2021年2月22日 (月)

「ファーストラヴ」親とはどうあるべきか

ざわざわとする気持ちを抱きながら、この映画を最後まで見ていました。
予告を見た時の印象では、サイコスリラーのようなものかと思っていましたが、そういう映画的な設定ではなく、もっとリアリティがあるテーマであると感じました。
無論親が人が殺すということ自体は一般的なものではないのですが、親が子にどのように接していくべきかという点では、全ての親への問題提起であるように思いました。
犯人である環菜は、なぜ自分が父親を殺してしまったかがわかりません。
公認心理士である主人公由紀は、そこに彼女が子供の頃に負った心の傷があることを突き止めていきます。
そしてそれは自分自身のトラウマとも向き合っていくことになりました。
環菜の父親は子供を支配する親でした。
そして母親は子供の言うことに耳を貸さない親でした。
少女の環菜は自分の本当の気持ちを誰にも話すことができず、助けを求めることができませんでした。
自分も4歳の娘がいるのですが、人を育てるということを日頃より悩みながら楽しみながら行っています。
言うことを聞いてくれない時もありますから、時々は苛立って叱ったりもします。
ただ意識しているのは、4歳にもなると赤ん坊ではなく人としての自我は十分になるので、一人前として扱ってやること。
何を思っているのか、どうしたいのか聞いてあげるようにしたいと思っています。
聞いてみると4歳なりにしっかりと考えていたりするのですよね。
そのような思いは大事にしてやりたいと思います。
これから大きくなっていく中で、もっと自我が強くなり、親と意見が合わないことも多くなってくるのでしょう。
それでも親は子供のことをちゃんと聞き、大きく包んであげていかなくてはいけないのですよね。
この映画に登場する環菜の親や由紀の父親を見て、その時の子供たちの気持ちを想像すると、胸が苦しくなってきます。
やはり子供は親が救ってあげなくてはいけません。
子供を追い込んでしまう親ばかりが登場してきますが、その中で唯一理想的な親像であるのが、我聞です。
彼は由紀の夫ではありますが、彼女にとっては父親のようなものでもあるのかもしれません。
彼女の全てを受け入れ、彼女を包み込んであげる。
親というものはこうありたいものです。

| | コメント (0)

「新解釈・三國志」 ・・・退屈

昨年末から公開していましたが、ようやく見てきました。
福田雄一監督の作品は何本か見てはいますが、正直言ってどれもあまり面白いと思ったことがなく・・・。
どうも笑いのセンスが合わないようです。
とは言いつつも、「三国志」の方は大好きで小説や映画など三國志ものは何度も読んだり見たりしてきました。
その三国志がどのようにコメディとして料理されているか、が興味はあったので、迷いつつも劇場に足を運んだわけです。
その結果ですが、やっぱり福田監督作品は自分には合わない・・・。
映画を見ると面白いなり、つまらないなり、何か作品について語りたくなるものですが、そういう気持ちが湧かなかったのです。
一言で表現すると「退屈だ」ということでしょうか。
映画を見ながら、寝そうになることはこのところありませんでしたが、本作ではしばしば意識が飛びそうになりました。
大泉洋さん演じる劉備玄徳も、ムロツヨシさんの諸葛孔明も、彼らのバラエティのようなノリのキャラとなっていて、言っちゃなんですが、薄っぺらい。
繰り出されるギャグも軽すぎて笑えません。
いや、こういうのが好きな人もいるのかもしれませんが、私にとってはツボではなかったです。
どうも本当に書く気がしない。
短めですが、終了です。
もう福田監督の映画は見に行かないだろうなあ。

| | コメント (0)

2021年2月13日 (土)

