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2006年9月30日 (土)

「スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ」 人気シリーズを映像センス良くアレンジ

最近邦画もかつての人気シリーズの復活が多いですね。
「スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ」もその一つです。

僕が高校生くらいの頃、「スケバン刑事」がテレビで放送されていました。
ちょうどアイドルなどに興味を持つ年頃で、かつ東映のアクションものは好きだったりしていたので、毎週楽しみにしてました。
僕的には三代目の浅香唯さんが一番お気に入りでした。

さて今回四代目として「麻宮サキ」を襲名したのは、松浦亜弥さん。
テレビシリーズの斉藤由貴さん、南野陽子さん、浅香唯さんはデビュー仕立てだったため演技という点ではかなり?だった部分に比べると、アイドルとして活躍してきただけあって上手だったと思います。
特に目ヂカラがありますね。
きりりとした視線は、若い俳優でもなかなか他にない感じがしました。
ただ声が可愛らしいので、スケバンっぽい台詞はハマりが悪かったかもしれません。

松浦亜弥さんの母親役で、一代目の斉藤由貴さんが出演していたのは嬉しかったですね。
あと暗闇指令あらため暗闇警視の長門裕之さん。
昔よりちょっと穏やかになったような・・・。
あとこのシリーズはサキのサポート役もなかなかユニークなキャラクターが歴代いました。
神、西脇、依田・・・、演じる俳優さんもいい味を出していましたが、今回の竹内力さんもキャスティングがよかった。

アクション担当は横山誠氏。
「仮面ライダー THE FIRST」はあまりいいとは思いませんでしたが、今回はヨーヨーというアイテムを使ったアクション見所ありました。
なかでも麻宮サキと秋山レイカのバトルシーンはアイデアがいろいろあって観ていてかなりおもしろかったです。
すごい派手ではないのですが、工夫されているなと感じました。

衣装関連、びっくりしたのはバトルスーツ。
「X-MEN」・・・?、もしくは「仮面ライダー」(スカーフあるし)とも思いましたが、見慣れてくると、だんだんしっくりしてきました。
麻宮サキのセーラー服も昔ながらのものをうまくアレンジして、今風に可愛らしくしてますね。
昔はスケバンといったら引きずるくらいのロングスカートという感じですが、今はやはりミニなのですね。

もともと「スケバン刑事」の音楽はロック系のハードな感じでしたが、今回の映画もその雰囲気を残っていました。
よくわかっているなーという印象です。

それらをまとめている監督は深作健太氏。
「バトル・ロワイヤル」は1も2も観ていないので、深作監督の作品は初めての観賞です。
非常にスタイリッシュな映像を撮る方だと思いました。
カメラワークでは緩急上手につかってリズムがあり、構図もけっこう凝っていたと思います。
色感もメリハリ効きつつ抑えたハードな仕上がりでかっこ良かった。
なんとなく印象としては、ブライアン・シンガー監督に似ている感じがしました。
いい意味でハリウッドっぽい感じです。
オープニングタイトルのグラフィックもスタイリッシュでカッコいい。
邦画でセンスのいいタイトルのものはなかなか少ないんですよね。
とても映像センスある監督さんではないかと思いました。

深作監督も「スケバン刑事」世代ということらしいですが、上手に今までのシリーズの雰囲気を残しつつ、今風にセンス良くまとめた作品だと思います。

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「仮面ライダー    THE FIRST」の記事はこちら→

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2006年9月24日 (日)

本 「ハリー・ポッターと謎のプリンス」

ようやく「ハリー・ポッターと謎のプリンス」を読了しました。
買ってあったのですが、手をつけていなかったのです。

前々より原作者が重要な人物がいなくなると言っているを聞いていたので、覚悟はしていましたが、やはり・・・。
「ハリー・ポッター」はファンタジーですが、ハリーという少年の成長物語ではあるので、この展開は予想範囲でしたがさびしいですね。
これでハリーは子供から、意思を持って大人になることを選択しました。
これからハリーはどうやってヴォルデモートと戦っていくのでしょうか?
また次巻ではスネイプ先生に関わる謎も解けるのでしょうか・・・?
またもや次が待ち遠しくなる展開ですね。

しかしJ.K.ローリングという方はアイデアの宝庫ですね。
細かいガジェット系のアイデアは毎回毎回これでもかというくらいに出し惜しみなく使ってきます。
それが後の方の巻で重要な役割を担ったりするところも驚きです。
全部が全部最初から織り込み済みだとは思いませんが、そのあたりの使い方はすばらしい。
ローリングの頭の中では、「ハリー・ポッター」の世界がリアルに存在しているかのようです。

いなくなったあの方は「X-MEN ファイナル・ディシジョン」のようなこともあるかもしれないので、次回作でそうなることを期待して待っています。

「ハリー・ポッターと死の秘宝」の記事はこちら→
映画化作品「ハリー・ポッターと謎のプリンス」の記事はこちら→

「ハリー・ポッターと謎のプリンス」J.K.ローリング著 静山社 ハードカバー ISBN4-915512-57-6

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「イルマーレ」(米) 物語に抱かれる心地よさ

同名の韓国映画のアメリカ版リメイクです。
オリジナル未見なので比較はできないのですが、本作なかなか良かったと思います。

オリジナルからしてそうだったと思うのですが、アイデアがいいですね。
二年という時を挟んでの恋。
近そうだけど届かないもどかしい想い。
時空を超えた大人の恋のファンタジーといったところですが、あまり理屈っぽく見たり、先を読んだりしないで、主人公二人の想いを感じながら見るのがいいかもしれません。
二年の時を行き来しながらストーリーは進みますが、思いのほかややこしくありません。
脚本の出来がいいのでしょうか、素直に物語に身をまかせられ、安心して観ることができます。
物語に抱かれるようにして観るのがこんなに心地よいのかと久しぶりに思いました。

