2021年7月26日 (月)

「ブラック・ウィドウ」 MCUの方向性を示す

コロナによる影響もあり、MCUの劇場作品として2年のブランクを経ての公開となりました。
いつもの通りに○宝シネマズで予約をしようとしたら、作品リストにない。
もしや公開日を間違えたか、と思って調べ直したらすでに後悔している・・・。
よくよく調べるとディズニープラスでも同時にオンラインで公開するというディズニーの方針に対し、大手の劇場が反発しているとのことらしい。
ディズニープラスは会員なので(プレミアム料金を払えば)自宅でも見れるのですが、やはり映画は劇場で見たい派なので、少し遠方の劇場で見てきました。
大手の反発する理由もわかりますが、この辺はうまくやらないとより多くの人が劇場離れしてしまうと思うので、もう少し歩み寄って欲しいものです。
最近のMCUは単なるヒーロー映画という枠を超え、現代社会が抱える課題を描く側面があると思います。
「ブラックパンサー」では黒人のヒーローを、「キャプテン・マーベル」では女性ヒーローを主役にするなど多様性を意識しています。
ディズニープラスで配信された「ファルコン&ウィンター・ソルジャー」は現代アメリカの分断の問題、とりわけ根強く残る黒人への差別問題へアプローチしていました。
今後続く「シャン・チー」ではアジア人、「ミズ・マーベル」ではムスリムの少女を主人公に据えます。
本作「ブラック・ウィドゥ」も現代社会が抱える問題の一つである、女性への差別や搾取を取り上げています。
この作品でナターシャの敵となるのは、自信がそこで育てられ、そして壊滅させたと思っていた旧ロシアのスパイ育成組織”レッドルーム”のドレイコフです。
彼はここでスパイとして育てた少女たちを意のままに操り、世界を裏から操作しようとします。
彼女たちは化学的な操作を脳に加えられ精神的に彼に支配されています。
またその支配から脱せたとしても”フェロモン・ロック”なるもので彼女たちからドレイコフは直接的に攻撃されないようになっているのです。
これは彼の匂いを嗅ぐと、彼女たちは攻撃する行動をロックされてしまうのです。
これにはある種の性的な暗示も感じます。
数年前よりハリウッドなどでも何人もの人が共感し話題となった「MeToo」運動があります。
権力を持つ男性がその力を背景に女性を支配し、搾取するという例がいくつもあり、それを女性の側から告発するという運動でした。
大物のプロデューサーが告発されたことを聞いたこともある方も多いかと思います。
ナターシャはかつて自分を支配した者を告発し、そして搾取されていた妹たちを解放しようとしたのです。
彼女も”フェロモン・ロック”をされていたのですが、彼女は自分の鼻を自分で潰すという荒っぽい手法でその束縛から解放されます。
つまり自分を傷つけることを厭わず、行動したのです。
「MeToo」と叫ぶことは、すなわち自分が見せたくない部分を曝け出さずを得ず、それは自分を傷つけることです。
それでも叫ぶ人々はナターシャのように傷つくことを覚悟しながら、他の人を救いたいという気持ちなのかもしれないと思いました。
本作もそうですし、「ファルコン&ウィンタ・ソルジャー」もフェイズ4に入り、現代社会の問題を描くというスタンスが明確かつ直接的になっているように感じました。
ブラック・ウィドゥの登場はこの作品で最後になると言うことです。
その後を継ぐと言われているのが、本作でナターシャの妹分として登場したエレーナです。
ナターシャは終始クールな雰囲気をまとっていましたが、エレーナは姉と同等の戦闘力を持ちながらも、その性格はもう少し明るくユーモアを感じさせるところが新鮮です。
ナターシャに向かって「着地するときのあのポーズ何?狙ってるしょ」と言いますが、お茶目さを感じますよね。
配信の「ホークアイ」にも登場すると言われていますので、今後が楽しみです。

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2021年7月11日 (日)

