「世界で一番美しい夜」 大人の寓話
これは大人の寓話である。
人はなぜ不幸になるのだろうか。
それは欲望のレベルが高いから。
ある欲望を満たし、幸せな気持ちになる。
けれどもそれでは満足できず、さらに上の欲望を持つ。
そして人は不幸になる。
不幸にならないためには、欲望のレベルを下げるしかない。
生きて、子孫を残すことだけで満足できるように、それこそ縄文の時代の人に戻れれば、人は幸せになれるのかもしれない。
そうこの物語は語っている。
更なる幸せを求めようとする衝動が、人を進化させた。
人は火を発見し、そして電気を発見し、生活はより豊かになった。
けれどもある意味では人は満たされぬ欲望を抱えることとなり、永遠に不幸せになったとも言える。
これはアダムとイブのエデン追放の物語を思い出させる。
アダムとイブは知恵の実を食べてしまったことにより、考える力を得る代わりに永遠の楽園を失うことになる。
そういえば田口トモロヲさんが演じる主人公一八が、現実に絶望し「蛇」になるというのも興味深い。
蛇には手がない。
手は人にとって道具を作り出す器官であり、手で器用な動きをできるようになったことが、人を進化させたと言っていい。
一八は自ら手を放棄することにより、人の生み出した文明を拒否したのだろう。
そして、その「蛇」はイブに知恵の実を食べさせてようとした動物として旧約聖書には登場するのである。
個人的には人が進化を放棄し、原始の状態に戻ったとしても、幸せになるとは思えない。
原始の時代のように生きるだけ子孫を残すだけの状態は動物と同じであり、そこには幸せを感じる感情等もないように思える。
つまり幸せになるのではなく、幸せも不幸せも感じない状態になるということなのだと思う。
ただ子を産み、繁殖するという状態が幸せなのだろうか。
たぶん、脚本も書いている天願監督もそのあたりは承知しているように感じる。
冒頭のアニメーションに、文明を嫌い原始の状態に戻ろうとした男の物語がある。
原始の状態に戻った男は、愛する女性の顔も忘れてしまい、本能のおもむくままその女性を殺してしまう。
それが幸せな状態にはどう見ても思えない。
そして結局男は火を「再発明」してしまうのだ。
人は進化せずにはおれない。
理想を言えば、文明を発展させる力を持つ「脳を進化」させつつ、事足りるということを知り、人の幸せも自分の幸せだと感じられる「心の進化」も人はなさねばならぬように感じる。
2時間40分にも及ぶ尺であったので、飽きずに観られるかやや不安もあったが、観始めるとそれほどの長さを感じぬ映画だった。
天願監督の作品は今まで観たことがなかったが、邦画では珍しく寓意に富み、エネルギーを持った作品を作る方だと思う。
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