「仮面ライダーキバ」 物語のインフレーション
放映される前に雑誌でそのデザインを観たとき、かっこいいーと思った「仮面ライダーキバ」。
ライダーの基本デザインフォーマットに沿いながらも、ゴシック風というか、中世ヨーロッパ風のデザインがセンスが良かったです。
最近のスマートなライダーとは違い、どちらかというとタフネスというイメージがあるデザインだったと思います。
「侍ジャイアンツ」の番場蛮のハイジャンプ投法(知っている人がいるのか?)のようなライダーキックもケレン味があってこれも好きでした。
けれども数話いったところで、すぐに恒例のフォームチェンジが導入され、シンプルなキバフォームが観れなくなったのは残念。
後半はほとんどエンペラーフォームでしたし。
これはゴテゴテしていて、デザインがインフレーションを起こしていて、あまり好きではありません。
玩具を売らなくてはいけないのはわかるのですけれど、頻繁なフォームチェンジは次第についていきにくくなります。
「キバ」についてはデザインだけではなく、物語もインフレーションを起こしているような気がしました。
そもそも平成ライダーシリーズというのは、今までありえない革新を毎回取り入れていることが、シリーズを長く続けているエネルギーになっていると思います。
今までも「アギト」で複数ライダーの登場、「龍騎」で13人ライダーバトルロワイヤル、「響鬼」で中年ライダーなど新しい試みを行っています。
「キバ」でもその精神は引き継がれていて、2つの時間軸が並行して描くという今まであまり他のドラマでもやっていないことをやっています。
これは1年にも及ぶ放映期間があればこそできる試みでもあります。
ちなみに1年連続のドラマは現在はNHKの大河ドラマと、東映のスーパー戦隊シリーズ、仮面ライダーシリーズと数少ない(あと三池崇史監督がシリーズ構成を担当している「ケータイ捜査官7」も)。
この2つの時間軸を描くというチャレンジはなかなか興味深くもありました。
シリーズ全体の脚本は井上敏樹さんで、こういうチャレンジができるのはこの人くらいだろうという気もします。
けれどやはり井上さんらしいところでかなり中盤くらいまで物語と登場人物を膨らませてしまい、次第にそれぞれの人物の描き方が薄くなるといういつもの悪い癖がでてきてしまっているような気がします。
物語としては最後は力技でまとめあげるのですが、どうも昨年の「電王」のような強烈な印象をキャラクターが残せていない。
まさに物語がインフレーションを起こしているような感じで、どうも収拾がつかないような感じを受けました。
なので当初は世界観が好きだったのですが、中盤以降はなんとなく乗り切れない感じがありました。
これは「響鬼」の後半の印象に似ています(こちらも井上氏脚本。こちらはピンチヒッターだったから仕方がないですが)。
後半になればなるほど物語に入り込んでいけた「電王」とは好対照な感じがしました。
次週からは平成ライダー第10作目「仮面ライダーディケイド」が始まります。
なんと驚くことに今までの平成ライダー9作品のライダーが登場するということ。
今までの常識をくつがえすという平成ライダーの伝統は生きています。
作品の世界観も全く違うこれらをどのようにまとめあげるのかが見物です。
これもあって平成ライダーを「クウガ」から見直し中。
やっと「アギト」に入りました。
「ディケイド」が終わるまで全作見直せるか・・・?
「劇場版 仮面ライダーキバ 魔界城の王」の記事はこちら→
「劇場版 仮面ライダー電王&キバ クライマックス刑事」の記事はこちら→
テレビシリーズ「仮面ライダー電王」の記事はこちら→
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