「ゴジラVSコング」共通の敵

前作「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」のレビューで、本作についてちょっと触れていました。
ゴジラは地球の守護者であって、人類の守護者ではない。
対してキングコングは人類と感情的なふれあいを持つ、人類の守護者という立ち位置である。
ゴジラとキングコングが戦うのは、人類が地球に対して害をなそうとした時に、彼らの立ち位置の違いによって生じるのではないかと。
これはあながちハズレではなかったですね。
モンスタバースに存在する巨獣たちは戦い合う本能を持っています。
モンスタバース1作目の「ゴジラ」でもゴジラはムートーに引きつけられ、戦いを挑みます。
前作のギドラに対しても同じです。
ゴジラの行動は場合によっては人類を助けているようにも見えますが、地球の守護者である怪獣王に君臨するために行動しているのです。
本作の冒頭でゴジラはいきなりある企業の施設を攻撃しますが、それには理由がありました。
彼らはギドラの残骸を使い、ゴジラに対抗するメカゴジラを開発しようとしていたのです。
事前情報をあまり見ていなかったので、メカゴジラが出てくるとは思っていなかったので、ちょっとびっくりしました。
しかし、よく考えてみるとメカゴジラの登場は必然でもあるかと思いました。
宇宙怪獣であるギドラを倒した後、地球における怪獣王はゴジラでした。
しかし、その地位に挑戦を挑むものが現れました。
それは人類です。
その象徴がメカゴジラなのでしょう。
新たなモンスターを生み出す存在をゴジラは敵とみなしたわけです。
しかし、人類はそのような悪の側面だけしか持っていないわけではありません。
他者や他の生物、そして地球を思いやることができる存在、それも人類。
人類の善の側面を象徴するのが、キングコングなのですね。
人類は彼とコミュニケートし、気持ちを通じ合わせていた。
ゴジラとコングの戦いは、人類の悪の側面を正そうとする者と、善なる側面を守ろうとする者の戦いとも言えるわけです。
ゴジラもキングコングも映画界の大スターでありますから、どちらかの勝利で終わるという結末は描きにくいと思います。
なので、どのように勝負を決着つけるのだろうか、と思っていました。
そのために投入されたのが、共通の敵であるメカゴジラだったわけです。
上記で書いたようにメカゴジラは人類の悪の側面の象徴。
地球の守護者であるゴジラ、人類の守護者であるコングの共通の敵として相応しい。
残念なのはメカゴジラのデザイン。
腰高で細っこくてあんまり強そうじゃないんですよね。
やっぱり東宝のメカゴジラの印象が強いので、ちょっとデザイン的には役不足感がありました。
上記で色々書きましたが、本作は人間のドラマ部分は潔いくらいに深さがありません。
大怪獣同士のバトルを見てくれ!ということでしょうか。
バトルそのものはかなり迫力があり堪能できました。
これ、次回作はあるんですかねえ。

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2021年7月10日 (土)

