2022年8月13日 (土)

「ジュラシック・ワールド/新たなる支配者」シリーズの集大成

前作「炎の王国」で今まで管理されていた恐竜たちが、人間社会に解き離れたことが示唆されます。
原作者のマイクル・クライトンが「生命は道を見つけ出す」と言っているように、人間がいくら管理していたとしても生命は隙間を見つけ出し、外へ広がっていこうとします。
それはこの「ジュラシック」シリーズで共通して描かれているテーマであり、本作はその思想の集大成となっています。
前作のレビューの際に、その続編は恐竜と人間の戦いとなり、人間の滅びが描かれるのでは無いかと考えました。
しかし、本作は予想に反して、人間と恐竜の共存が描かれていました。
それは今日的なテーマでもあると思いましたし、そもそも生命は他者を滅ぼそうなどとは思うわけはなく(そんなのは人間だけ)、生態系として良いバランスを見つけていこうとするものであるわけですから、理に適った展開であると感じました。
ラストシーンで、現在の地球の生物種と恐竜たちが共存していく世界が描写されます。
生命はバランスをとっていく。
生命の逞しさを描いていると感じました。
人間もそのような生命の一つ。
バランスの中で生きていく存在であるということをもっと自覚すべきですね。
遺伝子操作の功罪についても触れられています。
うまく使えば遺伝病の治療法への解決の道筋が見つけられる。
しかし、悪用すれば予期せぬ変種により環境のバランスが一気に崩されるかもしれない。
管理できると思い込まず、慎重に進めていく必要がありますね。
シリーズの集大成として、出演者も豪華です。
「ワールド」のクリス・ブラッド、ブライス・ダラス・ハワードに加え、「パーク」からサム・ニール、ジェフ・ゴールドブラム、ローン・ダーンが出演しています。
1作目から見ている自分としては感慨深いです。
恐竜とのチェイスなどは、さらにスピード感を出しながら、1作目からある手に汗握るドキドキ感は継続しています。
このドキドキする感じはやはり「ジュラシック」シリーズならではですね。
シリーズの幕引きを丁寧にしっかり行った作品だと感じました。

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2022年8月11日 (木)

「劇場版 仮面ライダーリバイス バトルファミリア」尺が短く印象薄い

通常、夏の「仮面ライダー」の劇場版は単独作品で1時間半弱くらいの尺で公開されることが多いですが、本作はほぼ1時間と例年よりもかなり短くなっています。
そのせいか、内容的にはやや薄く、掘り下げが甘い印象です。
テレビシリーズがかなり凝ったストーリー展開なのに対して、物足りない印象が残りました。
「仮面ライダー」シリーズの単独作品は、テレビシリーズと同じ時系列に設定されるタイプと、パラレルワールド的な世界のタイプと分けられますが、本作は前者。
ちょうど放映されているテレビシリーズとほぼ同じころの出来事のようです。
テレビシリーズ第47話ではジョージ狩崎が五十嵐家を襲ったところですが、彼の悪魔が劇場版でのヒールとなっており、狩崎を中心にテレビと劇場版が密接にリンクしています。
この手法は両方を盛り上げるには有効かもしれませんが、劇場版単体として見ると、ちょっと分かりにくく、それが内容の薄さにつながっているような気がします。
「仮面ライダー電王」の劇場版も同じような印象でした。
私にとって歴代平成ライダーの劇場版の最高傑作は「仮面ライダーW」で、これもテレビシリーズと同じ時系列の作品ではありましたが、単独作品としても見応えのある作品として仕上がっていたように思います。
最近では「仮面ライダーゼロワン」の劇場版も良かったですが、それらと比べるとストーリーの密度がやはり低い。
監督は「仮面ライダーW」や「仮面ライダーフォーゼ」の坂本浩一さんなので、多人数ライダーのアクションは見せ所がたくさんあります。
それぞれのライダーのかっこいいところを見せる手腕はさすがだと思いますね。
とはいえ、ストーリーが物足りない。
同時上映の「ドンブラザーズ」が短尺ながらキレキレだったのに比べて、残念な印象は残ります。

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2022年8月10日 (水)

