2021年9月24日 (金)

「鳩の撃退法」 映画ならではの難しさ

かつて直木賞を受賞したこともある小説家津田は久しぶりに作品を書き上げようとしていました。
それを編集者に読ませていますが、彼には実際あった出来事を作品を発表し、当事者とトラブルになったという前科がありました。
そこで書かれている物語はフィクションなのか、それとも実際の出来事なのか・・・。
原作小説は未読なので小説も映画と同じ構造なのかがわかりませんが、ちょっと構成的にわかりにくい作品ですね。
物語は津田の小説で描かれているフィクションパートと実際の津田の現在のリアルを描くパートと、大きく2つのパートで語られていきます。
彼の小説で描かれていることがフィクションか否かが一つの映画のポイントとして置かれていますが、実際見ているとこの構成が効いてくるのは、ラストシーンだけなのですよね。
津田の小説で描かれている事件そのものもかなり複雑なので、リアルパートがあるとさらに複雑な印象になります(とはいえ、事件そのものには直接的にはタッチしていないので実際は複雑ではない)。
これは映画というビジュアルメディアならではの弊害かもしれません。
両パートに共通して出てくるのは主人公津田ですが、あまりビジュアル的にも変わらないので、どっちのパートかちょっと戸惑うところもあります(一緒にいる人物で判別するわけですが)。
これが小説であれば、もう少しわかりやすいのかもしれません(原作も同様な構成をしていれば、の話ですが)。
津田が小説で語る出来事は、それが事実であれば彼が実際に見聞きしたものでなければなりません。
文章であれば、叙述トリック的な手法を含め、色々仕掛けを施すことができるかと思います。
しかし、映画だとどうしても「見えてしまう」ので、そのような文章上の仕掛けを行うのは難しくなってしまうのですよね。
その辺がうまく処理できず、複雑な印象を持たせてしまったような気がします。
富山の事件についてはそれだけでもドラマがあるので、そこにフォーカスしてもよかったのかなと思いました。
その事件のキーマンとなる秀吉自体には娘を持つ身としてとても共感するところはありました。
主人公の津田を演じるのは藤原竜也さん。
このところ、「カイジ」をはじめ、こういったクズ男を演じることが多いですが、ハマりますよね。
なかなか他の人ではこの感じは出ません。
強い人にボコボコにされているときの情けない感じはこの人ならではです(褒めてます)。

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2021年9月11日 (土)

「オールド」 時間は有限

「シックス・センス」のM・ナイトシャマランの最新作です。
彼の作品は登場人物もそして観客も何も情報がない状況に置かれた中で、じわじわと不穏な出来事が起こり、次第に主人公も追い込まれていくということが描かれていくことが多い。
見ている我々も登場人物と同じように、追い込まれていく気分を味わうことになります。
この辺りの感覚を描くのがナイトシャマランは非常にうまく、本作でもその腕は健在だと思います。
心理的に追い込まれていくスリラーの感覚と並んで、彼の作品では「どんでん返し」の要素もとかく言われます。
最後まで見て「えっ!」となって、終了!という展開がいくつかの作品でありましたよね。
映画が終わってもモヤモヤした気分は残るという印象です。
それは高い評価として受け止められることもあれば、投げっぱなし感もあるため不親切に感じる方もいたかと思います。
本作について言うと種明かしはありますが、非常に親切です。
これもナイトシャマランのどんでん返しが好きな方には物足りなく感じられるかもしれません。
ただ最後にきちんと着地しているため、モヤモヤは残さずすっきりとした印象で映画を見終えることはできます。
ここは彼がどんでん返しのこだわりを捨て、映画として観客にメッセージをちゃんと伝えることを意識したと言う点で円熟してきたとも言えるかもしれません。
何組かの家族が訪れたのはプライベートビーチ。
彼らはバカンスを楽しみますが、しばらくすると異変に気づきます。
そのビーチでは通常よりもものすごいスピードで老化が進んでいくのです。
幼かった子供たちはみるみるうちに成長していきます。
彼らはビーチから脱出を図ろうとしますが、そうしようとすると頭を圧迫される感覚を覚え、気絶してしまうのです。
そこで過ごすと1日あたり50年程度老化が進むらしい。
人間のほぼ一生分です。
人生があと1日で終わると知った時、人は何を思うのか。
ビーチを訪れた主人公夫婦は彼らの間にトラブルを抱え、離婚の危機にあります。
諍いがある前提として、人は残り時間はまだまだあるというように皆が思っているということがあるかと思います。
だから目先の小さな不満に目がいく。
けれど時間がないことがわかった時、何が本当に大切なことなのかにようやく目がいくのです。
この夫婦も自分たちの時間がもうないと悟った時、ようやく本当に大切なことに気づきました。
だからと言って二人が救われることはないのですが、えてして時間は残酷なものです。
ですが、気づけたいうこと自体はよかったのかもしれません。
元のままだったら気づくことすらできなかったのかもしれないのですから。
私はかなり歳をとってから娘を授かったので、なんとなく娘が大人になり子供を産むまで生きていられるのだろうか、と考えるようになりました。
一人っ子ですし、娘の成長の過程を見ることはたった一回のかけがえの無いものとして考えています。
だから一緒に過ごす時間をなるべく取りたいと考えていますが、これも時間が有限だと感じているからです。
普通に生きていると時間が有限であるという感覚はあまりありません。
無駄な時間も過ごしてしまいます。
しかし、限られたものであることを認識した時、何が大切か改めて考えることになるのだと思います。