「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」籠の中の鳥

前作「ザ・ファブル」は岡田准一さんの邦画とは思えないほどのアクションが見応えがあり、次回作があるということで期待していました。
「SP」の頃から岡田さんのアクションはただの俳優のレベルを超えていましたが、本作も全てご自身でアクションシーンを演じています。
さらには本作では岡田さんが一人でファイトコレオグラファーを務めています。
まさに日本のジャッキー・チェンと言ってもいいでしょう。
冒頭の車の暴走アクションも見応えありましたが、なんと言っても本作はマンションの足場が崩れる中でのアクションシーンですね。
足場でのアクションと言えばジャッキーの「プロジェクトA2」が思い浮かびますが、立体的な空間でのアクションが見どころです。
岡田さんのアクションもかなり立体的なんですよね。
さらに彼の場合はアクションも高速なので、さらにスピード感があり、見応えがありました。
なかなか邦画では味わえないアクションシーンでした。
本作に登場したキャラクターで興味深かったのは、敵役となる宇津帆です。
彼は表の顔は子供たちの安全を守るNPO団体の代表ですが、裏の顔は過保護に育てられた若者を拉致監禁して金を奪うという極悪な男です。
表の顔の立場の時、彼は子供たちの安全を守るために、転がっている石も拾っていかなくてはいけないと言います。
これは表の顔の時のただのお題目のように彼は言っているように感じるかもしれませんが、そうではありません。
宇津帆を中心に、足が不自由な佐羽ヒナコ、殺し屋の鈴木は同じマンションで暮らしていますが、彼はチームのメンバーをまさに家族のように扱っています。
中でもヒナコは障害があるためか、娘のような気の使い方をしているようにも見えます。
その反面、実際は彼はヒナコに対して日常的に暴行を加えているようですし、さらには彼女の両親を殺して彼女の行き場を奪った張本人でもあります。
彼は彼女を傷つける者でありながら、かつ彼女の最大の庇護者でもあるというアンビバレントな存在なのです。
ヒナコは宇津帆にとって「籠の中にいる鳥」なのかもしれません。
そもそも宇津帆は弟を殺さたため、ファブルに復讐をしようとしていました。
彼にとって家族はかけがいのないほど重要なのです。
そしてファブルを見つけたと同時に、彼が大事にしている家族であるヒナコの籠の鍵を開けられようとしていることに気づきます。
再び家族が奪われようとしているように宇津帆は感じたのかもしれません。
そもそも彼は他人の家族を食い物にしているわけですから、都合がいいことこの上ないわけですが、そこは彼の中では成立しているというのが、アンビバレントな異常性なのだと思います。
ヒナコに対しての愛情と残酷性もそうですが、ある意味人間の情の深さみたいなものを持ちすぎた男だったのかもしれません。
そういう意味で感情がほぼ抑えられているファブルとも対照的な存在であるように思えました。
アクションも見応えあり、ドラマとしても堪能できたので、今後もシリーズとして展開してくれてもらえると嬉しいです。

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「Mr.ノーバディ」 あなたの方が恐ろしい・・・

平凡に暮らす男にちょっかいを出してしまったら、ものすごい反撃を受けて大変な目にあってしまうお話。
「ジョン・ウィック」みたいだなと思ったら、それもそのはずプロデューサーが同じでした。
とはいえ、まだキアヌ・リーブスは他の作品のイメージもあり、平凡とは言え強そうな感じはしましたが、本作の主人公ハッチは見るからに普通の中年男性。
毎日毎日何も変わらず朝決まったバスに乗って出勤し、退屈そうな仕事をし、夕方には真っ直ぐに自宅に帰る。
ティーンエイジャーの息子からは尊敬されず、妻からも距離を置かれている哀愁の中年男です。
しかし、ある晩チンピラに絡まれている女性を助けようとした時に彼の中で何かがプッツンと切れます。
実は彼はある組織でトラブル解決を専門に行っていた「監査役」であった男でした。
トラブル解決といってもそれは極めて暴力的な方法で対処していました。
彼は血に塗れた人生を送ってきたからか、平凡な暮らしがしたいと足を洗います。
それから10数年波風立たせず暮らしてきましたが、彼の中ではマグマのように暴力衝動がふつふつと煮えたぎっていたのです。
そのマグマの噴出のトリガーとなったのが、チンピラの行為。
ジョン・ウィックの場合は、亡き恋人の忘れ形見であるワンちゃんを殺されたという理由がありましたが、この作品においてはチンピラはただのきっかけ。
その後彼が叩きのめしてしまったチンピラの兄であるロシアンマフィアが、ハッチの家族を狙ってしまったことにより、彼はさらにヒートアップ。
情け容赦のない反撃をマフィアに食らわします。
ハッチはまさに無双状態なので、相手になんか同情してしまいます。
マフィアとの最後の決戦は自分が勤めていた工場を即金で買取、要塞化。
トラップを仕込んでいきますが、まさにそれはランボーばり。
血気盛んに挑んできたマフィアたちは飛んで火にいる夏の虫。
さらにはマットの親父さん(老人ホームに入っている)も参戦。
この親にしてこの子あり、を体現している、クレイジーな親父もショットガンを打ちまくり、マフィアを血祭りにします。
一方的な大虐殺とも言えましょう。
多少のピンチもありましたが、プロとアマの差が如実に出て、勝負は終了。
悪い奴をコテンパンに叩きのめすので、爽快感はあるっちゃあるのですが、よく考えるとハッチも相当に恐ろしいやつですよね。
急にキレてここまでやるとは・・・。
お友達になりたくはありません。
ノッチを演じるのはボブ・オデンカーク。
すいません、全く知りません。
見るからに普通のおじさんです。
これがキレるんです。
あなたの方がマフィアよりも恐ろしいです。
そしてその親父さんを演じているのが「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のクリストファー・ロイド。
相変わらずいい味出してます。
続編あるのかな。
「ジョン・ウィック」みたいに続いていくような・・・。

