2021年6月17日 (木)

「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」 内包する矛盾

コロナのため度重なる公開延期の憂き目にあった「閃光のハサウェイ」ですが、ようやく公開されました。
「逆襲のシャア」以降の宇宙世紀の歴史を描いていこうとする「UC NexT 0100」プロジェクトの一つです。
タイトルのハサウェイはあのブライト・ノアの息子である主人公の名です。
彼は多感な13歳の時に初恋の人の死、また自ら手をかけて人を殺めるという経験をしました。
またアムロとシャアという先駆的なニュータイプ同士の戦いも間近で見ました。
彼は二人の遺産を継ぐ存在となったのです。
アムロからは「ガンダム」を、シャアからは「地球の保全」という意志を。
これはハサウェイの中に二つの対立する要素を内包することになったのだと思います。
本作の中でもハサウェイは地球環境を守るためにテロすら厭わないという意志を持ちつつも、目の前で苦しむ人を救いたいという気持ちの間で揺れ動きます。
本作ではモビルスーツ戦の視点が今までと違う印象を受けました。
後半、市街地での戦闘が描かれますが、視点が地上の人からの視点であることが多いのです。
通常、このようなモビルスーツ同士の戦いの視点はパイロット視点であったり、客観視点であるわけですが、それとは違う。
モビルスーツが人間よりも非常に大きな兵器であり、それが街を破壊し、人々を追いやることが今まで以上に感じられ流のです。
その視点の多くはハサウェイからのものでもあります。
彼はこの戦闘の仕掛け人でありながらも、それを被害者の目線で見ているわけですね。
矛盾のある視点なのす。
目の前で人が苦しむのはそもそも彼らのテロが原因であり、この矛盾を彼は内包しているのです。
この物語がどのように展開していくのかは原作を読んでいないので知らないのですが、彼が内包する矛盾が彼を追いやっていくような予感があります。
本作に登場するΞガンダム、ペーネロペーともに異形のガンダムでした。
設定的にはミノフスキーフライトを装備しているため、あれほど大型化したということで、やはり機動している動きは他のモビルスーツとは違いましたね。
とはいえ、もう少し見てみたいという気分もありましたが、一作目ということで控えめでした。
ここは次回作に期待ということでしょうか。

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2021年6月12日 (土)

「るろうに剣心 最終章 The Biginning」 剣心の誕生

「るろうに剣心」シリーズの最終作であり、不殺の誓を立てた緋村剣心の始まりの物語。
過去のシリーズはかつて見たことのない剣劇が見どころとなっていたアクションエンターテイメントでしたが、それらとはかなり趣を異とします。
もちろんこのシリーズならではのスピード感のあるアクションはあります。
そしてそのアクションは過去作とは、剣心が人を斬るという点が大きく異なり、それはまさにその姿は鬼神か修羅のよう。
剣心が纏っている殺気が全く違います。
しかし、本作ではそこが見せ所ではないのです。
本作で描かれる剣心、いや抜刀斎は新時代を築くために、暗殺者として剣を振るっていました。
彼は硬くそれこそが人々の幸せを守るためと信じていたのです。
ある夜、彼が幕府関係者を暗殺するときに一人の若い旗本を手にかけます。
その旗本は抜刀斎の太刀を数度受けたにもかかわらず「死ねない」と生への執着を見せます。
抜刀斎から見ればただの暗殺ターゲットでしかないわけですが、彼らにも彼らが守りたい幸せがあるということに気付かされれるわけです。
そこから彼の中で次第に自分の行動に対する迷いが生じていくのです。
私は1作目の「るろうに剣心」のレビューを書いたときに「もう一人の岡田以蔵」と書いたのですが、これはNHK大河ドラマ「龍馬伝」のなかで佐藤健さんが演じた幕末の人斬りです。
このドラマでも彼は命じられるままに人を斬り続けますが、次第に迷いが出てくる役所となっていました。
私はそこに剣心に通じるものを見たのです。
まさに本作では人斬りという行為を新時代を作るための必要悪と考えていた抜刀斎が、自分の過ちに気づき剣心となるまでの物語です。
抜刀斎としての彼は人の幸せを大きな概念としてしか、考えられていなかったのかもしれません。
実際は人にはそれぞれの幸せの形があり、大きかったり、小さかったり様々です。
剣心自体がずっと修行に明け暮れており、自分自身で幸せを感じることがなかったのでしょう。
だからそれぞれの人がそれぞれに持つ小さな幸せをイメージできなかったのかもしれません。
しかし、彼は巴と出会い、初めて幸せというものを感じます。
そしてそれがいかにかけがえのないものであるということを知ります。
それは敵の策略通り彼の弱みにもなりました。
彼はその幸せを失いますが、そこで感じた地獄のような苦しみは後の彼にとって強みになります。
自分のように人々の幸せを失わせたくないという強い思い、巴を通じて得られたその思いが、その後彼がいかに強大な敵に相対しても、決して諦めないということに繋がって行ったのでしょう。
まさに剣心の誕生の物語なのです。
その剣心を生み出した女が雪代巴です。
剣心を演じた佐藤健さんも素晴らしかったですが、巴を演じた有村架純さんが物凄くよかったです。
巴は婚約者を剣心に殺され、復讐のために彼に近づきますが、人を斬るたびに傷ついていく彼の魂に触れるにつれ、彼を愛していくようになります。
彼女自身も深く傷ついているのにもかかわらず、抜刀斎を優しく受け止め、慈しみ守る女性でした。
まさに彼女は抜刀斎ではなく、剣心を生み出した慈母だったのかもしれません。
これでこのシリーズは本当に終わりですね。
良い終わり方だったと思います。