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2021年9月 5日 (日)

「シャン・チー/テン・リングスの伝説」流れる水のように

MCUフェイズ4はディズニープラスの「ワンダビジョン」からスタートしましたが、今まで登場したヒーローのエピソードでしたが、本作では新ヒーローが登場します。
その名はシャン・チー。
MCU初のアジア系ヒーローになります。
マーベルのダイバーシティ志向は「ブラックパンサー」「キャプテン・マーベル」の頃から見られ、本作もその路線と考えられます。
シャン・チーは特別なパワーを持っていたり、テクノロジーを駆使するわけではなく、その武器は鍛え上げられた肉体と極められた技(マーシャル・アーツ)です。
子供の頃にカンフー映画ブーム直撃だった私としては、たまりません。
ド派手なバトルもいいですが、肉体を駆使したアクションは見ている自分でも身体が反応するような感覚が刺激されるので、興奮しますよね。
前半のサンフランシスコのバスや、マカオの高層ビルでのアクションは身体性もありながら、CGも使ったキレのいいアクションがたまりませんでした。
また本作は「グリーン・ディスティニー」や「HERO」などの2000年ごろの武侠映画の映画も受けているように思いました。
冒頭の竹林でのシーンなどに強く感じますね。
流れるような肉体の動きは、本作のテーマを強く表しているように思います。
今までのMCUのヒーローたちはテクノロジーや特殊能力をベースにしながらも、基本的にはパワー勝負なのですよね。
その辺りは西洋らしい。
地球の人々を狙う存在に対し、敵の力を上回るパワーでそれらを封じ込める。
基本的にはこれでした。
しかし、竹林のシーンにおいてウェンウーに対するリーは、テンリングスのパワーを受け流し、利用しました。
まるでしなる竹のように。
流れる水のように。
水というモチーフも本作ではよく出てきました。
今までのMCUのバトルは火のイメージがあります。
戦力のことを火力とも言いますし、西洋の戦い、力と力の戦いには火のイメージが強くなります。
しかし、東洋の戦いでは、カンフーや合気道などもそうですが、相手の力を利用するという思想があります。
それには水の柔軟さが必要なのです。
ダイバーシティを意識する中での、黒人、女性につづき、アジアンを起用したという表面的な取り上げ出会ったら、残念な気持ちになったかもしれません。
しかし、東洋の考え方も取り入れた本作はMCUにとっても新しい刺激になるような気がしました。
サノスに対してのアベンジャーズの戦いはまさに総力戦で、パワーとパワーのぶつかり合いでした。
勝利を得たものの、その中で失われたものも大きかったというのはフェイズ4でも描かれています。
新しい脅威に対しては、パワーに真正面から対抗するのではなく、それを受け流して利用するという東洋的なアプローチがもしかすると必要になるのかもしれません。
ポストクレジットで、シャン・チーが引き継ぐことになったテンリングスは未知の物質であることがわかりました。
もちろん地球上のものでもなく、チタウリなどの地球外のものではないと。
その出どころは・・・。
もしかするとMCUで重要な要素となるマルチバース、すなわち他の並行世界からもたらされたものなのかもしれません。
この辺りは今後の展開からも目が離せないですね!