「仕事は好きだけど、立ち止まるたびに、孤独な自分の姿を見いだしてしまう。たまらなく絶望的な気分になってしまう。」
サンドラ・ブロック演じるケイトの台詞です。
自分も時々そういうことを感じたりするので、結構感情移入してしまいました。
多分、30歳を過ぎて仕事が楽しくなり、がんばってやっているシングルの人というのは、同じようなことを少なからず感じていることでしょう。
日々やりがいを感じ、矢のように時間は過ぎるが、ふと寂しくなってどうしようもなくなる・・・。
だから自分が誰かの為に存在している、誰かが待ってくれていると思えることは生きていくチカラになるというこの作品のメッセージはそういう人には共感できるのではないかと思います。

ケイトが最後にポストに手紙を入れるシーンは、思わず自分でも想いが伝わるように祈るように手を握ってしまいました。
ちょっと立ち止まって恋をしてみたくなる映画です。

キアヌ・リーブスとサンドラ・ブロックのコンビは12年ぶりということですが、息があっていてとても良かったです。

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2006年9月23日 (土)

「WXIII 機動警察パトレイバー」 世界観の引き継ぎは完璧、でも小品

「機動警察パトレイバー」は1988年からOVAシリーズでスタートし、漫画、テレビ、映画と幅広く展開して、メディアミックスの走りとも言われています。
原作はヘッドギアというこの作品のためのクリエイティブ集団。
押井守、伊藤和典、ゆうきまさみ、出渕裕、高田明美、錚々たるメンバーです。
その中でも映画を監督した押井守さん、脚本を担当した伊藤和典さん(平成「ガメラ」脚本)の「パトレイバー」ワールドへの影響力は大きいと思っています。

伊藤和典さんは「ガメラ」シリーズでも見せたように、現実世界へ異物を投入したときにどう世の中は対応するのかということを、細やかにリアリティを持って描くことにおいて右にでる人はいないのではないかと思います。
「ガメラ」では怪獣出現に対する国としての対応、「パトレイバー」ではロボットが一般化された時の社会状況の変化といったことを見事にシミュレートしてみせてくれます。

押井監督は、都市や国家という巨大なシステムが作り上げる虚構の世界をこのシリーズで描いているように思えます。
映画一作目では現実世界(ハードウェアワールド)が、虚の世界(ソフトウェアワールド)にコントロールされるほど脆弱であるかを見せ、二作目では平和国家が如何に虚構のものであるかを描いています。
また「パトレイバー」の中心となる第二小隊の面々は組織の中では異質な集団(アウトサイダー)でありながら、結果的にはシステムをリセットしようとする相手(さらなるアウトサイダー)と戦うことになるジレンマを描いています。

そういう意味では映画二作はかなりテーマ性が高いシリーズだと言えます。
(OVA、テレビシリーズはもっとハチャメチャな感じでそれはそれでおもしろいですが)

前段が長くなってしまいましたが、このような世界観が好きだったので、三作目の映画のスタッフに押井守、伊藤和典のクレジットがなかったので、やや不安もあり劇場では結局見ずじまいでした。
ですが最近、ケーブルテレビで放送していたのでやっと「WXIII 機動警察パトレイバー」観てみました。
やはり先ほどのお二人が抜けていた分、予想通りクセのあるテーマ性は薄いように思えました。
ただし、「パトレイバー」ワールドの感触といったものは上手に引き継いでいたと思います。
細かな設定の作り込み、背景のリアルさ、シーンやカットの見せ方等は前二作にひけをとらないかと思います。
もともと「パトレイバー」は懐の広い世界観をもっているので、怪獣などがでてきても許容できると思います。
でも映画としては小品な印象はぬぐえなかったです。
ビデオシリーズの一つのエピソードだったらOKだったのかもしれませんが。
やはりテーマ性のところの弱さでしょうか。

最近公開された「グエムル 漢江の怪物」が本作をマネしているというのでは?というのが話題になっていましたが、見るかぎりクリーチャーは確かに似ているニュアンスですが、お話は全然違うので盗作などというのはちょっと酷かなと思いました。

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「グエムル 漢江の怪物」の記事はこちら→

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「ダンドリ。」 輝く笑顔に元気をもらった

そもそもはモデルで活躍中の榮倉奈々さん(かわいい!)目当てで見始めたのですが、回を追うごとにドラマに引き込まれました。
ドラマはある高校の生徒たちが素人ながらチア・ダンスに挑戦し、大会にまで出場していくという実話をベースに作っています。

何事も思いついたら即行動、後先考えない女の子、要(榮倉奈々さん)が親友の双葉(加藤ローサさん)とチア・ダンスを始め、次第に仲間を集め、さまざまな困難にもぶつかりながら、チームとして成長していくという話です。
主人公の要を中心に各メンバーそれぞれの悩み(受験、親子関係、恋、夢・・・)を友達のチカラを借りながらも、すこしづつ自分自身で答えをだしていく、そのみんなの姿に毎回じーんときてました。
登場してくるみんなは夢に対してとてもポジティブです。
無邪気なくらいに。
それがとてもみていてうらやましい。
チア・ダンスの顧問の先生(国分太一さん)も彼女たちの姿を見て、自分の捨ててきたこと、ほんとうにやりたいことは何なのか初めて向かい合います。
僕も先生と同じような目線で彼女たちの姿を毎回見ていました。
毎日会社に行きやりがいを感じつつ仕事はしていますが、ふと立ち止まり、あるころの熱気みたいのがなくなっていることを気づくときがあります。
ドラマの中の彼女たちの輝くような笑顔をみていて、元気をもらったこともしばしばありました。
とくに榮倉奈々さんの笑顔はひまわりのように明るく、輝いていました。