「スパイの妻 劇場版」 夫の正体は

第77回ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した「スパイの妻」を遅ればせながら、見に行ってきました。
軍の活動を巡るサスペンス劇、男女の愛情を描く恋愛もの、太平洋戦争を描く歴史ドラマという様々な要素を持ち、その要素全てで満足させ、さらにはそれらをバランスさせて成立させている作品でした。
確かに賞を取るのもわかります。
私が見ていて、惹かれたのは高橋一生さん演じる福原優作というキャラクターです。
彼は貿易商であり、戦時下に置いて次第に厳しい締め付けが厳しくなっている状況においてもコスモポリタンを自認して活動をしています。
物語が始まったあたりでは、彼は理想を持っているながらも、社会の状況に合わせうまく立ち回っている人物のように見えました。
しかし、彼と甥が満州で軍が人体実験をしているという秘密を知ってしまった後は、今まで通りの貿易商という仮面を被りつつ、軍の悪事を明らかにしようと画策をします。
戦争は止まらない、しかしアメリカに参戦させることにより戦争を収束させることはできるのではないか。
アメリカに参戦させるきっかけに彼が持っている証拠が役立つのではないかと。
彼は国際派らしい人権主義の価値観で、軍の行いが許せなかったのです。
彼は心に怒りを持ちつつも、冷徹さを持って着々と準備を続けます。
ここで見えてくるのは、それまでの彼にはなかった冷たいまでの冷静さです。
その冷たさは元々彼が持っていたものなのか。
それとも満州での体験により、彼の中で芽生えたものなのか。
妻・聡子も自分が愛してきたそれまでの夫が変わっていくように感じました。
聡明な聡子が夫の秘密を明らかにした後、優作は妻も仲間とし、彼の計画を実行しようと進めます。
聡子はようやく再び夫が心を開き、自分を必要としてくれたと感じました。
そしてアメリカに旅立つ最後まで、そう思っていたのです。
しかし、密航しようした聡子は誰かの密告により、当局に拘束されてしまいます。
この密告をしたのは優作であったと思われます。
彼は妻を囮にし、当局が彼女に注目をした隙をついて国外に脱出したのです。
この行為にも彼が持つ冷徹さが現れていると思います。
結局聡子は精神病院に収監され、そこで戦争末期のアメリカ軍による空襲に巻き込まれます。
そこで彼女が見た光景は、焼き払われた街で苦しむ人々の姿でした。
それは優作が持っていった証拠によって引き起こされたのかもしれません。
彼は日本軍が人々の命を弄んだことに対する怒りで行動した。
しかし、その行動により、無垢な人々が大量に死に、苦しむこととなった。
それが本当にしたかったことなのか。
人権主義という理想を実現するために、行動した結果、引き起こされたこのことを優作はどう見ているのか。
この冷徹さは彼の中に元々あったものなのか。
彼は何者であるのか。
焼け野原となった神戸を見て、聡子は彼女の夫がわからなくなったのでしょう。
海岸を彷徨う彼女の姿からそう感じました。
彼女は数年後アメリカに渡ったとありました。
聡子は彼女の夫が本当はどのような人間であったのか、確かめずには居れなかったのかもしれません。

| | コメント (0)

2021年2月 5日 (金)

「ヤクザと家族 The Family」 親子って何だろう?

親子って何だろう?
家族って何だろう?
自分にも娘がいて、理屈を越えて彼女のことを愛しいと思う。
それは血が繋がっているから?
血が繋がっていても、昨今は虐待という悲劇もよく聞くし、子が親を憎むという話も耳にする。
子は親を選べないと言われる。
ヤクザの世界では親子の契りというものがある。
元は他人同士ではあるが、親子の絆をお互いに結び合うのだ。
本作の主人公山本は父親を覚醒剤で亡くす。
しかし、山本自身はその親をクソ野郎と呼ぶ。
そして彼は自分を拾ってくれたヤクザの組長である柴崎と親子の契りを結ぶ。
柴崎は本当の息子のように山本を気遣い、山本を柴崎を慕う。
本当の親子以上に。
親子というのは血の繋がりではなく、互いが相手をどれほどに思っているのかということなのか。
けれどもそうとも言い切れない。
山本は刑期を終えて出所した時に、自分に娘がいたことを知る。
彼はヤクザをやめた後、愛した女性と娘と一緒に暮らすようになる。
その時間違いなく山本は娘のことを愛おしく思った。
これは理屈抜きに湧き上がる血の繋がりによる愛情なのだろう。
山本が子供の頃から可愛がってきた翼は親のことは知らないが、その親を殺した人物を知る。
翼は親のことは覚えてはいないが、親の仇を討とうと相手を襲撃しようとする。
これも血の繋がりによる愛情だろうか。
そもそも山本も親の仇であるクスリの売人を半殺しにしていた。
親子って何だろう?
血の繋がり?
それとも互いの想い?
どれが正解なのかなどないのだろう。
確かに血が繋がっていようとなかろうと、親子、家族の間には何か特別な絆がある。
親、子という役割というのではなく、この人間でなくてはならないという特別な何か。
他の誰かには代えられない絆。
かけがえのない絆。
それを感じられる関係が親子であり、家族なのかもしれない。