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2021年8月31日 (火)

「パウ・パトロール ザ・ムービー」パウっと解決!ワンダフル!

こちらも娘と一緒に見に行ってきました。
「パウ・パトロール」はNetflixのアニメの中でも娘のお気に入りの一つです。
まず見ていて驚いたのは、劇場版ということでCGの精度がかなりアップしていること。
テレビ版は予算の関係かCGの表現力は一昔前のレベルでしたが、劇場版は他のスタジオの作品と比べても遜色ありません。
主役のワンちゃんたちの毛並みが違います(笑)。
さてストーリーはというと、大人が見ても結構楽しめます。
パウ・パトロールはケントという男の子と、その仲間のワンちゃんたち(チェイス、マーシャル、ラブル、ロッキー、スカイ)で構成されていますが、今回はその中でもチェイスが主役的な扱いでした。
舞台となるのはアドベンチャー・シティという都会。
チェイスが子犬の頃に捨てられたいた街で、そのためにチェイスは幼い頃の不安な気持ちがトラウマのように湧き上がってきて、いつものように活躍できません。
彼が怖気付いてしまったため、ケントがピンチに陥ってしまいます。
そこでチェイスは勇気を振り絞り、トラウマを克服してケントを救出するのです。
見終わった後、娘がこの場面を熱心に語り「感動した!」と言ったことに、親として感動してしまいました。
物語を見て、主人公の気持ちに共感することができる。
成長したなぁ・・・。
また映画ということでパウ・パトロールのメンバーが乗るビークルもグレードアップ。
チェイスが乗るのは通常はポリスカーという名のワゴン型パトカーなのですが、本作ではGTR的なスポーツタイプに。
そしてこれがバットモービル的な装甲車風へ変形。
さらにはポリスカーからバイクまで発進するのです。
これがメチャクチャかっこいい。
メカ萌えします。
男の子だったら、おもちゃをねだるところだろうなぁ。
娘だったので、ねだられなかったですが。
子供のお付き合いということで見に行った作品でしたが、お父さんも結構楽しんでしまいました(笑)。
チェイス以外のワンちゃんも個性的なキャラなので、他の子達のエピソードも見てみたいですね。

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2021年8月30日 (月)

「妖怪大戦争 ガーディアンズ」 あまりにいい子

2005年に公開された「妖怪大戦争」の続編で、同じく三池崇史監督です。
前作も個人的には高い評価とは言い難かったのですが、本作についても同様の印象です。
それでも前作は主人公の少年が成長していく過程が描かれているので共感性はあったのですが、本作の主人公ケイとその弟ダイはあまりにいい子であって隙がありません。
ケイは妖怪に攫われた弟のために後を追いますし、その道程で自分を襲ってきた鬼に対しても寛容な姿勢をとります。
弟のダイも兄を助けるために、恐ろしい大魔神を目覚めさせるための贄になろうとします。
あまりに出来すぎた子供たちなので、愛するための隙がなく、彼らの存在こそがファンタジーな感じがしてしまいました。
心清き二人の兄弟がある意味全ての出来事に対してのワイルドカードのように都合よく使われている感じがしました。
都合の良い感じがしたのは、全体的に盛り込まれた要素が多く、そしてそれらがうまく物語の中で構成されているような気がしなかったことによるかと思います。
収拾できずに、彼らの清き心によって鎮まったという形で全て収めているような印象でした。
東京を目指す妖怪獣に対抗するのは、兄を思うダイの心によって目覚めた大魔神です。
そしてその大魔神が暴走した時には、弟を庇うケイの行動により、大魔神は鎮まりました。
ファンタジーですから、この点についてあまり言うのもなんなのですが、安易さは禁じえません。
目覚めた大きな力を利用して、首都東京を破壊すると言うプロットは、本作でも製作者に名を連ねている荒俣宏さんの「帝都物語」でも繰り返し出てくるものです。
首都破壊を目指すのは日本の先住民族の末裔である加藤保憲です。
彼は国を奪われた者たちの恨みにより生きながらえ、天孫へ恨みを持ちつつ関東で首を刎ねられた将門を目覚めさせ、その絶大なる力により、東京を破壊しようとするのです。
本作もまさにその繰り返しではあるのですが、今回の東京壊滅を行うものが妖怪獣という存在であることがちょっと迫力不足でした。
オープニングで説明されたように妖怪獣は日本が海だった古代に陸地で化石になった海の生物たちが海へ戻りたいという気持ちによって生み出されたものらしい。
今までの「帝都物語」と比べると、あまりに弱々しい。
もっと禍々しさのようなものがあってもよかった。
またこのプロットでは加藤の存在が欠かせないような気がしていたが、最後の最後に登場してきた。
ファンサービスのような感じではあったが、どうせ出すならもっと物語の中心にしっかりと絡んだ出し方をしたほうが断然面白くなるような気がしました。

