「ロード・オブ・ザ・リング」 圧倒される世界構築力
先日「ゲド戦記」の記事を書きましたが、三大ファンタジー一つ「ロード・オブ・ザ・リング」(一作目)も改めて見直してみました。
公開時、劇場で観たのですが、その時気になったのは上映時間の長さでした。
ピーター・ジャクソン監督の作品は大概3時間級になりますが、観ていて集中力が続きません。
それでいて盛りだくさんの内容ですので、疲れたなあという印象でした。
それでしばらく観賞するのを避けてたのですが、DVDで改めて観てみると非常に良い作品ですね(今更ですが)。
ファンタジーのルーツとなる原作を基盤とするだけあってストーリーや登場人物も十分魅力的なのですが、圧倒されるのが、空想の世界である中ツ国を我々に目で見える形に具現化したイメージ力とその具体的な表現力です。
この映画では、空想世界を構成するひとうひとつが丁寧に作り込まれています。
現代劇の場合は話される言葉、ロケ・セットの脇に置いてある小物など、可視・不可視に関わらず感じられるすべてのものは、僕たちが共有する世界の文脈の中にあるものなので、いちいちひとつひとつを作り上げる必要はありません(選ぶセンスは必要かと思いますが)。
空想世界においては、小物ひとつとってもその物語世界の歴史や文化を引きずっていて、その世界の文脈が感じられるはずです。
この作り込みが甘いと、その物語世界が見ている映画のその周囲しか存在していないような書き割りめいた薄っぺらいものに見えてしまいます。
本作においてはそのようなことは全く感じられませんでした。
映画作りに当たり、物語の歴史・文化を想定するということは、ひとつの世界を作りあげていると言っていいでしょう。
「ロード・オブ・ザ・リング」はこの世界の文脈作りが非常に丁寧な作品に見えました。
あと本作観ていて気づいたのは、空撮がとても多いことです。
これはロケの場面でも、CGの場面でもそうなのですが、カメラが鳥のように飛び、世界を俯瞰するカットが多いのです。
鳥瞰のカットが多いということは世界を見渡せるということです。
制作側からみると、そこまで広く世界を想定しないとそのようなカットを撮れないということになります。
ピーター・ジャクソンおよび本作のスタッフの頭の中には、中ツ国が本当に存在していたように感じます。
ニュージーランドでのロケ、最新技術を使ったCG等が注目された本作ですが、その前に凄いと感じるのはこの世界を作り上げたスタッフたちの世界構築力でしょう。

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