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2021年7月 8日 (木)

「それいけ!アンパンマン ふわふわフワリーと雲の国」 アンパンマン卒業?

毎年夏休み前に公開される「アンパンマン」の映画ですが、昨年は多くの作品と同様に公開延期となり、結局1年遅れでの公開となりました。
前作と引き続き、娘と見に行ってきました。
「アンパンマン」の映画は娘にとって初めて劇場で見た作品ですので、感慨深いです。
と思っているのは親だけで、今年は娘は今までとちょっと違っていました。
私「アンパンマンの映画やるってよ。一緒に見に行こうか」
娘「行ってもいいよ」
・・・なんか違うぞ。
前回までは「行くっ!」って感じだったのに。
「プリキュア」を見に行った時は「行く行くっ!」だったので、映画が嫌いになったわけではないのです。
考えれば娘ももう4歳、「アンパンマン」はもう卒業なのかもしれないですね。
こんなところで娘の成長を感じる私でした。
映画の方は意外にもアンパンマンではなくドキンちゃんが主役のお話でした。
こういうアプローチもあるのですね。
ドキンちゃんは「アンパンマン」の中でも人気があるキャラクターの一人です。
ちょっとわがままだけど自分に素直で、感受性も高くて、優しいところもあって、なんか憎めない。
娘も好きなキャラクターの一人です。
私からするとなんか娘を見ているような感じもするキャラクターですね。
本作はドキンちゃんが赤ちゃんの雲の子フワリーと出会い、育てて、最後は別れが来るというお話。
娘も4歳になると、年下の子のお世話をしたがったりするお年頃。
なんかドキンちゃんには共感した様子。
でも、もう「アンパンマン」は卒業なので、来年は一緒に来ることはないんでしょうね。

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2021年6月20日 (日)