「暴太郎戦隊ドンブラザーズ THE MOVIE 新・初恋ヒーロー」濃いキャラクターたち、楽しめます

前作「機界戦隊ゼンカイジャー」がそれまでのスーパー戦隊シリーズの集大成といった趣でしたが、それを次ぐ「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」はスーパー戦隊のフォーマットをことごとく破り、新しさを全面に出して、可能性を一気に広げている意欲作となっています。
シリーズ当初は見ていて戸惑いもありましたが、キャラクターの濃さ、予期せぬ展開に、次第に病みつきになってしまいました。
その劇場版が本作となります。
通常夏映画は「仮面ライダー」と同時上映で、「スーパー戦隊」は30分弱ぐらいの尺となっており、テレビとほぼ長さは変わりません。
ですので今までは、映画ならではの特別な敵などを登場させるとどうしてもテレビシリーズに比べると慌ただしく、内容としても薄くなりがちでした。
本作はプロデューサー曰く、特別な敵と戦うといった映画ならではの展開は「仮面ライダー」に任せ、前座として賑やかに、あくまで「ドンブラザース」らしさを全面に出すということを狙ったそうです。
それはうまくいっていて、テレビシリーズと同様のはちゃめちゃな展開で楽しく見れました。
「ドンブラザース」の魅力は濃いキャラクターたちと書きましたが、その中でも特別にいい味を出しているのが、メンバーの一人であるオニシスターに変身する鬼頭はるか。
演じるのは志田こはくさんですが、なにしろすごくいい。
ポジションとしてはヒロイン役ではあるのですが、体を張っているというか、若いのに変顔も出し惜しみなく、稀有なコメディエンヌぶりを発揮しています。
今回は映画の中で映画を撮るという劇中劇の体となっていますが、その中での役も通常よりも輪をかけて崩してきてます。
本作はドンモモタロウこと桃井タロウが主役で間違いありませんが、主役を食うほどの存在感は素晴らしい。
男の子向けの「スーパー戦隊」でここまで女性キャラクターが存在感を出しているのは初めてではないでしょうか。
小さい男の子はどう受け取っているのでしょう。
こういうお姉さんは好きそうですけれどね。
最近のスーパー戦隊は脚本がスマートな作品が多い印象があります。
見やすいのは間違い無いのですが、ちょっと物足りない時もあります。
本作を担当しているのは井上敏樹さんで、ベテランだからこその従来からジャンプしたストーリーで毎回意表をつかれます。
はちゃめちゃな展開も「スーパー戦隊」シリーズの面白さでもあるので、そのようなDNAも大事にしていってほしいです。
無茶苦茶やってもストーリーとしては破綻していないのが、さすが大御所な感じです。

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2022年7月29日 (金)

「キングダム2 遥かなる大地へ」最初から最後までクライマックス

嬴政が王座に返り咲いたところで1作目は終わりました。
前作でもアクションは見せ場もたくさんあり、見応えがありましたが、本作はスケールが違います。
2作目で舞台となるのは主に戦場。
というより最初から最後までほぼ戦場です。
嬴政が復帰したとはいえ、まだ不安定さがある秦国へ隣国魏が攻め込み、蛇甘平原で激突しました。
信は一兵卒として参加し、初陣を飾ります。
歩兵対歩兵、または歩兵対戦車隊といった大規模な戦いは前作にはない迫力です。
さすが中国でロケをしただけのことはあると思いましたが、本作の制作はコロナ禍にかかっていたとのこと。
大規模な軍勢同士のぶつかりはリモートで中国で撮影し、役者がアクションする寄りのカットは日本で、とカットごとにどこで撮るかを細かく設計していったそうです。
これはなかなか大変なことだと思いますが、違和感なくつながっていたと思います。
信を演じる山崎賢人さんは相変わらずのフィジカルの強さで、見事な立ち回りを見せてくれましたが、今回は羌瘣を演じる清野菜名さんの美しい動きに魅せられました。
彼女のことはほとんど知らなかったのですが、こんなにアクションができる女優さんがいたんですね。
かなりの逸材だと思いました。
まさに舞踏のような流れる動きの中でのアクションは、豪快な信のスタイルとは対象的でした。
信は大将軍になるという夢を追いかけています。
しかし、大将軍になるにはただ戦いが強いということだけでは難しい。
信は初めての戦いの中で、さまざまな男たちに出会うことにより、それを学んでいきます。
縛虎申は最初はただの非情な部隊長のように見えますが、戦士として決して折れない心を持っており、いかに高い壁であろうとそれを突破しようとする強さを持っています。
あくまでも目的にこだわり抜くという揺るぎなさは上に立つ者に求められます。
最後に一騎打ちで勝負をつける麃公と呉慶ですが、方や戦の匂いを感じ直感で行動する将軍であり、もう一人は膨大な知識をベースに緻密に組み上げられた作戦を実行していくタイプです。
スタイルは違いますが、彼らは局地での戦いではなく、大局を見て行動しています。
信は目の前の戦いばかりを見てしまうきらいがありますが、彼らの戦いを見ることにより、より高い視座を得ることができました。
次回は一転して秦国内部での戦いになる模様。
国と国がぶつかり合う戦闘ではなく、暗殺戦になるのでしょうか。
陽の戦いから陰の戦いへ。
さらに信は進化していくのでしょう。