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「映画 賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット」 キャラクターがさらに磨きがかる

浜辺美波さん主演の「賭ケグルイ」の劇場版第2作です。
もともと浜辺さんの振り切った演技が見たくて、放映したあと遅れてNetflixでTVシリーズを鑑賞し、その後劇場版を見ました。
すっかりこのシリーズにハマり、続いてアニメ版を第二期まで見て、最後は原作コミックへ。
通常とは違って遡っている感じですね。
前回の劇場版と同様に今回も劇場版のオリジナルストーリーです。
このシリーズの魅力はキャラクターの過剰なまでのハイテンションぶりと、ギャンブル勝負の際のジリジリとした緊迫感です。
前作劇場版はドラマ要素の方が強い印象を受けましたが、今回は上記の2点にフォーカスしているように感じました。
より「賭ケグルイ」らしい印象です。
キャラクターに関しては、浜辺さん演じる蛇喰夢子はコミックやアニメとはまた違う進化をしているような感じがします。
コミックの夢子はかなりグラマラスでセクシャルなのに対して、浜辺さんはご自身のイメージがそのような感じではありませんので、掴みどころのない夢子(ちょっと幼児退行しているようなふしぎちゃん)という実写版オリジナルな個性が出ているキャラクターとして確立しています。
早乙女芽亜里役の森川葵さん、鈴井涼太役の高杉真宙さんも同様ですが、まさにハマり役となっています。
また今回は生徒会長、桃喰綺羅莉もギャンブル勝負に参加し、ガッツリと登場しています。
実写版では存在感は示しつつも、自身がギャンブルをするシーンはなかったですが、今回は夢子と共にギャンブルに挑みます。
彼女を演じている池田エライザさんもまさにイメージがぴったり。
そしてギャンブルの方も緊迫感があって面白かったです。
ギャンブルを扱った映画としては「カイジ」シリーズがありますが、命懸けのギャンブルという点では「カイジ」の1作目、2作目に通じる緊張感がありました。
夢子、綺羅莉の賭ケグルイっぷりがよく出ており、次元の違うキャラクターの強さを感じました。
非常に面白く鑑賞できたので、続きが見たいなと思っていたところでのあのエンディング。
原作やアニメで描かれた生徒会長選に突入しそうな終わり方。
続編ありそうですね。
滾ってしまいます。

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2021年6月 6日 (日)

「HOKUSAI」 葛飾北斎と田中泯

富嶽三十六景などの浮世絵で知られる葛飾北斎、その生涯を描いた作品。
青年期を柳楽優弥、老年期を田中泯が演じます。
実は我々がよく見知っている北斎の作品が生み出されたのは50歳過ぎのこと。
大器晩成にも程があります。
平均寿命が短かった江戸時代でしたら、それこそ隠居という歳だったのかもしれませんが、彼は老いても尚創作意欲がなくなることはなかったようです。
彼は90歳まで生き、臨終の時の言葉が「あと10年、いや5年生かしてくれたら真の絵描きになれるのに」だったということです。
死ぬその時まで、自分に満足することなく道を探究し続けた執着、熱意は驚くべきものがあります。
私が本作を見ていて、感じるものがあったのは、老年期を演じる田中泯の演技でした。
彼を初めて知ったのは「たそがれ清兵衛」でした。
舞踏家として活躍していた田中泯にとって初めての映画出演作です。
鬼気迫るという表現がまさに当てはまるような演技でした。
俳優として映画に出演するのは初めてとは思えませんでした。
自らの肉体を使って表現する舞踏家というバックボーンが、普通の俳優とは異なる見たことのない演技を生み出したのかもしれません。
俳優としては北斎と同様に遅咲きではありますが、誰も真似できない田中泯という存在感を放ちました。
本作の彼の演技を見たときに、やはり彼の舞踏家としてのバックボーンを感じるシーンがいくつかありました。
まず一つ目は街中を旋風が通った時の人々の慌てぶりを目撃した時の北斎の様子です。
彼の目には、人の肉体の動きが克明に刻まれました。
人間の肉体がどのように動くのか。
その時筋肉の形はどのようになっているのか。
彼はそれを筆と紙でどのように定着していこうかということまで一瞬のうちに考えたのかもしれません。
そしてそれを目撃した時の北斎の表情がとても良い。
純粋に絵を描くことの悦びに満ちた表情です。
何かを表現することの喜悦です。
そしてもう一つは北斎の画で印象的な藍色を発見した時のシーンです。
その藍と出会った時、彼は雨中に飛び出し、まさに舞うように全身でその喜びを表現します。
この演技は田中泯のアドリブだったようですが、まさに舞踏家としての真骨頂だったと思います。
北斎の肉体の内面から湧き上がる言葉にできない感情、衝動。
それをこの演技で田中泯は表現したと思います。
北斎と田中泯がオーバラップしたように感じました。
まさに北斎とはこのような人ではなかったか、と感じさせられました。
柳楽優弥も悪くはなかったですが、やはり老年期のハマり方に比べると部が悪いかもしれません。