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2021年8月24日 (火)

「フリー・ガイ」 思いの込められたプログラム

私は映画を見に行くと必ずパンフレットを買う派なのですが、本作はパンフレットを作っていないとのこと。
非常にマイナーな作品の場合にパンフレットがないというはありますが、このくらいの規模の作品でないのは珍しい。
これってディズニー(20世紀スタジオは今ではディズニー傘下)のコロナ禍における劇場での公開方針が定まっていないことの余波かもしれません。
「ブラック・ウィドゥ」は劇場公開と同時にディズニー・プラスでも配信したため、大手の劇場(東宝系や東映系など)が公開を見送りました。
アメリカでは公開週はこの方法でかなりいい立ち上りではあったが、2週目以降は成績は落ちていったという話もあります。
そのためかディズニーは本作と「シャン・チー」は劇場公開後45日間は配信しないという方針に変更しました。
本作は元々「ブラック・ウィドゥ」のように劇場公開はあまりしない方針だったのかもしれないですね。
なので、パンフレットは作らなかったのではないかと思いました(「ブラック・ウィドゥ」はパンフありましたが、これは昨年作っちゃっていた在庫かも)。
「シャン・チー」はパンフ作ってくれるよね・・・?
映画そのものの話から逸れてしまいました。
この作品の主人公はモブキャラのガイ。
モブキャラというのはゲームの中の背景キャラのことで、ゲームの中でいつもその場所に行くと同じセリフ・リアクションするキャラっていますよね、あれです。
しかし、ひょんなことからそのモブキャラが自我に目覚め、憧れの女性に再び会うために、自ら行動を起こします。
ガイが存在しているゲーム「フリー・シティ」はオープンワールド系のゲームで、プレイヤーはゲーム内で好きなことをなんでもできます。
このゲームでは銀行強盗したり、人を倒したりすることでポイントが稼げるらしい。
そんな中でガイは人助けなどの「いいこと」をしていってポイントを稼ぎ、レベルを上げ、「フリー・シティ」のプレイヤーの間でも評判のヒーローとなっていきます。
自分がやりたいと思うことをやっていくことは意外と難しい。
「フリー・シティ」のベースとなるAIを開発したキーズは、自分が書いたプログラムを商品化したアントワンに雇用され苦情処理係の立場になっています。
その立場を仕方がないと受け入れてしまっている様子。
対してキーズの共同開発者であるミリーはアントワンに対し、盗用していると訴えていました。
ガイには実はキーズの想いが込められていました。
キーズがずっとミリーに抱いていた想いをガイのプログラムに書き込んでいたのです。
そのため、ガイはミリーのアバターにゲーム内で出会った時、運命のように感じたのでした。
ただのゼロイチのプログラムの中に想いが込められていて、それがきっかけでAIが自我を持ってしまうという設定が素敵だなと思いました。
映画でAIが自我を持つというと、殺伐な未来であることが多かったりしますが、想いをベースにしたAIだったらそんな暗い未来ではなく、本作のようなハッピーな世界ができていくかもしれないですね。
本作は元々20世紀フォックスで企画が進んでいましたが、ディズニーが買収した後も20世紀スタジオとして制作が継続されました。
それによりマーベルやルーカス・フィルムとも兄弟会社となったため、いくつかファンに向けてのサプライズがありました。
終盤ガイがピンチの時にアイテムとして「キャップの盾」を選択しますが、それと同時に「アベンジャーズ」のテーマが。
続いてカメオ出演のクリス・エヴァンスが「僕の盾?」という展開です。
さらには続いてガイが選んだアイテムはライトセーバー。
ここでも「スターウォーズ」のテーマが流れます。
何も関係ないと権利関係で難しいところですよね。
嬉しいサプライズでした。
あとガイが最後に橋を渡ろうとした時にかかる音楽が「アメリカン・ヒーロー」のテーマ。
80年代のアメリカのドラマですが、私は大好きでよく見ていました。
これは偶然手にしてしまったスーパースーツの力で、人々の平和のために頑張るしがない高校教師のお話なのですが、ガイに通じるところもあるので、これを選んだのかなと思いました。