「ヒノマルソウル〜舞台裏の英雄たち〜」 強いモチベーション

東京オリンピックの是非が問われている昨今ですが、本作は20年以上も前の長野冬季オリンピックのスキージャンプの実際のエピソードを元にしたお話です。
というかもう20年経っているのか、つい最近の印象だったけど・・・。
大逆転勝利で金メダルを獲ったスキージャンプ団体戦は覚えています。
特に原田選手のインタビューは印象深かったですよね。
「俺じゃないよ、みんなだよ、みんな」
これはチームメイトのことを言っていたのかと思っていましたが、金メダルの舞台裏にこのようなエピソードがあったとは知りませんでした。
主人公の西方選手は原田選手とリレハンメルオリンピックでチームメイトでしたが、金メダルを逃し、銀メダルという結果となってしまいました。
その後、長野オリンピックを目指しますが、怪我に悩まされ、惜しくも代表を逃してしまいます。
その彼が長野オリンピックのテストジャンパーのひとりとして大会に参加しました。
人はスポーツでも仕事でも勉強でもしんどいことをおこなっていく時に、なんらかのモチベーションが必要です。
そうでないと辛さになかなか立ち向かえません。
名誉だったり、地位だったり、はたまたお金だったり、そのモチベーションは様々だとは思いますが、その多くは自分のためだということが多いと思います。
自分のため、というのは悪いことではありません。
それは強いモチベーションになるからです。
西方選手は元々はジャンプが好きでジャンプを飛んでいた。
そしてオリンピックに出場し、金メダルが間近になった時、その獲得がモチベーションとなりました。
しかし、その金メダルを逃し、そして代表の座も逃した時、自分が何のために飛ぶのかがわからなくなります。
彼は勧めもありテストジャンパーとなりますが、内心はずっともやもやとしたものを引きずっていました。
しかし、彼はテストジャンパーの同僚たちと出会い、彼らの純粋なモチベーションに触れます。
聴覚障害がある選手が飛んでいる時に自由になれることが嬉しいという言葉、オリンピックに採用されていない女子スキージャンプの選手の想い。
彼らは純粋に自分自身の想いをモチベーションにして飛んでいます。
それはかつて西方選手も持っていたものでした。
そしてオリンピックの団体戦本番時、悪天候により競技続行するかどうかをテストジャンパーのジャンプによって判断することになりました。
競技続行しなければ、日本の四位は確定し、再び金メダルを逃してしまう。
彼らが成功しなければ、金メダルには辿り着けないのです。
悪天候の中でのジャンプはテストジャンパーも危険に晒します。
それでも彼らはテストジャンプに臨みました。
彼らのモチベーションは自分のためだけではありません。
自分のためだけでは、なかなかそのような危険な状況でジャンプはできません。
誰かのために飛ぶ。
それが強いモチベーションになります。
強いモチベーションは、誰かのためにという想い、そしてそのこと自体が自分自身のためであると思えることなのでしょう。
西方選手がずっともやもやしていたのは、テストジャンプをしてたとえ日本が金メダルをとっても、それは自分の名誉とはならないということ。
それによって自分は報われないということだったのだと思います。
しかし、最後のジャンプの場面では、人のためということと、自分のためということが全く一緒になったのだと思いました。
それが強いモチベーションとなったのですよね。
なかなかそのように思えることというのは難しいんですけれども・・・。
だからこそこのようなエピソードが人々の琴線に触れるのかもしれません。

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2021年6月19日 (土)

「モータルコンバット」(2021) ゲームの観客のように楽しむ

人気格闘ゲーム「モータルコンバット」の実写映画作品。
以前ジョン・W・S・アンダーソンによって映画化され、彼の出世作となりました。
とはいえ、私はゲームもやったこともないですし、前作も見ていません・・・。
ではなんで見に行ったかなんですが、久しぶりに真田広之さんのアクションシーンが見れるから!
彼は本作では伝説の忍者ハサシ・ハンゾウを演じておりますが、オープニングからキレのいいアクションを見せてくれます。
さすが、元JAC。
お年はもう60歳くらいだと思いますが、動きもシャープでカッコいいです。
ちなみに冒頭でハンゾウの妻は惨殺されてしまいますが、演じている女優さん、見たことあるなと思っていたら、「ミセス・ノイズィ」「罪の声」に出演していた篠原ゆき子さんでした。
パンフレットには出ていませんでしたが、ハリウッド進出ですね。
「モータルコンバット」は格闘ゲームですが、トドメの一撃であるフェイタリティがかなり残酷な描写となっており、それがアメリカではゲームのレイティングシステムのきっかけとなったということ。
本作でもその要素は引き継がれています。
格闘ゲームの映画化作品としては、他の映画よりも残酷描写は多いですかね。
アクション自体はテンポもいいですし、ダラダラと続くわけでもなく小気味いいです。
ストーリーはポンポンと進んでいきます。
まるで格闘ゲームをクリアしていくかのような感じですね。
ある意味ゲームの映画化作品らしいといえば、らしい。
本作はストーリーを楽しむというよりは、次々に繰り広げられるファイター同士の戦いをゲームの観客のように楽しむ作品と言えるかもしれないですね。

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2021年6月17日 (木)