| | コメント (0)

「おとなの事情 スマホをのぞいたら」 日本人の感覚に合うのかな?

とある晩に旧知の7人の男女が集う。
彼らは3組の夫婦と一人の独身男性。
ふとしたことから、彼らは自分のスマートフォンをテーブルの上に置き、受信した電話やメール、SNSを見せ合うことになる。
受信するたびに明らかになる秘密や嘘、沸き起こるお互いへの不信・・・。
ワンシチュエーションドラマはかなり好きなジャンルです。
脚本が良くなければ成り立ちませんし、俳優の演技にも巧みさが求められます。
原作はイタリアで作られた同名の映画で、この作品はそのリメイクとなります(私は未見ですが)。
原作は世界各国でリメイクされているということで、最も多くリメイクされた映画としてギネスにも載っているとか。
ワンシュチュエーションドラマでは次々に明らかになっていく事実から、元々描かれていた人物像が次第に変容していく様が見応えのあるところです。
本作でもそこが見どころではあるのですが、明らかになる真実がいただけません。
不倫、浮気、性的嗜好など人が隠したくなるような赤裸々な事実。
こういう人の秘密を知りたいという人もいるのかもしれないですが、私はあまりそういうことは知りたいとは思いません。
ですので、そういう隠し事が明らかになっていく様子は見ていてちょっと不快であったのです。
原作映画はイタリアの映画ということで、そのような性的なことには寛容なのかもしれないのですが、日本においてはどうでしょうね・・・?
最後は綺麗にまとめてはいましたが、実際の人々であればお互いに心に蟠りが残らないわけがないとも思ってしまいます。
正直、許せないという気持ちになるかなと私は思いました。
その辺の感じ方のずれがこの作品に対して、好きになりきれないことにつながったのかもしれません。

| | コメント (0)

2021年2月 3日 (水)

「劇場版 美少女戦士セーラームーン Eternal 前編」 セーラームーン初体験

誰もが知っている「美少女戦士セーラームーン」ですが、しっかり見るのはこれが初めて。
なぜ見に行ったかというと・・・。
4歳になる娘が「プリキュア」にどハマりで、ネットフリックスやアマゾンプライムで過去作まで遡って見ていまして、それらの原点とも言える「セーラームーン」まで手を出し始めているのです。
その「セーラームーン」の映画をやることを聞きつけた娘がぜひ行きたいということで、そのお供でありました。
アニメの「セーラームーン」は初めてではありますが、実は東映が制作した実写版の「セーラームーン」(まだ無名だった北川景子や泉里香など錚々たるメンバーが出演している伝説の特撮)は見ていまして、主なキャラクターは知っていたので、ついていけるかなと。
まず見て感じたのは思っていたより恋愛要素が強いのね、ということですね。
元々少女漫画ですものね。
娘に付き合って「プリキュア」を散々見ているのですが、あちらは中学生設定ですが、あまり恋愛要素はありません。
「セーラームーン」も中学生くらいの設定(本作は高校生になったところ)ですが、結構大人っぽい。
恋愛要素の強い少女漫画は苦手なので、個人的にはあまりグッとくるところはありませんでした。
今回登場する敵は、うさぎ以外のセーラー戦士の心を惑わし、戦士としての力を削ごうとします。
セーラーマーキュリーこと亜美ら戦士たちはそれぞれその惑いを跳ね返すわけですが、この辺りのエピソードの積み重ねが少々たるい。
テレビシリーズで一話ずつ各戦士の戦いを描いていくのであれば良かったと思いますが、映画というフォーマットには向かなかったかもしれません。
うちの娘もこの辺りは退屈していたようです。
まだ恋愛のなんたるかもわかっていないので、恋愛要素にも娘的にはあまり気持ちは惹かれなかったようですね。
断然「プリキュア」の方が食いつきが良いです。
後編はどうしようかな・・・?
娘が行きたいといえば行ってみると思います。
劇場に行ってみると、小さな子たちもいましたが、大きなおともだち(お姉さん)も結構いましたね。
やはり子供の頃見ていて好きだったという方たちでしょうか。
私も子供の頃好きだったものが今でも好きなので、その気持ちわかります。
 