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2021年8月20日 (金)

「映画おしりたんてい スフーレ島のひみつ」 ミステリーの入門に最適

これまた娘と一緒に見に行ってきました。
「おしりたんてい」も娘が最近どハマりしているアニメの一つです。
「クレヨンしんちゃん」といい「おしりたんてい」といい、どんだけ「おしり」が好きなんだ・・・。
それはさておき、娘がこのシリーズが気に入っているのは犯人を当てたり、迷路を解いたりするような、ちょっと考えてみるところらしい。
そういえば自分も小さい頃から推理もの、ミステリーは好きでした。
江戸川乱歩の少年探偵団シリーズは学校の図書館で借りてほとんど読んでいましたね。
なのでこのシリーズは娘と一緒にテレビを見ていても、自分でも結構楽しめたりします。
子供のミステリーの入門編として最適ですね。
登場するキャラクターも皆なかなかに魅力的。
まずおしりたんていが、まさに名が体を表すの言葉通りに顔がおしり・・・。
そんなお茶目な容貌なのに、そのキャラクターはまさにジェントルマン。
レディには優しく、どんなピンチでも焦る様子は見せません。
そして必殺技が嗅いだ者を悶絶させる「屁」。
毎回ここぞと言う時に「失礼こかせていただきます」との言葉とともに屁を放りますが、水戸黄門の印籠というか、ある種パターンの快楽のような感じがあります。
この時のBGMが「必殺仕事人」の仕事の時の音楽っぽいところもセンスが良いです。
相棒を務めるのはブラウンという少年。
明智探偵の助手である小林少年のような役回りでしょうか。
ちょっと頼りないところはご愛嬌です。
おしりたんていに事件を依頼するわんころけいさつのトップがマルチーズ署長。
見た目は本当に小さい子犬なのですが、屈強な大型犬の刑事たちを引き連れ、事件に挑みます。
丸い物に目がないのがカワイイ。
そして探偵といえば、必要なのはライバルとなる犯罪者です。
明智小五郎に対しての怪人二十面相、シャーロック・ホームズに対してのモリアーティ教授、銭形警部に対してのルパン三世(最後はちょっと違うか)。
おしりたんていのライバルと言えば、変装の名手である怪盗U。
彼はエレガントかつ華麗に美しいものを盗みます。
今回の映画では怪盗Uも大きな役割を担います。
彼は盗賊ではありますが、汚い手は使いません。
彼は何者にもとらわれず自由であり、自分の価値観である美しさにだけ拘ります。
本作のゲストキャラであるスフーレ島のルルは彼の自由さに惹かれます。
おしりたんていと怪盗Uの対決もなかなか見どころありますし、大人でも結構楽しめます。
無論、娘もものすごく集中して見ておりました。
将来ミステリー好きになるかしら。

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2021年8月15日 (日)

「ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結」 ジェームズ・ガンのクレイジーさ炸裂

本作「ザ・スーサイド・スクワッド」はマーゴッド・ロビーが演じるハーレイ・クインが登場していますが、「スーサイド・スクワッド」の続編という扱いではないらしい。
デイヴィッド・エアー版はジョーカー以外はメジャーなキャラクターは登場せず、全体的にとっ散らかった印象であまり感心しなかった記憶があります。
そのころのDCエクステンデッド・ユニバースの方向性が迷走していた感がありました。
MCUのように全てが統合された世界観でいくのか、それぞれのキャラクターの個性を出していく作品群となるのか。
「スーサイド・スクワッド」の後の「ワンダーウーマン」「アクアマン」の成功により、キャラクターや監督の個性を重要視する方向に舵を切ったと思います。
そして、それはMCUとは違う方向性として成功しているように感じます。
本作は一時期マーベルを解雇されていたジェームズ・ガンを起用し、彼の個性を引き出して前作よりも格段に面白くなったと思います。
ハーレイ・クインも今ではDCの中での存在感のある主要なキャラクターになったので柱もしっかりとしているように思いました。
ジェームズ・ガンは「スーパー!」などでもわかるようにかなりぶっ飛んでクレイジーな表現をする監督ですが、「ガーティアん・オブ・ギャラクシー」などでは映像センスは光るもののMCUらしい品行方正な枠の中に納められている感じもします(それでもMCUの中ではタイカ・ワイティティとともにぶっ飛んでいる方ではあると思いますが)。
それに対して、本作は彼のクレイジーなセンス(毒々しさやバカバカしさ、ナンセンスさ)が出ていて楽しめました。
監督自身も楽しんでやっている感じがします。
ジェームズ・ガンは映像がいいと思っているのですが、今回の作品ではハーレイ・クインが自動小銃をぶっ放し、槍で刺しまくっているところが非常にいい。
真っ赤なドレスをした彼女がスローモーションで敵をぶっ倒していくと、血飛沫のように花模様が散っていくんです。
これは彼女のキャラクターを一目瞭然に表現しているいいビジュアルだなと思いました。
イカれたセンスでとてもいい。
「ガーディアン・オブ・ギャラクシー」のヨンドゥ役で有名なマイケル・ルーカーのとてももったいない使い方もいいです。
あとジョン・シナのピースメーカーも「スーパー!」を彷彿させるクレイジーさがジェームズ・ガンらしい。
ピースメーカーはテレビシリーズ化の予定もあるとか・・・。
本作の最後を飾るのはまさかのヒトデ型巨大生物!
「宇宙人東京に現わる」!
どんだけクレージーなのか・・・。
よく企画を通したものだ・・・。
こういうぶっ飛びはマーベルじゃできない感じがします。。
ジェームズ・ガンは次回作では再びマーベルに復帰し、「ガーティアン・オブ・ギャラクシー Vol3」に挑みます。
シリーズも最終作と言われているので、このクレイジーさを存分に発揮してもらいたいです。

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2021年8月12日 (木)

「ワイルド・スピード/ジェット・ブレイク」 大団円に向けての第4コーナー

本作から原題で「THE FAST SAGA」という記述されるようになり、9作目で壮大な叙事物語となってきた「ワイルド・スピード」シリーズ。
キャラクターたちも全作登場している者はおらず、シリーズが続くに従い、新たな因縁が明らかになり繋がっていくという展開になっています。
本作においてシリーズの中でも異色であった3作目「ワイルド・スピード X3 TOKYO DRIFT」もしっかりとサーガに織り込まれてきました。
この辺りは「TOKYO DRIFT」を監督したジャスティン・リンがシリーズへ復帰したことも大きいかと思います。
死んでいたとされていたハンの再登場は嬉しいところです。
ラストではデッカードとも対面していますので、次回作への展開が気になります。
欲を言えば、次回作ではジゼルにも復活してほしいところです。
このシリーズは「ファミリー」という概念が非常に重要で、彼らの行動原理はファミリーを守ることであるのですが、本作はそのあたりはやや薄めの印象です。
ドムの実の弟ジェイコブが敵役として登場しますし、彼らの因縁も描かれますが、割とライトな印象でした。
サーガと言うだけあり、何人もの登場人物たちの織りなす物語となってきているので、最終回とされる10作目に向けての整理をしているのかなとも思いました。
ハンの登場などもその一環かなと。
少年ジャンプの漫画じゃないですが、本作は敵であった人物とバトルをし、やがて実力を認め合って仲間(ファミリー)になっていくという展開が多いですよね。
ホブス演じるドウェイン・ジョンソンとドム役のヴィン・ディーゼルの不仲も報道されているので、ジェイコブが次回作の筋肉担当なのかしらん・・・。
次回作では亡くなったポールがCGなどで登場するという可能性もあり、という話も出ていますので、10作目では大団円を迎えるべく役者がそろったという感じでしょうか。
前回のレビューの時、「冗談めいた感じで次は宇宙かも・・・」と書いたら、ほんとに宇宙に行っちゃったんで、次はどこに行ってしまうのでしょう・・・?
行っていないところはもはや海だけなのですけれど、そうなるともはや車じゃなくなっちゃう・・・。
次回ではどんな締めくくりがされるのでしょうか、期待して待ちましょう。
(それとも終わらなかったりして・・・)

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2021年8月11日 (水)

