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2008年12月21日 (日)

本 「神仏習合」

平家物語で那須与一が沖の平家の船に掲げられた扇に向かって弓を射るところで、「南無八幡大菩薩」と称える場面があります。
与一が称えるこの言葉に日本人である僕たちはに不自然さはありませんが、よく考えてみると「八幡」というのは「八幡神」で、これは日本古来の、いわば土着の神様の名前で、そして「菩薩」というのは仏でありこちらは仏教由来なんですよね。
もともとはまったく違う宗教である神道の神、仏教の仏が体系化された思想の中で統合されていることを、「神仏習合」と言います。
こちらの本では基盤宗教としての神道、普遍宗教としての仏教がいかに歴史的の中で影響し合って「神仏習合」ということが起こったのか解き明かしていきます。
おもしろいのは次第に社会に富の蓄積が起こり、持てるものと持てない者の差がでてきたとき、持てる者の方に罪の意識が芽生えてくるということ。
その罪の意識が仏教というものへ向かわせたというところです。
人間というものは欲深いと言いながらも、持ってしまうことというのは何か罪悪感のようなものを持つものです。
いつかそのしっぺ返しがくるのではないかという恐れの裏返しでしょうか。
当初仏教をうけいれたのは奈良時代、大和国家の頂点にある天皇やその周辺。
社会が富んでいくに従い、仏教は浸透していきます。
また国家が人民を支配するいくために、神道や仏教といった考え方が次第に変質してくのがおもしろい。
どちらかというと社会の変化におされて国家の中枢のものの考え方が変わらざるをえないといった状況でしょうか。
宗教や思想といってもその時代や社会というものに影響を受け、変化をしていくというのが歴史のおもしろいところ。
さまざまな要因が重なって、日本独自の「神仏習合」という考え方が現れてきたことがわかります。

「神仏習合」義江彰夫著 岩波書店 新書 ISBN4-00-430453-9

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