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2022年7月27日 (水)

「バズ・ライトイヤー」 思っていたよりSF

アンディ少年のお気に入りのおもちゃである、バズ・ライトイヤーのフィギュア。
そのアンディが大好きだったバズの映画がこれ、「バズ・ライトイヤー」です。
・・・むっちゃ、SFじゃないの!
アンディって、小さいくせにかなりのSF好きなのね・・・。
「トイ・ストーリー」のイメージで本作を見にいくと、テイストの違いに戸惑うかもしれません。
古典的ではありますが、本作は「ウラシマ効果」を扱ったSF映画になりますので。
ウラシマ効果とはなんでしょうか。
光速に近いスピードが出せるロケットに乗っている人と、出発した場所の人では時間の進み方が異なり、ロケットに乗っている人の方の時間の進み方が遅くなるので、何年か後に出発地に帰ってくると、出発地では何十年も時間が過ぎていたというような話で説明されます。
これは相対性理論から導き出されます。
これは実際にも観測されていて高速で地球の周りを回っている国際宇宙ステーションの時計は地上と比べるとほんのちょっと遅れるということです。
本作にウラシマ効果が取り入れられたのは「ライトイヤー」という名前からでしょうね。
ライトイヤーは宇宙探査中、ある星で自分のミスで宇宙船を傷つけてしまい、そのため乗組員は故郷に帰れなくなってしまいます。
彼はその責任を感じ、光速に近いスピードで飛ぶことにより得られる特殊な物質(船のエネルギーになる)を得るため、フライトを重ねます。
しかし、先ほど書いたウラシマ効果により、彼以外の人々は彼が帰還するために歳をとり、そして亡くなってしまいます。
それでも彼は飛びます。
彼が負った責任を果たすために。
しかし、人々は次第に彼らが不時着した星を新たな故郷として、生活をし、定着し始めていました。
年月以外にもライトイヤーと他の人々の間では価値観にギャップができてきたのです。
そんな彼らのところに謎のエイリアン、ザークが現れたのです。
<ここからネタバレあり>
ザークこそ、未来のライトイヤーでした。
彼は自らの失敗をないことにし、乗組員を故郷の星に戻れるようにするために、時間を遡ってきたのでした。
彼もまた責任感で行動してきたのだと言えます。
しかし、乗組員の子孫たちは新しい故郷を見出しており、かつての星へ執着はしていません。
責任感という自らのエゴのため、今を生きている人々の幸せを犠牲にできるのか。
ライトイヤーは未来の自分と対決します。
むっちゃS Fですよね。
「トイ・ストーリー」のノリで観にきた方は面食らうに違いありません。
個人的には嫌いなストーリーではなかったのですが、「トイ・ストーリー」的なおもちゃっぽいデザインはちょっと合わないような気もしました。
この辺りのしっくりいかない感じが評価の低さにつながっているのかもしれません。

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2022年7月18日 (月)