「映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園 」 いつも一生懸命

初めて「クレヨンしんちゃん」を劇場で見てきました。
5歳になったばかりの娘がぜひ見に行きたい!と言ってきたもので。
そもそも「クレヨンしんちゃん」がアニメ化されたのが1992年、この時はすでに社会人になっていたため全く馴染みがありませんでした(そりゃそうだ)。
しんちゃんの天真爛漫なキャラクターが、世の真面目な父兄から「こんな下品なアニメを放映するとは何事か」的な抗議を受けたという話は小耳に挟んでおりました。
最近の娘はネットフリックスを駆使して、好きなアニメなどを勝手に見ているのですが、最近のお気に入りがこちらの「クレヨンしんちゃん」。
映画の「爆盛!カンフーボーイズ」は一時期毎日見るというヘビーローテションとなっておりました。
影響を受けてか「おしりブリブリ〜」とか突然やり出すので、抗議をしていた父兄の気持ちはちょっとわからなくもないですが、一緒に見ているとお話はしっかりと作られていて、かつ意外とグッとくるようなところもあり、これだけ長年愛されているのもわかります。
さて本作についてです。
「クレヨンしんちゃん」の映画は切り口がバラエティに富んでいます。
先程の「カンフーボーイズ」はカンフー映画へのオマージュたっぷりですし、「失われたひろし」はインディ・ジョーンズですしね。
今回は実は「クレヨンしんちゃん」では初めてのミステリーです。
娘は「おしり探偵」にもハマっていて(おしりばっかりだな・・・)、犯人当てなどにも興味津々ですので、ぴったりでありました。
ミステリーのトリックや犯人なども意外や意外でしっかりと考えられたもので驚きました。
しかしよく考えてみると「クレヨンしんちゃん」は意外な切り口を持ってきますが、その題材に関してはいつもかなり真剣に挑んでるんですよね。
「カンフーボーイズ」などもアクションシーンのアニメのパートはなかなか見応えがありました。
本作では野原家ではなく、カスカベ防衛隊のメンバーたちが大活躍します。
意識高くて向上心がある風間くん、オマセで仕切りたがりのネネちゃん、臆病者だけどスイッチ入るとキャラが変わるマサオくん、いつもほんわか優しいボーちゃん。
この子たち、みんないい子ですよね。
そんなかでもしんちゃんに対してツンデレ感のある風間くんは結構好きなんですよね。
自由奔放に生きるしんちゃんに対する妬みと憧れみたいなものがあって、なんか自分自身に似ている部分もあって共感してしまいます。
映画を見終わって娘とエスカレーターを降りていると、ちょうど後ろにカップルが立っていました。
彼らも「しんちゃん」を見ていたらしく、感想を述べていました(デートで「しんちゃん」をセレクトするのはすごいなと思いましたが)。
彼女さんが「しんちゃんっていつも最後一生懸命走っているよね!」と言うと、彼氏さんが「そうそう、前も東京タワーを登ってたよね!」と応えてました。
そうでした「オトナ帝国の逆襲」でもしんちゃんは両親を助けるためにすごい勢いで東京タワーを駆け上がっていました。
この二人の指摘は正しく、しんちゃんはいつも一生懸命なんですよね。
おふざけするときも、遊んでいる時も、その時しんちゃんが大事だと思うことに一生懸命。
今回も大事な友達である風間くんを助けるためにしんちゃんはがんばりました。
一生懸命やるって言うのはなかなかできないことです。
なんだかんだ言い訳作って諦めてしまう。
そういうことに慣れきってると、しんちゃんのがんばりがとても清らかに見えてグッときてしまうのですよね。
子供たちはまだ諦めることを知らないから素直に見れるのかもしれないですが、大人は逆に諦めてばかりなので、意外と心に刺さる。
一生懸命やることの大切さを思い出させてくれる。
最初に書いた抗議をしていた父兄は、ちゃんと物語を見たことがなかったのかもしれませんね。
表面的な「おしりブリブリ〜」の現象だけを見て、文句を言っていたのかな。
子供はもっと大事なことを学んでいたのかもしれないのに。
先程のカップルさんも子供の頃から「しんちゃん」を見てきてたのかな。
もう30年近くもアニメをやっているわけですから、子供の頃から「しんちゃん」に親しんできた二人が子供を作る世代にもなっていますよね。
あの頃抗議していた父兄の心配は杞憂に終わったということでしょうか。

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