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2007年1月27日 (土)

本 「流れよわが涙、と警官は言った」

年始に「スキャナー・ダークリー」を観たので、久しぶりにフィリップ・K・ディックの小説を手に取ってみました。
ディックの小説は読むのにエネルギーがかかるので、ちょっと敬遠していたのですけれど。
今回読んだのは「流れよわが涙、と警官は言った」です。

小説の世界の設定は、ディックの作品らしいです。
登場人物の一人、エンターテナーのジェイスン・タヴァナーはある日突然、自分が存在しないことに気付きます。
タヴァナーが暮らすのは極度の警察国家(これもディックの小説ではよく出てきますね)であり、人々は何から何までコンピューターに登録をされているのですが、タヴァナーのデータが全くなくなっているのです。
それどころか、日頃から親しくしていた人々すらもタヴァナーのことを知りません。
タヴァナーは自分が全く存在していなかったところに突然放り込まれてしまっていたのです。
途中より、存在していないことになっているタヴァナーの存在が次第に現実味を帯びてきます。
このあたりの虚から実への変化のグラデーション具合、もやもやした感じがディックらしい(それでも他の小説の方がもっとわかりにくい感じがしますが)。

久しぶりに読んで以外だったのが、この小説ではかなり愛について触れている箇所が多いということ。
ある種パラノイアチックな印象だったディックが、愛、そしてそれを失うことによる悲しみを語っていることにちょっと驚きました。
少し引用します。

「どんな愛でも忘れることができるが、子供に対する愛だけは別だそうだ。一方通行だがね。けっして見返りはない。そしてもしなにかがその人間と子供のあいだを引き裂いたら-たとえば死とか、それとも離婚のような不幸だがね-その人間は二度と立ちなおれない」

「それでもわたしは悲しみを味わいたいのよ。涙を流したいの。<中略>悲しみはあんたと失ったものをもう一度結びつけるの。同化するのよ」

この小説を書いた頃、ディックの妻は子供を連れて、彼の元を去っていったということです。
小説にディックの感じた悲しみが現れているような気がします。

「流れよわが涙、と警官は言った」 フィリップ・K・ディック著 早川書房 文庫 ISBN4-15-010807-2

フィリップ・K・ディック作品「ユービック」の記事はこちら→

フィリップ・K・ディックの小説を原作としている映画「スキャナー・ダークリー」の記事はこちら→

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