「ソー:ラブ&サンダー」トラウマとの対峙

MCUのフェーズ4はそれまでのフェーズに比べると方向性が定まっていないという批判があります。
先般マーベルのプロデューサーが「フェーズ4はインフィニティ・ウォーやエンドゲームの事件から受けたトラウマにキャラクターが向き合うことがテーマ」といった趣旨のことを話していました。
これはとても腑に落ちる内容です。
確かに「ワンダビジョン」「マルチバース・オブ・マッドネス」はワンダがヴィジョンや子供たちを失ったことをどうしても諦めきれないことが起因となっていますし、「ノー・ウェイ・ホーム」も師であるトニー無き後にヒーローとして覚悟を決めるスパイダーマンを描いています。
他にも「ファルコン&ウィンター・ソルジャー」「ブラック・ウィドゥ」なども多かれ少なかれそのテーマが織り込まれています。
そして本作「ソー:ラブ&サンダー」もそのテーマは強く描かれています。
ソーは数々の戦いの中、多くの愛するものを失ってきました。
母、父、そして弟。
そのためいつしか彼は戦いを疎うようになりました。
しかし、神を次々に殺していく”神殺しの”ゴアも登場により否応なく再び戦いにソーは向き合っていきます。
クリスチャン・ベール演じるゴアも愛する娘を神のために失ってしまった男です。
彼は神を殺せる剣を持ち、神々へ復讐を行います(とはいえ、彼の真の目的は他にあることが広範で明らかになります)。
ソーとゴアは共に愛するものを失った者であり、方や戦いを避け、方や戦いを巻き起こす者となった対照的であると言えるかと思います。
まさにタイトルにある愛=ラブが本作の主題であることがわかります。
もう一つの愛が描かれます。
かつてソーの恋人であったジェーンの再登場です。
彼女は成功を収めた学者となりましたが、末期がんとなり余命幾許もないことがわかりました。
しかし、ニューアスガルドにある破壊されたムジョルニアの前に立った時、その力を得て、マイティー・ソーとなったのです。
彼女はムジョルニアを手にしている時はその力により、がんを抑え込み屈強な体となっていますが、手放すと病に侵された状態に戻ってしまいます。
ジェーンは手にした力で人々を救い、そしてソーとともにゴアと戦います。
彼女はそれによって生を実感し、その命尽きるまで懸命に生きようとします。
ソーもそんな彼女の運命を知った時、共に戦うことを選択します。
愛はいつか失われるかもしれない。
それが怖いからといって何も動かないというのは良きことなのか。
ジェーンの生き様を見て、生あるかぎり、懸命に生きて愛していこうとソーは思ったのではないでしょうか。
フェーズ3の後半からこれまでソーは力がありながらもずっと逃げてきていたのかもしれません。
ある意味、彼はヒーローとしてようやく一皮剥けたかもしれません。
<ここからネタバレあり>
ジェーンを演じたナタリー・ポートマンのマイティ・ソーは素晴らしかったです。
美しくかつ、逞しく。
もっと彼女の姿を見ていたかったですが、そうもいかないようです。
ただ一つの慰めは彼女もアスガルドの神々が死後暮らす場所に行ったようなので、いつか再びソーと出会えることになるであるということですね。
ヴィランであるゴアも深いキャラクターでありました。
彼の本当の狙いは神々への復讐ではなく、愛する娘の復活でした。
自分の命と引き換えに復活させた娘がラブとなり、ソーが親として育てていくことになるとは意外な結末でした。
それでタイトルが「ラブ&サンダー」なのですね。
「ソーは戻ってくる」とあったので、次回はこのコンビの作品が見られるということでしょうか。
ラブを演じていた女の子はソー役のクリス・ヘムズワースの実の子供だそうです。
息の合ったコンビになりそうなので、期待したいです。
監督のタイカ・ワイティティの演出の演出のさじ加減も良かったです。
評価が高い「バトルロワイヤル」は初めてのタイカの作品だったので、見ていて戸惑いがありました。
テイストが大きく変わったためです。
しかし、それから彼の他の作品も見る中で、彼独特のテイストが好きになりました。
そのため本作は非常に楽しめました。
彼の作品は現実の過酷な部分と面白おかしいコメディの部分の両方が入っているのが特徴です。
一見合わない要素なのですが、彼の作品はそのバランスが絶妙で、それぞれがぶつかるのではなく、お互いに高め合うような感じがするのですね。
「ジョジョ・ラビット」などはその印象が強かったですが、本作も同じようなテイストを感じました。
タイカは「スター・ウォーズ」の映画も企画しているとのこと。
「スター・ウォーズ」はディズニー配信も含め、色々作られていますが、MCUのようなエネルギーを個人的に感じられていません。
お約束ごとが多い中で、こじんまりしているようにも感じます。
タイカであればそのようなお約束ごとを蹴散らしてくれるような気がします。

