「トゥームレイダー」 天性の存在感
公開時、劇場に観に行った時は特別におもしろいと思ったわけではないのですが(つまらないということでもなかった)、改めて観てみると残っている印象よりはおもしろかった。
ストーリーの中心になる冒険のネタが、惑星直列とか、秘密結社とか、古代の失われた文明等の、トンデモ系だったりするので、これらを大らかに受け止められれば、たぶんこの映画は楽しめます。
それらを「えーっ?」と思ってしまうとダメでしょうね(たぶん初見のときはそうだったのだと思います)。
とは言っても、本作品は脚本がいいとか、演出がいいとかいった類いの映画でもありません。
ただひたすらにアンジェリーナ・ジョリーという女優の存在感を観る作品と言っていいでしょう。
「ウォンテッド」のところでも書きましたが、アンジェリーナ・ジョリーという人はスクリーンの上での他の人とは異なる存在感があります。
そのときは「肉体のある実存在としての存在感」と書きましたが、やはり本作品でもそれは感じます。
その存在感は、彼女の持つ印象的な美貌、そしてアスリートのように引き締まっていながらも女性らしいフォルムを持つフィジカルな見た目によるものだと思います。
また特にアクションシーンで観られるような、男性顔負けの彼女の動きもその存在感に寄与しています。
チャン・ツィイーなども美しい上に動ける女優さんですが、彼女の動きがあくまで女性らしい優美さをベースにしているのに対し、アンジーの動きはもっと男性的です。
本作でも彼女が全速力で走っているシーンが幾度もありますが、大きく手を動かし広いストライドで走る彼女の動きはまるで男性のよう。
けれども荒っぽいのではなく優美さというか、官能さみたいなものを持っているのが、アンジーの特徴でしょう。
本作でそれが感じられるのは、自宅の豪邸で中吊りになりながらのアクションシーンですね。
ここはなかなか見応えがありました。
アンジェリーナ・ジョリーが演じるララ・クロフトが感じる肉体の痛みというのは、何故かリアリティがあり生々しく見えます。
アンジーの持つ独特の生々しさ(いやらしい意味ではなく)があるからこそ、ビデオゲームをベースにしたララという非現実的なキャラクター、荒唐無稽なストーリーであっても、不思議に地に足が着いたように見えるのです。
これはたぶん演技のテクニックとかそういうものではないような気がします。
彼女が持つ、他の人とは異なる輝きを持つ個性というものをスクリーンを通じて感じてしまうような気がします。
そういえば「ベオウルフ」は映像はすべてCGでしたが、アンジーだけは何故か生身の人間のような生々しさを感じました。
そうすると彼女から伝わってくる存在感というものは、単純な見た目によるものではないのかもしれません。
たぶんそれは彼女の些細な仕草、些細な動き(動きはアンジーの演技がキャプチャされている)が、観ている側にリアリティのある存在感を伝えてくるのでしょう。
彼女の存在感というのは天性のものなのかもしれません。
| 固定リンク
「映画 た行」カテゴリの記事
- 「トランスフォーマー/リベンジ」 もうお腹いっぱいです(2009.06.20)
- 「劔岳 点の記」 仲間たち(2009.07.10)
- 「ターミネーター4」 ハードルが高いのは間違いないが・・・(2009.06.13)
- 「DEATH NOTE デスノート <前編>」 「正義」という名のもとに・・・(2009.05.06)
- 「たみおのしあわせ」 「自分空間」への侵入(2008.08.22)
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- 「ノウイング」 狙いが見えない(2009.07.11)
- 「いけちゃんとぼく」 ずっと側にいるよ、ずっと側にいたいよ(2009.07.04)
- 「トランスフォーマー/リベンジ」 もうお腹いっぱいです(2009.06.20)
- 「蟹工船(2009)」 イメージせよ、行動せよ(2009.07.12)
- 「ブラインドネス」 豊かさと倫理(2008.11.22)

コメント