鈴木カルロス三郎太を演じていた増田貴久さんの笑顔も素敵でした。
いつでも前向きに自分の夢を追い、大好きな女の子を支えていくカルロスくんの姿にじんときました。
親友のゴロウちゃんも良かったです。

ドラマの最後、エンディングでダンスシーンが終わった後のようすをハンディのカメラで撮った映像が流れていました。
そこには出演者としての彼女たちではなく、数ヶ月の間ドラマやダンスをやりとげた嬉しさ、達成感にあふれる普通の女の子としての涙、笑顔がありました。
がんばったね!と言ってあげたいシーンでありました。

榮倉奈々さん主演「檸檬のころ」の記事はこちら→

榮倉奈々さん主演の映画「阿波DANCE」の記事はこちら→

榮倉奈々さん主演の映画「僕は妹に恋をする」の記事はこちら→

榮倉奈々さん主演の映画「渋谷区円山町」の記事はこちら→

フラダンスを題材にした映画「フラガール」の記事はこちら→

「ダンドリ。」の原案になった本「ダンス・ラブ・グランプリ」の記事はこちら→

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2006年9月18日 (月)

本 「大山倍達、世界制覇の道」

大山倍達とは極真会館の設立者である。
なかなかピンとこない人は「空手バカ一代」のモデルになった人と言えばわかるだろうか。
かくいう僕も「空手バカ一代」も読んだことはないし、空手とは縁のない生活をおくっている。
ただかなりバイタリティ溢れる人だということはなんとなく知っていた。

この本は彼自身が書いた自叙伝だ。
アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアなどで各地の格闘家との戦った日々を書き綴っている。
戦う相手はカポエラ、中国拳法などを使う格闘家たち。
まさに今流行の異種格闘技戦を戦後すぐに実践していたのだ。

この本では大山のバイタリティが随所に感じられる。
20代大山は山ごもり修行を敢行する。
山ごもり!
昭和の時代に山ごもりに真面目にとりくむ奴がいるのか。
孤独に負け、山を下りたくならないよう、眉毛を片方剃るというエピソードも出てくる。
本気かよ、と思うのであるが、本気なのである。
山を下りたら、牛と対決し、一撃で倒す。
マジかよ、と思うのであるが、マジなのである。
本気に空手にかけているのである。
その想いはひしひしと感じる。
まさに「空手バカ」。
ただ、自分の思うことにひたすらバカになれるのは、誰でもおいそれとできることではない。

極真空手は戦後、多いに発展し、世界にもひろがった。
当然、極真の強さというのもワールドワイドな拡大に寄与していると思うが、大山という創始者の人間的魅力に負うことも多いのだろうと思った。

「大山倍達、世界制覇への道」 大山倍達著 角川書店 文庫 ISBN4-04-362701-7

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「仮面ライダー THE FIRST」 「ライダー愛」を感じない

昨年公開の映画ですが、上映館が少なく、また上映期間が短かったので未見でした。
ずっと気になっていたのですけれども・・・。

感想は残念・・・でした。
脚本は井上敏樹さん(お父さんは脚本家の伊上勝でこちらは昭和ライダーの脚本を手がけていました)で平成ライダーはずっと関わっている人なのですが、今回はあまり良くない。
「仮面ライダー」で、しかも本郷猛なのだから、改造人間の哀しみをもっと掘り下げてほしかった。
改造人間の哀しみは、ウエンツ瑛士さんと小林涼子さんのエピソードで多少でていたのですが、こちらもやや中途半端な感じがしました。
いい話なので、もっと描いてほしかった。
恋愛ものとしてこの作品を観ても、三角関係?の三人の気持ちの描き方が薄っぺらく、かつ台詞も心に響かず、がっくりしました。
井上敏樹さんは好きな脚本家なので、残念でなりません。

俳優陣もキャスティングが良くなかった。
小嶺麗奈さんはヒロインにしては役不足。
二人の男が奪い合う相手にはどうしても思えず、共感性が低かったように感じます(僕としてはです)。
主役の二人もしかりです。
個々の俳優さんとしてはいいと思うのですが、キャラクターにマッチしていたのでしょうか?
脇の俳優さんは良かったですね。
「仮面ライダー龍騎」でレギュラーの津田寛治さん、「魁!クロマティ高校 THE MOVIE」や「GARO」で怪しい演技をしていた板尾創路さんは、怪人っぽくクセのある感じがでていました。
お二人はもっと観ていたかったです。

アクションも「GARO」や「SH15UYA」をやっていた横山監督だったのですごく期待していたのですが、迫力不足。
マーク武蔵さんなどスーツアクターは手足が長くて、技も多彩で、個々の動きはかっこいいのですが、全体的には「GARO」で感じたカタルシスはほとんど感じませんでした。
クライマックスでダブルライダーがサイクロン号で海から飛び出してくるという話を聞いていて、こちらも期待していたのですが、肩すかしをくらいました。

唯一良かったのはデザインです。
ライダーや改造人間をリファインデザインした出渕裕さんの仕事は見事です。
「仮面」をかぶるという設定をうまく活かし、改造人間が「スーツ」を身につけているという感じをうまく表現できていたと思いました。
あとバイクのデザインもかっこいいですね。

満足度の高かった「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」を観た直後にこちらを観たので、がっかり度合いもひとしおです。
スタッフとしては今までライダーに関わっていた人たちなのですが、全体的に新しい試みを行うことに一生懸命になりすぎたきらいがあります。
「仮面ライダーカブト」の映画もいまいちだったので、もっと東映にはがんばってほしい。
「ライダー愛」を感じさせてくれ!

