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2008年11月 8日 (土)

本 「アラビアの夜の種族」

物語というものは誰かが語り、または書いたもの。
けれども物語はそれ自身が、あたかも生命を持つがごとくふるまうように見えることもあります。
前にある作家さんが、物語が勝手に走り始める、それを自分は記録しているだけと言っていることを聞いたことがあります。
その感覚というのはなにかわかるような気がします。

本作「アラビアの夜の種族」の主人公は誰かと問えば、それはこの作品の中で語られる物語そのものであるということになるでしょう。
この作品の中で語られる物語は、語られることにより変化し、増殖していきます。
それはまさにDNAが突然変異し、受け継がれていくようにも見えます。
思えば、文字が発明される前から存在していた物語は口伝でした。
口から口へ時間や距離を隔てて伝わるうちに物語は変節していきます。
そしてそれは分岐し、さまざまなバージョンを生み出し、広がっていきます。
これはまさに生命が伝播していくことがごとくです。
本作では物語の中に物語が存在し、その中にも物語が存在しています。
これはまた生物群の中に個体が存在し、その個体には細胞が存在しているようにも見えます。
やはり生命のメタファーなのです。

読み始めはどのようになるか展開が遅いですが、後半になればなるほど、入れ子の物語それぞれが合流し、離れ、影響し合い、そして怒濤のような圧力を持った物語の大河となります。
語り口もテクニックとして翻訳調になっていますが、それ自体も意味があり、物語の生命性を表すことに繋がっているのは見事です。
日本推理作家協会長編賞、日本SF大賞を受賞していることからもわかるとおり、本作はひとつのジャンルに分類できるものではありません。
物語そのものを描こうとしている作品ですから。
物語のエネルギーというものを感じたい方にはお薦めです。

「アラビアの夜の種族Ⅰ」古川日出男著 角川書店 文庫 ISBN4-04-363603-2
「アラビアの夜の種族Ⅱ」古川日出男著 角川書店 文庫 ISBN4-04-363604-0
「アラビアの夜の種族Ⅲ」古川日出男著 角川書店 文庫 ISBN4-04-363605-9

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