「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」 被写体の一部になる
アニー・リーボヴィッツという名前は、この映画の予告を観るまでまったく知りませんでした。
けれども、予告で映し出されていた写真のうちのいくつかは観たことのあるものでした。
肖像写真にはさほど興味がない僕の記憶にすらその作品の印象を残すアニー・リーボヴィッツという人物に興味が出てきました。
僕は会社でデザイン・広告関係部門で仕事をしているので、外部のカメラマンやデザイナーといった方々と仕事をします。
そういう業界には、それはそれはいろいろな方がいるのですが、その仕事に対してのスタンスで大きく3つのタイプに分けられるような気がします。
まず1つがアーティストタイプ。
自分の仕事を自分の自己表現だと思っている方がいらっしゃいます。
商業デザインや広告である限り、依頼主の伝えたい意図を消費者に伝えるのが本来の仕事であるのですが、どうも「自分の作品」だと思っている方がいて、これは非常に仕事がやりにくい。
企画の本来の狙いから外れ、「暴走」してしまうときがあるのです(自分のやりたいことがあるのなら、自分の金でやってくれと言いたくなります)。
2つめが請負タイプ。
これはまったく逆で完全に仕事を請負だと思っている方で、依頼した内容以上のことを積極的にやろうとしない方。
こういう方との仕事は及第点はとれても、いい仕事ができたという満足感を得ることはあまりありません。
商業デザインであってもクリエイティブな試みをすることによって、より注目度を集めることができるはずなのですが。
3つめが上記2つの間でバランスがとれている方。
その中でも優秀なカメラマンやデザイナーとの仕事は、やっていてとても楽しい。
彼らは依頼者である僕らの伝えたいことを真剣に考えてくれる。
まさに僕らの提供したい商品やサービスを自分が伝えることと理解して「自分ごと」にして仕事に挑んでくれている。
アニー・リーボヴィッツがこの映画の中で、「被写体の一部になる」といったことを語っていたと思います。
たぶん優秀な商業クリエイターというのは、伝えたいメッセージや商品を持っているテクニックで表現するだけではダメで、それを自分の中に取り込んで「被写体の一部になる」もしくは「被写体を一部にする」といったような思い入れが持てる人なのだろうと思います。
結局被写体は、アーティストタイプにとっては自己表現の満足のための道具でしかありませんし、請け負いタイプにとってはただの飯のタネでしかありません。
アニー・リーボヴィッツは、美しいセレブといった被写体を単純に美しく撮るというのではなく、彼らの人生や生き様を知り、共感することにより、彼らの人生をいかに一枚の写真で表現しようと考えるというスタンスに立っているからこそ、数々の有名人から支持されているのでしょう。
被写体の生き様を一枚の写真に集約するためにアニー・リーボヴィッツは非常にコンセプチュアルにものを考えているように思えます。
彼女後期の写真が大規模なセッティングで撮影状況をコンセプトに適合させるためにコントロールしようというところにそういう考えが見えます。
伝えるメッセージを自分ごとのように考え、それを表現するためにコンセプチュアルに思考するという彼女のものの考え方というのは、これから商業デザイン、広告の道を志そうとする人たちは是非参考にしてもらいたいところです。
この映画ではアニー・リーボヴィッツの学生からの作品歴とその内容の変化を観ることができるのもおもしろかったです。
学生の頃は時代の影響もあってか社会へのメッセージを含むようなドキュメンタリーな写真。
そしてドラッグ文化を背景にしたサブカルチャー的な臭いのある作品。
そして大規模でコンセプチュアル商業撮影。
そしてまた原点に戻るような戦場ルボのようなドキュメンタリー。
時代や、彼女が出会う人々の影響により、彼女の考えが変化し、そして作品もそれに連れて変わっていく。
そんなダイナミックな変化を楽しむことができました。

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いやー、パワフルだなー。
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コメント
sakuraiさん、こんにちは!