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本作の続編「仮面ライダー THE NEXT」の記事はこちら→

「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」の記事はこちら→

「仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE」の記事はこちら→

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本 「マリオネット園 <あかずの扉>研究会首吊塔へ」

霧舍巧さんの<あかずの扉>研究会シリーズの四作目。
このシリーズは登場人物のキャラが今時風(漫画やアニメで見慣れた感じ)なので読みやすく、かつ推理ものとしては昔ながらの暗号や密室等が出てきて楽しませてくれるシリーズです。

特徴的なのは主人公であるカケルと<あかずの扉>の面々とのやり取り。
学園風というか、ラブコメ風のテイストもあり、若い人でも入りやすいのではないでしょうか。
ただこの四作目はそのあたりがやや薄めだったような気がします。
僕としては、ユイというキャラが好きなのでもうちょっと活躍してほしかったところです。

あと本シリーズが特徴的なのは、名探偵が二人いるところ。
今までのシリーズでも名探偵が二人いるということをうまくつかったストーリーになっていたと思いますが、本作も同様です。
ただこの名探偵の書き分けがシリーズを追うごとに曖昧になってきているような気もしますが。

本格推理というと腰が引けてしまいそうな方でも読みやすいので、トライアルとしておすすめできるシリーズです。

「マリオネット園 <あかずの扉>研究会首吊塔へ」 霧舍巧著 講談社 文庫 ISBN4-06-275181-X

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2006年9月17日 (日)

「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」 作り手の「ウルトラ愛」を感じる

ウルトラマンシリーズ誕生40周年記念作品です。
「スーパーマン リターンズ」を観たときも思いましたが、やはりシリーズものは作り手のそのシリーズへの愛情が感じられると良い作品になります。
さまざまなレビューでみなさんも書いていましたが、「スーパーマン」ではオープニングのジョン・ウィリアムズのテーマソングとフライング・ロゴで、昔からのファンはヤラレてしまう訳です。
「スーパーマン リターンズ」からは監督のブライアン・シンガーの「スーパーマン愛」が溢れてました。

この作品「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」も作り手側のウルトラシリーズへの思い入れが感じられる作品でした。
アバンタイトルで、いきなりウルトラ兄弟と、なんとなくエースキラーを思わせる顔つきの超獣Uキラーとの戦い。
横アングルからの兄弟そろい踏みのカット(タロウのタイラントの回のよう)を観せられたりすると、オールドファンのツボがわかっているなーという感じでした。
すっかりあの頃が思い出されてきました。

僕はちょうど小学生の時にいわゆる第3次ウルトラブームにどっぷりはまった世代です。
当時関東に住んでいた方はわかると思うのですが、TBSの朝6時から再放送していまして、一生懸命早起きして見ていたものです。
ケイブンシャの怪獣図鑑で出てくる怪獣を全部覚え、怪獣消しゴムを集めたりしていましたね。

黒部進さん、森次晃嗣さん、団時朗さん、高峰圭二さんがいっしょに観られるなんて、泪ものです。
四人の連続変身は鳥肌たちました。
そして宇宙人連合ですが、それぞれの宇宙人のキャラクターが昔のシリーズそのまま。
ガッツ星人はガッツ星人らしいし、ナックル星人はナックル星人らしい。
ザラブ星人のニセメビウスはやはり吊り目で足先がとんがってました。
ときどきバックグランドで流れる「ウルトラ六兄弟」の歌が流れると、歌えてしまう自分がコワい・・・。
やはり三つ子の魂百まででしょうか・・・。

映像的にも非常に凝っていました。
いわゆる光線技もわざとだと思いますが、昔のオプチカルのような効果を狙っていましたね。
ヤプールの七色もやもやした感じ、タロウのストリウム光線の虹色も懐かしい・・・。
(そういえば、テレビの方で超獣バキシムが青空を割って飛び出してきたところを観て、またぐっときてしまいました)
ただ懐かしさを狙っているのではなく、CGアニメーションを贅沢に使い新しいウルトラマンの特撮も表現できていたと思います。
セブンのアイスラッガーから、マンの八つ裂き光輪までの1カットの特撮は板野サーカスの真骨頂でした。

全編を通し、作り手の「ウルトラ愛」が溢れる作品です。
子供の頃、ウルトラマンにはまった方はぜひ!

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テレビシリーズ「ウルトラマンメビウス」の記事はこちら→

本作の続編「大決戦!超ウルトラ8兄弟」の記事はこちら→

「スーパーマン リターンズ」の記事はこちら→

もう少しがんばってほしかった「仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE」の記事はこちら→

もっともっとがんばってほしかった「仮面ライダー THE FIRST」の記事はこちら→

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2006年9月16日 (土)

「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」 アドレナリンが出ず、エンスト気味

一作目がロブ・コーエン監督、ヴィン・ディーゼル、ポール・ウォーカー主演でヒットした「ワイルドスピード」のシリーズ三作目です。
今回は監督、出演者ともに一新しています。

この種の映画に綿密なシナリオを期待しても仕方がないと思っています。
味わいたいのは、アドレナリンがバンバンでてくるようなコーフン感です。
シリーズ一作目も話は荒唐無稽でしたが、コーエン監督のスピード感あふれる演出、アクションシーンを観ていると、血中のアドレナリン濃度が上がっていくような感じがありました。
似たような映画ですが、「トルク」などもそうでしたね。

この作品でまず気になったのは、期待していなかったとはいえ、ストーリーが雑すぎるということと、まったく感情移入できない主人公です。
ストーリーは最後のドリフト対決までいく話の流れが強引すぎるように感じました。
主人公に関しては、日本という異文化の環境にきた主人公の疎外感みたいなものがあったり、若者の無謀なエネルギーの爆発等主人公の内面を描いているのならまだわかるのですが、なんとなくレースしている感じがどうもいけない。
最後まで無味無臭な主人公でした。
全体的にストーリーから疾走感や躍動感が欠けているように思えました。