「月にかわっておしおきよ!」はさすがに私でも知っていましたが、他の戦士にも決め台詞があったとは知りませんでした。
その中でも気に入ったのはセーラーマーキュリーの「水でもかぶって反省しなさい!」です。
これは娘も気に入って、しばらく私らの間でプチブームとなりました(笑)。

| | コメント (0)

2021年1月 4日 (月)

「劇場版「鬼滅の刃」無限列車編」 負けない強さ

遅まきながら劇場版「鬼滅の刃」を見に行ってきました。
昨年のブーム真っ只中の時は完全に出遅れていたのです。
その時は幼稚園生の娘が「禰󠄀豆子!」とか「炭治郎!」とか言っていて、「家で見せていないのになぜ知っている?」と驚いていたのですよね。
彼女たちが幼稚園で話題にするくらい流行っているのかと。
少々ひねくれているところもある私は流行っていると、いいやと思ってしまうところもあり、ずっとスルーをしていたのですが、年末に会社の社長との来年度以降の打ち合わせの時に「こんな時代に『鬼滅の刃』が流行っている理由を考えた方が良い」というような趣旨の発言をされて、これまた驚いたわけです。
幼稚園生から社長まで魅了する「鬼滅の刃」、押さえない訳にはいかないと。
ということで冬休みに入ってから幼稚園生の娘と「鬼滅の刃」を一気見、そして年始早々劇場版に足を運んだというわけです。
 
こんな時代に「鬼滅の刃」が流行っている訳。
社長から出されたお題は色々な人が論じています。
炭治郎が置かれた状況は客観的に見てとても苦しい状況で、それをコロナ禍における辛さに人々が重ね合わせたという説もありました。
それは確かにそうだと思います。
ただそれだけではなく、そういう辛い状況への炭治郎の対し方に共感が湧いたのだと考えます。
炭治郎は決して強いわけではありません。
そして家族を守りきれなかったという後悔を常に持ち続けています。
そして全ての人に対して等しく(鬼でさえも)尊重する思いを持っています。
今回の映画の中で炭治郎の深層心理の情景は冴え渡る一面の青空でしたが、まさに彼には影がない。
彼が戦う鬼は自分のために人を食う。
コロナ禍において、社会がギスギスとしていることを感じていた方も多かったと思います。
年配者は若者を酷く言い、若者は年配者を悪く言う。
自粛警察といった正義感を振りかざす人たちもいました。
ネットでの誹謗中傷も多かったと思います。
これら悪意はまさに鬼のように、感染して拡大していきます。
そのような悪意が蔓延していく状況の中で炭治郎という少年の生き様は希望のように感じたのかもしれません。
彼は鬼にすら同情をする。
鬼が背負ってきた悲しみを感じることができる。
計算高いわけではなく、大きく広く、悲しみや辛さをありのままに受け止めることができる。
彼は柱ほど強くはない。
鬼に叩きのめされることもある。
彼自身も己の不甲斐なさを自覚している。
けれども決して弱いわけではない。
彼は負けないのだ。
劇場版でも彼の凄まじい強さを感じさせる場面がある。
今回劇場版に登場する鬼は相手に幸せな夢を見せ、夢に留まらせる力を持つ。
その夢から脱出するには夢の中で自刃するしかない。
炭治郎はそれに気づく。
目覚めても鬼は炭治郎に何度も術をかける。
その度ごとに炭治郎は何度も夢の中で自刃をするのだ!
夢の中とはいえ、自分に刃を向けることは大変な苦痛だろう。
しかし彼は人々を救うために何度でもそれを行う。
彼は一撃で鬼を滅する圧倒的な強さを持っているわけではない。
彼が持っているのは決して負けないという強さなのだ。
コロナ禍において精神的に追い込まれることがあった人も多かったと思います。
そんな中で炭治郎の負けない強さというのは、一つの支えになったのかもしれませんね。
 