そうですよね、その1枚の写真を撮るために写真家は試行錯誤をしているんですよね。
なかなか僕たちが知ることができない、そこに至る想いなどが伝わってくるような気もしました。
バランスというのはやはり大事だと思ってます。
他の記事のところでも書いたのですが、中庸というのが一番だと思っているのですが、これがなかなかに難しい・・・。
今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。
投稿: はらやん(管理人) | 2008年12月30日 (火) 10時12分
映画はそれなりに興味深かったのですが、写真家を表すのなら、映像よりも一枚の写真だなあ・・とつくづく感じた作品でした。
3つのパターンの話は当を得てますね。
どんな仕事にでも当てはまるような気もしますが、やっぱ人間バランスは大事ですね。
今年も、いろいろとありがとうございました。
TBいただくだけで、不調法で申し訳ありません。
はたまた待っておりますので、どうぞよろしく。
ではよいお年を。
投稿: sakurai | 2008年12月30日 (火) 09時23分
コブタさん、こんにちは!
そうなんですよ、どんな方といっしょに仕事をするのかというところが仕事の分かれ目だったりもするので、けっこう考えます。
コブタさんが書かれているように、アニーはクライアントの求めるものと、自分の表現とというのを両立できる人なのだなあと思いました。
だからあんなに多くの人に支持されているんですよねー。
投稿: はらやん(管理人) | 2008年3月18日 (火) 07時20分
はらやんさんって デザイン関係のお仕事されていたんですね~
そういった視点でみた、コチラの記事興味深く読ませて頂きました。
はらやんさんの記事を読んで前にゲーム関係の仕事をしている友人との会話を思い出していました。その人も
『仕事においてグラフィックをお願いするときに一緒に仕事をするのは職人タイプを選ぶかアーチストタイプを選ぶか悩む』という話をしていました。
商業という世界において、個性というのを何処まで出していくのかというのは難しい事ですよね。
その点、アニーっていろんな意味で鋭さをもったアーリストですよね。
その直感力が被写体も魅力を鋭く感じ取るだけでなく、クライアントがどんな写真をもとめているのかもキャッチすることが出来る人物なのがこの作品でよく分かりますよね~。
投稿: コブタです! | 2008年3月17日 (月) 13時13分
睦月さん、こんばんはー!
そういえば、仕事の話はしなかったですねー、映画の話ばっかりで(笑)。
ほんとクリエイターはいろんな人がいます。
タイプ1のような方と仕事をして、痛い目にあったこともしばしば・・・。
今度お話しする時には、そんな話も。
よろしくお願いします。
投稿: はらやん(管理人) | 2008年3月16日 (日) 19時47分
こんばんわ。
はらやんさんのお仕事のお話、今初めて知りましたよ。あんなに何度も、たくさん語り合う機会があったのに不思議なものです。
それゆえに記事の中の、3つのタイプのお話は大変興味深いものでした。
実際にこういった業界に携わっている方のお話はとても説得力があって、とても面白い。
次の機会には、そういったクリエイティブなお話を・・・差し支えなければたくさんお聞かせいただけたら嬉しいです♪
投稿: 睦月 | 2008年3月16日 (日) 18時31分
とらねこさん、こんばんは!
彼女の生きる時代や、出会う人に影響をうけ、彼女の作品も変わっていく様子が興味深かったです。
映画の中でその作業が映し出されていた、彼女の写真集が欲しくなりました。
高そうだなあ・・・。
投稿: はらやん(管理人) | 2008年3月16日 (日) 09時21分
こんばんは、はらやんさん!
少しお久しぶりです。
はらやんさんのお仕事をした経験でのお話、とっても身近に感じることが出来て、納得させられる記事でした★
はらやんさんは、お仕事が広告・デザイン関係でいらしたのですね~。
今後の彼女が一体どう進んでゆくか、それが楽しみですよね♪
目指せ、ピューリッツァ~♪
投稿: とらねこ | 2008年3月16日 (日) 01時42分