見所であるはずのカーアクションもそれほどでなかったと思います。
同じくドリフトレースを扱っている「頭文字D THE MOVIE」の方が、画面から感じる迫力は数段上だったと感じました。
「頭文字D」はカメラワークも凝っていて、観ていても美しい画でした。
演出家の意図が感じられる演出だったと思います。
それに対し本作品はカーアクションでは名だたるドリフトの名手が参加しているようですが、そのテクニックをただカメラにおさめているだけであって、こういう風に見せたいという意図はあまり感じませんでした。
リアリティということなのかもしれないですが、あまり考えていないという印象です。

観ていてもまったくといいほどアドレナリンが出てきませんでした。
映画館で、途中でエンストしないようにがんばっているので精一杯の作品でした。

シリーズ4作目「ワイルド・スピードMAX」の記事はこちら→ シリーズ1作目「ワイルド・スピード」の記事はこちら→ こちらも自動車映画、「ミシェル・ヴァイヨン」の記事はこちら→

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本 「仄暗い水の底から」

「リング」等で有名な鈴木光司氏の中編集。
僕は恐がりなので、あまりホラーものは本も映画も敬遠している。
でも鈴木光司氏のホラー作品は読んでしまうのだ。

鈴木氏の作品は、ハリウッド作品にあるような気持ち悪いもの、恐ろしいものを直接視覚的に見せて驚かせるような怖さではない。
文章であっても視覚的な描写を積み上げて、怖がらせる作品もあるが、そういうのとも違う。

鈴木氏の描く恐怖は、視覚的な怖さではない。
言うなれば、触感的な恐怖だ。
読んでいると何か肌にぬめりと触ったような気持ち悪さ、怖さ、よく見えないが確かにそこにあることがわかるという感触を味わう。
そういえば、子供の頃やった肝だめしで、一番怖かったのは暗闇で濡れたタオルをぴしゃりとやられたことだった。
触感から感じる恐怖は想像力をどんどん刺激していく。
いくらきっちりと蓋をしていても、水が沁み入るようにひたひたとあふれてくるような感じ。

目を隠している指の間から、怖いもの見たさで思わず見てしまうように、読まないようにしていても、彼の作品は思わず手に取ってしまう。

「仄暗い水の底から」 鈴木光司著 角川書店 文庫 ISBN4-04-188002-5

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本 「マッチメイク」

第49回江戸川乱歩賞受賞作です。
乱歩賞はユニークな設定の小説によく与えられるので、この賞をとった小説はよく読んでみたりします。
この作品も「プロレスで推理もの?」という意外な組み合わせだったので、興味がわきました。

読後感は意外にもあっさりとした印象を持ちました。
多分、登場人物、特に主人公の心理の掘り下げが浅いことによるものでしょう。
全編を通し一人称の小説なので、主人公の気持ちの描き方が浅いと最後までなかなか盛り上がらないように感じました。
物語が進行するに従い、事件に巻き込まれていく中での、恐ろしさ・悲しみ・復讐の気持ちが生まれたり、また青春小説的な側面もある作品なので、自分の行く末に対する不安・焦り・決断などがあるかと思うのですが、主人公の気持ちが変わっていく過程があまり丁寧ではないので、あまり切実さ感を共有できません。
最後はもっと感動できそうな感じがする話だと思うのですが、乗り切れない感じがしました。

周囲をとりまく登場人物ももうすこし深く描けばもっと魅力的に感じられるように思いました。

「マッチメイク」 不知火京介著 講談社 文庫 ISBN4-06-275480-0

メキシコの伝説のレスラーをモデルにした映画「ナチョ・リブレ 覆面の神様」の記事はこちら→

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2006年9月10日 (日)

「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」 何度も観てこの世界にはまる

公開時に劇場で観ましたが、改めてDVDで観賞しました。
劇場で観たときは、なかなか話についていけず苦労した印象があります。
まず中つ国にある国同士の関係性が把握しきれませんでした。
ローハン国とは?ゴンドールと関係は?この世界には人間の国はいくつかあるのだっけ?といった疑問がでてきてしまい、原作読んでないとしんどいなという感じでした。
このあたりがわからないと登場人物の考え方のベースが理解しにくいのですよね。
また一作目のラストで旅の仲間は、三手に分かれてしまうので、ストーリー進行も三つの場面が切り替っていくのでなおさら話についていくのがたいへんでした。

改めて「二つの塔」観てみると、思いのほかわかりやすい。
多分三部作を一通り観たからでしょう。
登場人物や中つ国の様子がひととおり理解できているからですね。
以前一作目のレビューで書いた世界観の構築力は見事に継承されています。
どの場面においてもこの世界が実在するかのような空気感を感じます。
「ロード・オブ・ザ・リング」は三部作を何度も何度も観たほうが、作品にのめり込めるかもしれないです。
次第に中つ国が自分の中に存在してくるのでしょうか。
もう一度観たらもっとこの作品が好きになるような気がします。
連続で三部作を観てしまうと、延々九時間にも渡ってしまいますが。

映像については文句なしです。
アクション的な見所も二作目は増えていますが、なかでも目を見張るのが、最後のヘルム峡谷の合戦です。
何万人もの兵の激突を表現したこの場面は、映画史に残るようなスペクタクルシーンいえるでしょう。
ただただ息を詰めて見つめてしまいました。