強いと言えば今回劇場版の最後に圧巻の戦いをした炎柱の煉獄杏寿郎です。
彼は実力的にも鬼殺隊随一の剣士ですが、上弦の鬼である猗窩座
と死闘を繰り広げ敗れます。
猗窩座は煉獄の力を認め、鬼になるよう勧めますが(まるで「魔界転生」のようだ!)、彼はそれを拒否します。
彼は幼い頃より類稀なる実力を持った人間の責任として、人を救うために生きてきた。
だからこそ己の業のために生き人を害する存在になるよりは、人を守って死んでいくことを選んだ。
そしてその意思を後身に伝えようとした。
まさに天晴れな生き様であり、炭治郎とは違う圧倒的な強さを見せてくれました。
4歳娘はこの場面で泣いていましたね。
彼女が映画を見て泣くというを見たのも初めてでした。
「なんで泣いたの?」と聞いたら「悔しかったから」と言っていました。
「あの鬼は逃げてずるい」と。
確かにその通り。
上弦とはいえ、結局は己の身を大事にし、戦いを捨て彼は逃げた。
煉獄は己を犠牲にしても戦いから逃げなかったわけです。
 
あと「鬼滅の刃」がヒットした理由として、家族愛をあげる方もいます。
周囲の女性に聞くとこの意見は多かったように思いました。
劇場版においてそれを強く感じた場面が一つあり、とても印象的でありました。
炭治郎に鬼が夢を見せますが、次第により過酷な夢を見せようとします。
愛する家族が炭治郎を責め、傷つけようとする言葉を投げつけます。
それによって鬼は炭治郎の心を壊そうとしたのでしょう。
しかし、炭治郎はかえってそれが夢であることを見破ります。
彼は「バカにするな!俺の家族はそんなことを言うわけがない!」と言います。
そう、彼は彼の家族を心の底から信じているのです。
それには惑いとようなものは一片たりともない。
彼がどれだけ家族を思い、信じているかを伺わせるセリフであったと思います。
鬼たちの絆は全て恐怖によってなされているもの。
そうではない絆が炭治郎にはあるということですね。
 
アニメで描かれているのはまだまだ漫画では序盤とのこと。
今後の展開を楽しみに待ちたいと思います。

| | コメント (0)

「燃えよデブゴン/TOKYO MISSION」 80年代カンフー映画へのオマージュたっぷり

2021年最初の映画鑑賞はこちら「燃えよデブゴン/TOKYO MISSION」です。
「燃えよデブゴン」とありますが、サモハン・キン・ポーではなくドニー・イェンが主演です。
とはいえドニー自身はおデブではないので、特殊メイクでおデブとなって悪党と戦います。
最近はカンフー映画というジャンル自体が衰退している感がありますが、その中でもドニーはブルース・リーを思わせる卓越した技で様々な映画でアクションを披露してきました。
最後のカンフーマスターという感じがしますね。
80年代はジャッキー・チェンを始め、サモハン・キン・ポーやユン・ピョウなどカンフースターが登場し、一大ブームを巻き起こしました。
その頃10代であった私もかなりハマって見ていましたね。
本作「燃えよデブゴン/TOKYO MISSION」はその頃のカンフー映画へのオマージュに溢れた作品となっています。
監督は日本人の谷垣健治監督で「るろうに剣心」のアクション監督としてよく知られています。
元々谷垣監督は倉田プロで香港でアクションをしていたこともあり、カンフー映画に対する造詣は非常に深い。
80年ごろのカンフー映画はスターたちの卓越した技量もさることながら、様々なシュチュエーションでのアイデアあふれるアクションが見せ所でした。
「プロジェクトA」や「ポリス・ストーリー」などジャッキーの最盛期の映画などはまさしくこれでした。
本作もその流れを汲み、ドニーは新宿の歌舞伎町や最後には東京タワーでの見事なアクションを見せてくれます。
惚れ惚れしますね。
アクションシーンを撮っている場所は実際の場所ではなく、セットの様です。
新宿繁華街のセットは大規模でかなり作り込みがされていました。
そこを縦横無尽におデブのドニーが飛び回り、悪党を倒していく。
昔のカンフー映画にはそういう爽快感がありました。
今は世の中が鬱屈している感じがありますので、こういう時こそ何も難しいこと考えずに楽しめるカンフー映画というのもいいものだと思います。
あぁ、ジャッキーの映画が見たくなってきました。