「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」 内包する矛盾

コロナのため度重なる公開延期の憂き目にあった「閃光のハサウェイ」ですが、ようやく公開されました。
「逆襲のシャア」以降の宇宙世紀の歴史を描いていこうとする「UC NexT 0100」プロジェクトの一つです。
タイトルのハサウェイはあのブライト・ノアの息子である主人公の名です。
彼は多感な13歳の時に初恋の人の死、また自ら手をかけて人を殺めるという経験をしました。
またアムロとシャアという先駆的なニュータイプ同士の戦いも間近で見ました。
彼は二人の遺産を継ぐ存在となったのです。
アムロからは「ガンダム」を、シャアからは「地球の保全」という意志を。
これはハサウェイの中に二つの対立する要素を内包することになったのだと思います。
本作の中でもハサウェイは地球環境を守るためにテロすら厭わないという意志を持ちつつも、目の前で苦しむ人を救いたいという気持ちの間で揺れ動きます。
本作ではモビルスーツ戦の視点が今までと違う印象を受けました。
後半、市街地での戦闘が描かれますが、視点が地上の人からの視点であることが多いのです。
通常、このようなモビルスーツ同士の戦いの視点はパイロット視点であったり、客観視点であるわけですが、それとは違う。
モビルスーツが人間よりも非常に大きな兵器であり、それが街を破壊し、人々を追いやることが今まで以上に感じられ流のです。
その視点の多くはハサウェイからのものでもあります。
彼はこの戦闘の仕掛け人でありながらも、それを被害者の目線で見ているわけですね。
矛盾のある視点なのす。
目の前で人が苦しむのはそもそも彼らのテロが原因であり、この矛盾を彼は内包しているのです。
この物語がどのように展開していくのかは原作を読んでいないので知らないのですが、彼が内包する矛盾が彼を追いやっていくような予感があります。
本作に登場するΞガンダム、ペーネロペーともに異形のガンダムでした。
設定的にはミノフスキーフライトを装備しているため、あれほど大型化したということで、やはり機動している動きは他のモビルスーツとは違いましたね。
とはいえ、もう少し見てみたいという気分もありましたが、一作目ということで控えめでした。
ここは次回作に期待ということでしょうか。

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2021年6月12日 (土)

「るろうに剣心 最終章 The Biginning」 剣心の誕生

「るろうに剣心」シリーズの最終作であり、不殺の誓を立てた緋村剣心の始まりの物語。
過去のシリーズはかつて見たことのない剣劇が見どころとなっていたアクションエンターテイメントでしたが、それらとはかなり趣を異とします。
もちろんこのシリーズならではのスピード感のあるアクションはあります。
そしてそのアクションは過去作とは、剣心が人を斬るという点が大きく異なり、それはまさにその姿は鬼神か修羅のよう。
剣心が纏っている殺気が全く違います。
しかし、本作ではそこが見せ所ではないのです。
本作で描かれる剣心、いや抜刀斎は新時代を築くために、暗殺者として剣を振るっていました。
彼は硬くそれこそが人々の幸せを守るためと信じていたのです。
ある夜、彼が幕府関係者を暗殺するときに一人の若い旗本を手にかけます。
その旗本は抜刀斎の太刀を数度受けたにもかかわらず「死ねない」と生への執着を見せます。
抜刀斎から見ればただの暗殺ターゲットでしかないわけですが、彼らにも彼らが守りたい幸せがあるということに気付かされれるわけです。
そこから彼の中で次第に自分の行動に対する迷いが生じていくのです。
私は1作目の「るろうに剣心」のレビューを書いたときに「もう一人の岡田以蔵」と書いたのですが、これはNHK大河ドラマ「龍馬伝」のなかで佐藤健さんが演じた幕末の人斬りです。
このドラマでも彼は命じられるままに人を斬り続けますが、次第に迷いが出てくる役所となっていました。
私はそこに剣心に通じるものを見たのです。
まさに本作では人斬りという行為を新時代を作るための必要悪と考えていた抜刀斎が、自分の過ちに気づき剣心となるまでの物語です。
抜刀斎としての彼は人の幸せを大きな概念としてしか、考えられていなかったのかもしれません。
実際は人にはそれぞれの幸せの形があり、大きかったり、小さかったり様々です。
剣心自体がずっと修行に明け暮れており、自分自身で幸せを感じることがなかったのでしょう。
だからそれぞれの人がそれぞれに持つ小さな幸せをイメージできなかったのかもしれません。
しかし、彼は巴と出会い、初めて幸せというものを感じます。
そしてそれがいかにかけがえのないものであるということを知ります。
それは敵の策略通り彼の弱みにもなりました。
彼はその幸せを失いますが、そこで感じた地獄のような苦しみは後の彼にとって強みになります。
自分のように人々の幸せを失わせたくないという強い思い、巴を通じて得られたその思いが、その後彼がいかに強大な敵に相対しても、決して諦めないということに繋がって行ったのでしょう。
まさに剣心の誕生の物語なのです。
その剣心を生み出した女が雪代巴です。
剣心を演じた佐藤健さんも素晴らしかったですが、巴を演じた有村架純さんが物凄くよかったです。
巴は婚約者を剣心に殺され、復讐のために彼に近づきますが、人を斬るたびに傷ついていく彼の魂に触れるにつれ、彼を愛していくようになります。
彼女自身も深く傷ついているのにもかかわらず、抜刀斎を優しく受け止め、慈しみ守る女性でした。
まさに彼女は抜刀斎ではなく、剣心を生み出した慈母だったのかもしれません。
これでこのシリーズは本当に終わりですね。
良い終わり方だったと思います。