あとキャラクターとして魅力的であったのが、アラゴルンですね。
一作目は主役であるフロドをフューチャーしていましたが、二作目はアラゴルン。
自由を愛するさすらいの剣士が、二作目からリーダーとしての自覚を持ち戦いに挑みます。
普段は口数が少ない男ながら、いざという場面で皆を鼓舞し導いていくアラゴルンは、最終作にむけて次第に王としての風格を開花させていきます。
男ならこうありたい姿です。
上司にしたいタイプでもありますね(笑)。

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「ロード・オブ・ザ・リング」の記事はこちら→

「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」の記事はこちら→

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2006年9月 9日 (土)

本 「イスラム過激原理主義 -なぜテロに走るのか-」

著者がエジプト駐在の記者をやっていたということで、エジプトを中心に過激原理主義について主にまとめている。

この本に書いてあるのではないが、私のイメージでは原理主義というのは、イスラム教にしてもキリスト教にしても、他者に対しての寛容性に欠ける感じがしている。
相手の信じていることを同じように信じられなくても、お互いにバックボーンにある文化と異なることを認められるようになれば、これほど争いは起こらないのではないかと思う。
違っていて当たり前と思えないものなのだろうか。

読んでいて感じたのは、異文化であっても政治的な動き、というのは変わらないということ。
そのシステムの長老の意見、派閥のパワーバランス、外圧・内圧を気にしたりするのは、どこの社会でも同じらしい。

「イスラム過激原理主義 -なぜテロに走るのか-」 藤原和彦著 中央公論新社 新書 ISBN4-12-101612-2

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「X-MEN ファイナル ディシジョン」 テーマを貫きシリーズを見事に締めくくった!

ブライアン・シンガーが「スーパーマン リターンズ」の方を選択して、ブレット・ラトナーが後を継ぐということになったということで、「X-MEN」はどうなるかと思っていました。
ブレット・ラトナーの代表作といえば「ラッシュアワー」ですが、あまりこの作品は好きではないのです。
僕が好きなジャッキー・チェンを活かしきれていなかったので。

ということで、びくびくしながら観に行ったわけですが、その心配は杞憂でした。
3部作を締めくくるにふさわしい作品になっていたと思います。

良かった点はいくつかあります。
まず監督が変わったのにも関わらず、作品の持つ一貫性を保てたこと。
たまたま一作が当たってしまい、シリーズ化して作れば作るほど質は下がるばかりということは、ハリウッド作品でよくあります。
代表例としては「エイリアン」シリーズがあげられますが、「エイリアン3」は冒頭から「エイリアン2」でのリプリーの苦労を水の泡にしてしまっていました。
リプリーの性格も作品ごとに違っていますし。
新解釈というのは制作側の言い分で、シリーズ化を望むファンはその作品の世界観やキャラクター、テーマに惚れ込んでいる訳なので、それを裏切られると冷めてしまいます。
本作をみる限り、ラトナー監督は、前作までのシンガー監督がやってきたテーマを、きちんと理解し自分のものにして作品を作ったように感じました。

このシリーズで一貫しているテーマは「差別」でしょう。
人は自分と異なる者に対し、恐れを抱くという弱さを持っています。
第一作「X-メン」がナチスのホロコーストが描かれているところから始まることに象徴されているように、自分と違うということだけで他の者を差別するという愚かさを描くということがシリーズのテーマだと考えられます。
そしてシリーズ2作目では、人間VSミュータントという構図にスポットを当て、さらに差別に対する戦いを描きます。
3作目である本作品ではミュータントが人間になれるという薬(キュア)が発明され、それによりミュータントたちは自分自身と向き合うことになるのです。

人間になるということは何なのかということを、それぞれのミュータントは悩みます。
人間になるということは愚かしい存在と同じになること。
人間になれば人と触れ合える。
人間になれば差別されない。
人間になるということは自分のアイデンティティを捨てることなのか。
人間になるということがそもそもそれほど自分にとってな大切なことなのか。

この映画のテーマは差別が根深い問題となっているアメリカ社会を反映しているというのは、正しい見方でしょう。
ミュータントたちの悩みは、アメリカ社会で差別されやすいマイノリティが、差別する側に反感を持ちながらも、反面アメリカ人でありたいと願うという、揺れる心理を描いているとも言えます。

シリーズ締めくくりの本作品で、差別というテーマを真正面からとらえた、本来は変えることができない人間の持つ先天的な素養を改変することができる薬というアイデアを出してきたのは見事だと思います。

「X-MEN」シリーズが他のアメリカン・ヒーローものと異なる大きな点は、群像劇だと言うことです。
夏の大作がいずれも3時間にも及ぶかという中、2時間弱という尺の中で、それぞれのキャラクターとその関係性を丁寧に描ききっていたと思います。
この作品のミュータントは使命感を持つヒーローではありません。
ある選択を迫られた時、それぞれが自分の最後の選択(ファイナル ディシジョン)をするのです。
そこにはこれが正解というのはない、それを自分が選ぶということが大事なのだということがわかります。
あれだけ登場人物が多いと、背景の薄いキャラクターがいたり、関係性がいい加減でわかりにくかったりしますが、そのようなことはなかったように感じました。
その点についてはシンガー監督よりも上手かもしれない。

映像的には最後のアルカトラズのシークエンスは迫力ありました。
シンガー監督の方が洗練されたスタイルを持っていておしゃれな感じがしますが、ラトナー監督も画面から感じる迫力はなかなかのものです。
私の中では一気にラトナー監督の評価があがりました。

にほんブログ村 映画ブログへ 「X-MEN」シリーズスピンオフ「ウルヴァリン:X-MEN ZERO」の記事はこちら→ ブライアン・シンガー監督「スーパーマン リターンズ」の記事はこちら→

マグニートー役イアン・マッケランが出演している「ロード・オブ・ザ・リング」の記事はこちら→

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2006年9月 8日 (金)