| | コメント (0)

2020年12月31日 (木)

2020年を振り返って<映画>

さて本日は2020年の大晦日。
色々あった今年ですが、映画に関してはコロナの影響を受け、大幅に劇場での公開作品数が減少しました。
特に非常事態宣言下では映画館そのものが閉まっていましたので、私の今年の鑑賞数も37本と大幅に減りました(昨年対比65%)。
ですので2020年のベスト10についてはどうしようかと迷いましたが、恒例行事なので今年もやりたいと思います。

では今年のベスト10の発表です。

「TENET テネット」
「浅田家!」
「ステップ」
「初恋」
「ミセス・ノイズィ」
「罪の声」
「ジョジョ・ラビット」
「1917 命をかけた伝令」
「水曜日が消えた」
劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME」

1.「TENET テネット」
 こちらはダントツで1位ですね。
 今年鑑賞した作品で唯一2回劇場に足を運んだ作品です。
 トリッキーなでかつて見たことのない映像を体験させてくれることはもちろんですが、細部まで非常に考えて練り上げられた脚本が素晴らしい。
 一度見ただけでは理解できず、2度3度と見たくなる作品ですね。
 劇場で見ることの意義を感じさせてくれる作品でした。
2.「浅田家!」
 今年は家族ということの大切さを考えさせられた年でした。
 数年前と異なり、自分自身も幼い子供も育てている身なので、家族の大切さを親身に感じる様になりました。
 ですので、本作のような家族をテーマとした作品には非常に弱い。
 二宮さんが写真を撮るところで涙を流すシーンがあるのですが、あそこでは私は号泣をしていました・・・。
3.「ステップ」
 こちらも家族のお話ですね。
 これは子育てをまさにテーマにしているので、まさに自分自身で色々感じるところがありました。
 特に今年は在宅勤務が主となったため、日常より子供と接し、お世話をすることが多くなりました。
 子供の成長を直に見れる喜びと、様々な苦労を味わうこととなり、主人公にとても共感しました。
4.「初恋」
 三上崇史監督は好きなのですが、近年の作品は振るわない印象がありました。
 しかし、本作は彼本来の良さがしっかりと出ていた作品であったと思います。
 バイオレンスの印象が強い監督ですが、実はロマンチックであるということもわかります。
5.「ミセス・ノイズィ」
 近隣トラブルを題材としながらも、現代社会の抱える問題なども内包した作りとなっていて、考えさせられる作品でした。
 脚本もとても巧みだったと思います。
6.「罪の声」
 こちらも脚本が良かった。
 大人のエゴにより翻弄される子供たちが悲しかったです。
 「ミセス・ノイズィ」で主演をしていた篠原ゆき子さんはこちらにも出演されていました。
7.「ジョジョ・ラビット」
 寓話的ではありましたが、信じ込まさせられることの恐ろしさを感じさせてくれる作品です。
 今年はこのような思考停止に関わるテーマの作品も多かったような印象です。
 タイカ・ワイティティ
監督らしいユーモアのあるテイストも好き。
8.「1917 命をかけた伝令」
 こちらは全編長回しのように見える映像に大変驚きました。
 まさに戦場に同行しているような気分になります。
 どうやって撮っているのか考えるのも面白かったです。
9.「水曜日が消えた」
 この作品も脚本が良かったですね。
 こういうミステリーサスペンスは脚本の良し悪しでできが全く違ってしまいます。
 今年見た作品でダメだったものはとことん脚本がダメだったなあ。
10.劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME」
 いつもだったら「仮面ライダー」入れないのですが。
 夏の公開が見送られ満を辞しての年末公開でクオリティも高かったです。
 新鋭の杉原監督の切れ味のある映像が良かったですし、脚本もよく、敵の設定も今日的で新しかったと思いました。