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2022年7月16日 (土)

「エルヴィス」 境界線上に立つ

「ボヘミアン・ラプソディ」など最近アーティストを主人公とした作品がコンスタントに公開されています。
本作もその一つで、タイトルの通り伝説のロックスター、エルヴィス・プレスリーを主人公とした作品です。
これらの作品は割とストーリーの流れは似通っているところもあります。
才能のある若いアーティストが見出され、世間に衝撃を持って受け入れられて一気にスターダムにのしあがるものの、その後はさまざまなスキャンダル(金や薬やその他諸々)に見舞われ我を見失うが、彼はその困難の中で自分の本質をもう一度再発見するといった流れです。
やはり伝説となるスターは才能だけでなく、そのような波瀾万丈な人生があるからこそ伝説となるわけで、似通った展開となるのは致し方ないところなのかもしれません。
本作を見ていて、もう一つこのようなトップスターとなる人間にはもう一つの特徴があるようにも思いました。
エルヴィスは白人でありながらも幼い頃は貧しかったため、貧しい黒人との交流が多かったようです。
その中で彼は黒人の音楽性に触れ、それを我が身に取り込みました。
彼の音楽はカントリーと黒人音楽のミックスと言われていますが、白人と黒人の境界線に彼は立っており、それだからこそ異なる文化が化学反応を起こし新しい音楽を生み出すことができたのではないかと感じました。
この二つの世界の間に存在しているということが世間にインパクトを与えることができたアーティストの特徴なのではないかと思います。
「ボヘミアン・ラプソディ」で描かれたフレディ・マーキュリーはゲイであり、男と女の境界線上に立っていると言えるような気がします。
この境界線上にいるということは両方に属しているとも言えますが、両方に属していないとも言えます。
だからこそそこには葛藤があり、その人物は不安定さを持つことになると思います。
このような映画で描かれるアーティストは心理的に不安定であり、攻撃的にもなれば臆病にもなるのです。
大概このようなアーティストの不安定さにつけ込む人物が登場しますが、本作の場合はトム・ハンクス演じるパーカー大佐になります。
境界線上に立つことにより、他の人が持ち得ない新しい感性で新しいものを生み出すことはできるものの、その代償として誰にも理解されない孤独感、不安定さを持つのが、このような時代を作るアーティストの特徴なのかもしれません。
エルヴィスを演じたオースティン・バトラーは素晴らしかったです。
若き日から、晩年までを演じきり、見ている側としてはエルヴィスにしか見えませんでした。

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2022年7月11日 (月)

「鋼の錬金術師 完結編 最後の錬成」 情報量が多く、忙しい

「鋼の錬金術師」実写版の最終作「最後の錬成」です。
一作目、そして完結編の全編「復讐者スカー」までは私は世間よりは高めの評価をしていましたが、今回に関しては低くなるかと思います。
壮大な物語を収斂させなくてはいけないということはわかるものの、あまりに登場人物が多いため、それぞれの掘り下げも出来なかったように思いました。
エドの師匠であるイズミも本作冒頭で登場しますが(原作ではもっと早めのタイミングで登場していたはず)、人柱の人数合わせ的なようにも思えました。
彼女自身もエドに匹敵するほどの過酷な過去がありますが、割とあっさりだったのは残念なところです。
事前の情報で再現度が高いと評判であった栗山千明さん演じるアームストロング少将も少々もったいない。
全体的にかなり急いで原作の後半をこの作品だけで描こうとしたように感じられ、魅力的なキャラクターが中途半端な描写で終わってしまった印象が強いです。
ただ再現度の高さだけでキャラクターが語られてしまいそうで残念な感じがしたのです。
リンも勿体なかった。
完結編の前編はスカーのエピソードにかなりフォーカスしていたのでキャラクターも掘り下げられていて、見やすかったですし、感情移入もしやすかったですが、それに対して後編は非常に情報量も多く、ジェットコースター的なストーリーに振り回されている印象がありました。
前編、後編の情報のボリュームのバランスが悪かったように思います。
ほんとは完結編3部作ぐらいにしていた方が良かったのではないかと思いました。

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2022年7月10日 (日)