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「映画 賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット」 キャラクターがさらに磨きがかる

浜辺美波さん主演の「賭ケグルイ」の劇場版第2作です。
もともと浜辺さんの振り切った演技が見たくて、放映したあと遅れてNetflixでTVシリーズを鑑賞し、その後劇場版を見ました。
すっかりこのシリーズにハマり、続いてアニメ版を第二期まで見て、最後は原作コミックへ。
通常とは違って遡っている感じですね。
前回の劇場版と同様に今回も劇場版のオリジナルストーリーです。
このシリーズの魅力はキャラクターの過剰なまでのハイテンションぶりと、ギャンブル勝負の際のジリジリとした緊迫感です。
前作劇場版はドラマ要素の方が強い印象を受けましたが、今回は上記の2点にフォーカスしているように感じました。
より「賭ケグルイ」らしい印象です。
キャラクターに関しては、浜辺さん演じる蛇喰夢子はコミックやアニメとはまた違う進化をしているような感じがします。
コミックの夢子はかなりグラマラスでセクシャルなのに対して、浜辺さんはご自身のイメージがそのような感じではありませんので、掴みどころのない夢子(ちょっと幼児退行しているようなふしぎちゃん)という実写版オリジナルな個性が出ているキャラクターとして確立しています。
早乙女芽亜里役の森川葵さん、鈴井涼太役の高杉真宙さんも同様ですが、まさにハマり役となっています。
また今回は生徒会長、桃喰綺羅莉もギャンブル勝負に参加し、ガッツリと登場しています。
実写版では存在感は示しつつも、自身がギャンブルをするシーンはなかったですが、今回は夢子と共にギャンブルに挑みます。
彼女を演じている池田エライザさんもまさにイメージがぴったり。
そしてギャンブルの方も緊迫感があって面白かったです。
ギャンブルを扱った映画としては「カイジ」シリーズがありますが、命懸けのギャンブルという点では「カイジ」の1作目、2作目に通じる緊張感がありました。
夢子、綺羅莉の賭ケグルイっぷりがよく出ており、次元の違うキャラクターの強さを感じました。
非常に面白く鑑賞できたので、続きが見たいなと思っていたところでのあのエンディング。
原作やアニメで描かれた生徒会長選に突入しそうな終わり方。
続編ありそうですね。
滾ってしまいます。

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