さて最後にワーストの3作品です。

「サイレント・トーキョー」  脚本が致命的に良くないです。
 先ほどこの手の作品は脚本の出来で良し悪しが決まると書きましたが、こちらは悪史の方ですね。
 出演陣が豪華なだけにもったいない。
「キャッツ」
 登場人物の紹介が延々と続く退屈な構成でした。
 有名な歌のところは盛り上がりますが、それだけ。
「ミッドウェイ」
 派手なだけで人物の掘り下げが浅いです。
 エメリッヒらしいと言えばらしいですが・・・。

来年はもっと映画を見れる環境になっていますかね・・・。
皆様良いお年をお迎えください。

 

| | コメント (0)

「約束のネバーランド」 行ってらっしゃい

2020年大晦日、浜辺美波さん主演の「約束のネバーランド」を見に行ってきました。
本作は少年ジャンプで連載していた人気漫画の実写化作品ということですが、いつもの通り原作は未読です(笑)。
ですので、キャラの再現性は原作ファンから色々意見はある様ですが、私はあまり気にはなりませんでした。
どちらかというと核となる3人の設定が15歳ということだったのですが、この3人がどうしても同じ年齢には見えなかったところにしばらく違和感を感じていました。
浜辺さん、板垣くんは実年齢よりも若く見えるのでなんとか15歳に見ようと思えば見えたのですが、レイ役の城くんはもう少し幼く見えてしまったのですよね。
もう少し大人っぽい子でも良かったかもしれません。
浜辺さんの演技力は申し分なしで、板垣くんは「ジオウ」のウール役で知っていましたが、本作での演技は一皮剥けた感があり、とても上手いなと思いました。
原作未読のため先の展開はわからない中での鑑賞であったぶん、とてもハラハラしながら見れました。
3人の少年少女はとても知能レベルが高いという設定で、そして彼らを管理するイザベラも非常に頭が良い。
彼らが仲間を含めて欺きながら、脱出を計画しようとし、また阻止しようとするやりとりは少年漫画原作とは思えない、緻密な構成となっていたと思います。
最近の少年漫画はレベルが高いですね。
昨日書いた「えんとつ町のプペル」もそうでしたが、本作も与えられた価値観への反逆というお話ですね。
さらにはこれは子供がいつか親元を離れ、自分の生き方を決めていくということを描いています。
原作では最後のシーンにはイザベラは間に合っていなかった様ですが、本作での彼女の「行ってらっしゃい」は印象的でした。
彼女は彼女なりに子供たちの幸せは願っていた。
世の中の仕組みは変えられない中で、生ある限りは幸せに過ごさせてやりたい。
歪んではいますが、彼女なりの子供たちへの愛情であったのでしょう。
彼女は恐ろしい世界から彼らの幸せを守っているという気持ちであったのかもしれません。
けれどそれは彼女の価値観であり、そこから子供たちは自分の価値観で飛び立とうとします。
それはなかなか彼女にとっては受け入れ難いこと。
けれども親はいつだってそれを最後には受け入れなくてはいけない。
それが最後の「行ってらっしゃい」という言葉にあらわれているように思いました。
私にも幼い娘がいますが、やはり色々心配してしまって「危ないから・・・してはだめ」と言ってしまいがちです。
ですが、彼女もいつかそれを振り解いて旅立つ時がくるのでしょう。
自分は素直に「行ってらっしゃい」と言えるかな。

| | コメント (0)

«「映画 えんとつ町のプペル」 同調圧力