「ザ・ロストシティ」 80年代の懐かしさを感じる

懐かしい香りのする作品でした。
80年代「レイダース」以降、「ロマンシング・ストーン」など秘宝探検アドベンチャーのジャンルが多く作られましたが、その当時の感覚が蘇ります。
そのジャンルの中でひとつ大きな特徴であったのが、主人公男女の間のロマンティックコメディ的な要素でした。
「インディ」シリーズの中でも特に「魔宮の伝説」でのインディとウィリーのやりとりもそうでしたし、「ロマンシング・ストーン」などは全編コメディの要素が強かったと思います。
本作では女性が主人公で男性(見栄えがいいだけのモデル)が添え物的な扱いなのが現代的ではありますが、基本的には80年代のアドベンチャーコメディの要素が色濃く出ていると思います。
その主人公ロレッタを演じるのがサンドラ・ブロック。
サンドラ・ブロックが一般的に名前が売れたのはキアヌ・リーブスと一緒に出演した「スピード」ですが、その中で彼女が演じたアニーもコケティッシュな魅力があったキャラクターでした。
そのためかサンドラはシリアスよりもコケティッシュでチャーミングな女性がマッチするイメージが強いです。
ですので、本作のようなキャラクターは彼女にベストマッチだと思います。
それもそのはずで本作のプロデューサーに彼女も名を連ねていますので、自身でも自分の強みを理解してこの作品を作ったのだと思われます。
作品としては冒頭に書いた通り、80年代のアドベンチャーコメディの懐かしさは味わえたものの、そのせいか特段に目を引くようなところもないというのが正直なところです。
ブラッド・ピットが非常に勿体無い使われ方をしているのが、面白かったですけれどね!
今度日本で公開されるブラッド・ピット主演の「ブレット・トレイン」にサンドラ・ブロックが出演しているので、その縁で出たということらしいです。

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2022年6月23日 (木)

「峠 最後のサムライ」古臭い価値観

母親が時代劇が好きで、子供の頃からよく見ていたせいか、このジャンルのものは嫌いじゃない。
特に幕末期は時代が変わろうとする時であり、さまざまなドラマのある作品が作られてきていて、魅力的であると思う。
古来より続く日本人的な価値観、進歩的で自由な価値観、どちらが正しいということではなく、その両方が今の日本人のベースになっているようにも感じる。
だから幕末期は倒幕派、佐幕派のどちらの立場に立っても共感できるドラマを感じることができる。
本作の主人公河井継之助は幕府譜代の長岡藩の家老である。
彼は戊辰戦争において新政府軍と戦い、結果敗れ、その時に負った怪我のために死ぬ。
義のために戦い死ぬ、というサムライらしい生き様をした人物として描かれている。
が、私が映画で描かれているこの人物を見たときに感じた印象は「古くさい」であった。
映画そのものもオーソドックスな時代劇であり、別段何か優れているものがあったという感じがなかったということもひとつかもしれないが、この主人公にあまり共感することがなかったのだ。
個人的には昔気質の日本人にある、義に生きるという価値観は嫌いじゃない。
そのようなドラマを見て、グッとくることも多々ある。
しかし、本作についてはそうは思わなかったのだ。
まず、彼は最初は迫ってくる新政府軍を前にし、長岡藩はスイスのような中立的な立場をとるという判断をする。
しかし、天下がひっくり返ろうとしている時に、そのようなことを新政府軍が認めるわけがない。
継之助は西洋の制度にも明るく新しいことを取り入れる人物のようだが、あまり状況が読みきれていないようにも思える。
政府軍との交渉はうまくいかず、結果的に長岡藩は新政府軍と戦闘に入る。
その時も継之助は可愛がっていた宿の娘に「勝てはしないが負けもしない」と言うが、結果敗退をしてしまう。
長岡軍は会津へ向かい、長岡は西軍に蹂躙される。
継之助は理想を持ち、義を大事として、戦うものの、先読みができているとは言えず、そのため藩民は苦難を味わう。
本人はいいかもしれない。
理想を追い、正義を貫き、死ぬのだから。
本望かもしれない。
しかし、それについていった者たちは・・・。
ある意味、自分勝手といってもいいだろう。
夫(もしくは上司)は我を通して、妻(部下)は黙ってそれに付き従う。
あまりに古臭い価値観で辟易としてしまったのが、正直なところ。
見にいった劇場の観客の方々もかなり高齢者の方が多く、見終わった時にそこに納得してしまったりもしたものである。

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