「ラフ」 きらりと輝く長澤まさみの表情

あだち充さんの漫画「ラフ」を原作にしている映画です。
僕はこの映画の原作は読んだことがないのですが、「幼なじみ同士の三角関係」、「一つ屋根の下に暮らす男の子と女の子」、「恋とスポーツ」などあだち充さんの漫画によくでてくるシチュエーションがでてきていました。
そういう意味ではストーリーにそれほど新しさは感じなかったです。
また演出も映画というより、テレビドラマのようで、月九を見ているような感じでした。
映画ならではの迫力があり凝った画が見たかったところです。
全体的に凡庸で、個性を感じられない映画のように感じました。
料理にたとえたら、作っている人の個性が見えないファミレスの料理のような感じです。

唯一良かったのが、主演の長澤まさみさん。
満面の笑顔もすてきな方ですが、これはグラビアアイドルの方でも同様。
長澤さんがいいのは微妙な気持ちを表した表情です。
女優であるなら喜怒哀楽の感情表現ができるのは当たり前として、長澤さんはそういうわかりやすい感情ではない、自分でもわからない気持ちを表現するのが上手だと思います。
映画の中にもありましたが、さびしそうな表情、迷っているのを押し殺しているときの表情など、うまいなあと思いました。
細やかな目の動きや口元の表情などで上手に表現していたと思います。
若手女優として逸材かもしれません。
水着姿も披露していましたが、すらりとしてスタイルいいのですね。

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2006年9月 5日 (火)

本 「ポケットにライ麦を」

アガサ・クリスティは学生の頃から少しずつ読んできたのですが、結構有名なこの作品「ポケットにライ麦を」は未読でした。
「オリエント急行の殺人」や「そして誰もいなくなった」等のような派手な仕掛けはないですが、クリスティ女史のミステリーの王道な感じです。。
クリスティの作品にしばしば使われるマザーグースに材をとっていますし、すらすらと読みやすい女史の作品の入門編としてはいいかもしれません。
最近のミステリーは結構クセのあるものが多いので、たまにこういう落ち着いた作品も安心して読めていいです。

ミステリーのレビューは難しいですね、ネタバレ厳禁ですし・・・。
当たり障りがないコメントになってしまってすみません。

「ポケットにライ麦を」 アガサ・クリスティ著 早川書房 文庫 ISBN4-15-070017-6

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2006年9月 3日 (日)

「プレデター」 知能あるモンスターの恐怖

昨日観てきた「グエムル」の怪物の顔、どこかで見たことがあるなと思ったら、プレデターの口に似てますね。
ということで本日は思い出したように「プレデター」を観てみました。

「グエムル」は冒頭から白昼堂々怪物が姿を晒すというところが、モンスター映画としては斬新だったような気がしますが、「プレデター」はそういう意味では王道をいきます。
自分たちを襲ってくる何ものかの姿が現れるのは、物語も終盤にさしかかった時。
この種の映画で大事な正体のわからない何かに主人公が追い込まれる感じ(それがあるほど最後のカタルシスがある)を出すために、設定としては暗い閉空間(「エイリアン」などはそうですね)を使うことが多いように思われます。
本作では陽光厳しいジャングルというオープンな空間でありながら、エイリアンのハイテクノロジーによる光学迷彩という設定を用い、相手が見えない恐怖を出したのはなかなかのアイデアだと思います。

正直、本作は物語の構造としてはあまり良い出来ではないような気がしてます。
前段の「ランボー」チックな雰囲気と、後段プレデターがでてからの雰囲気があまりあわずちぐはぐな感じがします。
後段の追い込まれ感とその逆転劇のカタルシスは、やはり「エイリアン」の方が数段上でしょう。
キャラクターの掘り下げもやや浅い。
キャラクターの描き方は「プレデター2」の方が出来はいいかもしれません。

それでも僕は「プレデター」、好きなんですよね。
たぶんそれはプレデターといった生き物の設定のユニークさでしょう。
このタイプのモンスター映画は、相手はTレックスだったり、凶暴なエイリアンだったり、大きな口と牙を持ったサメだったりするのですが、これらはみな獣として本能で補食をしています。
人間の意思が通じないという意味では、これらは災害みたいなものです。
「プレデター」がユニークでかつ恐ろしいのは、モンスターが楽しみで人を襲っているということです。
プレデターは本来は捕食者という意味ですが、この映画のプレデターは生きるために人を襲うのではありません。
プレデターが意思もあり知能もあると見えながらも、人間を狩りの獲物としてしか見ないということがわかります。
知能があったらわかりあえそうな気がしますが、運良く討ち取っても最後は高笑しながら果てるというまったくディスコミュニケーション状態です。
そこには種としての優劣が見え、人間が矮小に思えてくる(たとえシュワルツェネッガーであっても)恐怖があります。
これは災害に対する恐怖とは違った恐怖じゃないかと思います。

映画としての出来はあまり良くなくても、プレデターというキャラクターを生み出したのが、本作の一番の功績かと思います。

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「プレデター2」の記事はこちら→ 「AVP2 エイリアンズVS.プレデター」の記事はこちら→ 「プレデターズ」の記事はこちら→ 「グエムル 漢江の怪物」の記事はこちら→ シュワルツェネッガー主演「ターミネーター」の記事はこちら→

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2006年9月 2日 (土)

本 「第九の日」

「デカルトの密室」に続く瀬名秀明のロボットを扱った中編小説集。

科学が進歩し、外見的にも内面的にも、ロボットが限りなく人間に近づいていったとき、ロボットは人間になるのだろうか。
それとも他の存在になるのだろうか。

工学や医学、心理学が進歩し、不具合のある身体を機械に置き換えることが可能になっていくだろう。
そのとき、人間と機械の境目はどこに引かれるのか?
人間とは何なのか、自我とは何なのか。

