、最初より登場し人間という存在に大きな影響力を持つ男の謎、様々な謎が物語を牽引していきます。
謎が明らかにされ、さらに新たな謎が提示されという展開は、「LOST」のような海外ドラマを思わせる中毒性がありました。
そして敵の力が強大になるにつれ、終盤に至り今までがなかった3人ライダー(正確には加えてアナザーアギトの4人)がそろい踏みする46話で物語のカタルシスは頂点に達します。
4人のライダーが並んでいる画というのは、感動的ですらありました。
この大河性のある物語の脚本を紡いでいったのは井上敏樹さん。
途中の1話を除いて50話分を一人で書き上げました。
井上さんはその後「555」は全話や「キバ」もほとんど一人で書いています。
井上さんがメインのシリーズはややもすると大風呂敷を広げて収集がつかなくなることもあるのですが、「アギト」についてはきっちりと最後まで物語を回収したという感じがします。
井上さんの脚本はちょっとひねたクセのある登場人物が出てきますが、本作でその役を担うのは北条透というキャリア警察官。
これがまた嫌味なヤツですが、味がある人物で物語でも重要な役回りとなっていました。

本作よりメインプロデューサーとなり、その後も多くの平成ライダー作品でもその任をまかされる白倉伸一郎氏の個性も本作で強く出ているように思えます。
「クウガ」の高寺プロデューサーは、どちらかというとリアルさにこだわった方だと思います(「響鬼」もしかり)。
仮面ライダーという存在が現実にいたら、というシミュレーション的な描き方をしていたと思います。
そして一人の男の生き方というものをこだわっていたように思います(五代雄介であり、ヒビキであり)。
白倉プロデューサーというのは、仮面ライダーというものをもっと自由に捉えているように思えます。
主人公の生き方というよりも、作品世界そのものが提示するテーマというところに興味があるように思えます。
「アギト」で言えば、「進化」と言ったところでしょうか。
まさにそれぞれの世界が題材となった「ディケイド」も白倉さんがプロデュースの作品。
「ディケイド」の世界は何を語ろうとしているのでしょうか。

次回は「仮面ライダー龍騎」の予定です。
「アギト」で初めて複数ライダーとなりましたが、「龍騎」は一気に13人に増加となりました。
なかなか全話を観ていくというのは思いのほかたいへんで(笑)。
夏くらいまでには「龍騎」の記事を載せられればと思います。
「ディケイド」終了までに全平成ライダーシリーズレビューはすでに苦しくなってきてます(爆)。

「劇場版 仮面ライダーアギト PROJECT G4」の記事はこちら→
「仮面ライダークウガ」<平成ライダー振り返り-Part1>の記事はこちら→
「仮面ライダー龍騎」<平成ライダー振り返り-Part3>の記事はこちら→
「仮面ライダー555(ファイズ)」<平成仮面ライダー振り返り-Part4>の記事はこちら→
「仮面ライダー剣(ブレイド)」<平成仮面ライダー振り返り-Part5>の記事はこちら→

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