機械は人間に近づき、人間に近づく。
ロボットは自我を持つのか。
自我を持った場合、それは人間と同じ性質なのか、異なるもののなのか。
それは今すぐは答えはでない命題だろう。
「デカルトの密室」に続き、瀬名秀明は真っ向からその命題に挑んでいるように感じる。

そういえば神林長平も機械と人間を好んでテーマにしている。
ただ瀬名秀明は人間化する機械(ロボット)という捉え方をしているのに対し、神林長平は機械化する人間という捉え方をしているように思える。
捉え方の違いを読み比べてみてもおもしろいかもしれない。

瀬名秀明作品「エヴリブレス」の記事はこちら→

「第九の日」 瀬名秀明著 光文社 ハードカバー ISBN4-334-92499-9

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「グエムル 漢江の怪物」 小市民VS怪獣!

公開前から話題になっていた「グエムル 漢江の怪物」を観てきました。
初日初回の有楽町スバル座でしたが、ホン・ジュノ監督と主演のソン・ガンホさんの舞台挨拶付きでした。

韓国ではほとんど初めての怪獣映画ということでしたが、非常によくできていました。
「ロード・オブ・ザ・リング」で一躍世界に名を馳せたSFX工房WETA社の特撮シーン(グエムルの動きは見事!)も迫力ありましたが、ストーリーがオリジナリティがある仕上がりになっていたと思います。
怪獣映画というと日本でよくあるのは、ヒーローVS怪獣だったり、自衛隊(防衛組織)VS怪獣という構図です。
ヒーローにしても自衛隊にしても怪獣と戦うのは、戦闘のプロです。
一般市民は怪獣の足下を逃げ惑うのみ。
「グエムル」は違ってました。
本作品の主役カンドゥは何のとりえもにない飲んだくれの一般的な小市民。
ある日突然、特別な理由がある訳でもなく街を怪獣=グエムルが襲います。
その騒ぎの中でカンドゥの娘は怪獣にさらわれてしまいます。
警察や軍の助けを得られない中、カンドゥたち家族は娘を救うためにグエムルと戦います。
正義を守るためとか、仕事だからといった義務感で戦うのでもない。
愛といったきれいごとのためともいうのともちょっと違う。
もっと本能的な戦い、動物がその子供を身を挺して守るといったような意味合いの戦いです。
この戦いはかっこ良くもなく、美しくもない。
生物と生物の生き残りをかけた泥臭い戦いであることが、画面からひしひしと伝わってきました。

監督ポン・ジュノの演出もすばらしい。
時折ユーモアをまじえながら、緊迫感と情感を交えた緩急のある演出が見事でした。
テンポ良く2時間楽しめます。
韓国での興行もかなり良いということで、日本でも好評を得るのではないでしょうか。

にほんブログ村 映画ブログへ ポン・ジュノ監督作品「母なる証明」の記事はこちら→


「ロード・オブ・ザ・リング」の記事はこちら→

怪物が似ていると噂の「WXIII 機動警察パトレイバー」の記事はこちら→

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2006年9月 1日 (金)

本 「コミュニケーション力」

「コミュニケーションとは何か。意味や感情をやりとりする行為である。」と著者は本書の冒頭に書いている。
まさにその通りだと思う。
広告・マーケティングにおいては「コミュニケーション戦略」と言うと、いかに消費者に内容を伝えるか、わからせるかという意味合いで使われることが多い。
ある意味一方的な伝達の意味合いが強い。

日常においても、最近の若い人は一方的に自分らしいことを主張することが多いように思う。
弁舌滑らかだったりするのだが、実のところ相手のことを気にすることはなく、自分が自分がとアピールすることが上手になっている。
それはコミュニケーション上手ということではない。
後輩などにもそういう人がいるのだが、僕からするとなんでそんなに自分の考えたことだけがすばらしいと思えるのか不思議である。
上で引用したように、「コミュニケーション」とは「やりとりする行為」である。
自分のことを理解してもらい、そして相手のことを理解する。
そのやり取りの中で、相乗効果が起こり、新しい発見がある。
自分が、自分がと言っている中身に、その自分がいままで経験したこと(見たこと、聞いたことを含め)以上のことは出せるはずがない。
コミュニケーションすること、つまり人の話を聞き、考えることにより、自分が直接得られなかった経験を得ることができるのだ。
自分のことだけを主張する一方的な伝達では、自らの幅を狭め、新しい発見をすることができなくすることだと思う。

また上記引用にある「意味と感情を」ということも、意味深いと思う。
今、社会の人と人の関係性はドライになってきていると思う。
一昔前は職場であっても、人と人の感情のやりとりがあり、その人の人柄を理解した上でのコミュニケーションがあったと思う。
最近では雇用形態の変化などもあり、ドライな関係、仕事に必要な意味(情報)だけのやり取りが、仕事におけるコミュニケーションだと考えている若い人が多いと思う。
「おつきあい」などというのは、うざったいといった考え方だ。
昔のような粘っこい「おつきあい」は僕自身も願い下げなのだが、まったくないのもいかがなものかと思う。
感情のやりとりがあってこそ、その人となりを理解できるわけで、それがないとその人がどう思って何を考えたのかがわからない。
意味だけをきちんと伝えればコミュニケーションは成立するのかと思っているのだろうが、それほど人は理性的ではない。

スペックだけの一方的な伝達ではコミュニケーションとは言えない。
自己の主張だけを行う人にこそ、読んでほしい本である。

「コミュニケーション力」 齋藤孝著 岩波書店 新書 ISBN4-00-430915-8

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