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2021年6月 4日 (金)

「劇場版 ポリス×戦士ラブパトリーナ!~怪盗からの挑戦!ラブでパパッとタイホせよ!」 監督はあの・・・

4歳娘に付き合って行ってきました。
自分の影響か、着実に映画好きとなっている娘が自分からこの作品を見に行きたいとのお願いがありましたもので。
しかし、TVシリーズは見ていないのだが・・・。
どうも幼稚園のお友達がこのシリーズ好きで色々話聞いているらしい。
それとこそこそ見ているYoutubeの動画などでも情報を仕入れている様子。
さすがデジタルネイティブ世代・・・。
しかし、プリキュアくらいまではついていけるが、このシリーズはちょっとなぁ・・・と思っていたら、監督はなんとあの三池崇史。
そういえば、以前美少女特撮ものをやるというのは聞いていたような・・・。
このお方、以前「ウルトラマンマックス」や「ケータイ捜査官7」を監督したこともあったので、特撮やるのは違和感はないのですけれどね。
子供向けでは「忍たま乱太郎」も撮っていたか・・・。
さて登場する少女戦士は全てオーディションで選ばれた子とうこと。
ですので、大人目線だと演技はかなり見ていてしんどい・・・。
シナリオもまあ子供向けではあります。
とはいえ娘は十分に楽しんだ様子。
女の子的にはカワイイ服の女の子が出てきて、悪い奴をやっっつけて、歌やダンスもあってで、好きなものが詰め込まれているんですよね。
とはいえ、所々三池監督テイストは忍び込まさせられていました。
さすがに血飛沫が飛んだりはしていなかったですが・・・。
敵の怪人(?)が特殊な力を持つラブダイヤモンドなるものを飲み込んでしまうのですが、それをう○こ的な状態で排出してしまうシーンがありました。
子供向けでありながら、こういうシーンを持ってくるのは三池監督らしい。
じゃ子供の反応はどうかというとバカウケでした。
子供はう○ことか大好きですからね!
自分としては見ていて疲れるなぁという感じだったのですが、娘は満足していたようなので、まあいいかという感じです。

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2021年5月16日 (日)

「ジェントルメン」 ガイ・リッチーの原点回帰

ガイ・リッチーの原点回帰ともいうべきクライム・アクションです。
恒例のフィルム巻き戻しもあります。
これはジョン・ウーの白い鳩と同じくらい、ガイ・リッチーのサインのようになってきてますね。
マシュー・マコノヒー演じる麻薬王が引退するという噂がロンドンを駆け巡ります。
その利権を得ようと群がるマフィアたち。
麻薬王に恨みを持つゴシップ誌の編集長が暗躍し、その裏情報を麻薬王の右腕に売りつけようとする記者。
彼らは欲ぶかさ故に相手を騙そうとしますが、予期せぬことが次々と起こっていきます。
さらにロシア人マフィアやロンドンの街のチーマーまでが絡み始め、事態は誰にもコントロールできなくなるローリングストーン状態に。
麻薬王が池に小石を投げ込んだら、さざなみがどんどん大きくなり結局は誰もを巻き込む大津波になってしまったという体。
物語が坂道を転げ落ちていくような展開はガイ・リッチーらしいです。
彼の作風が好きな人は、好きな映画ですよね(私は結構好き)。
万人受けするかというと、ちょっとわからないですが。
結局最終的には一番肝が据わっている人間が勝つという。
麻薬王のセリフに「ジャングルの王はうわべの振る舞いだけでなく、本当の王にならなくてはならない」というのがありましたが、まさにそれで、本当の王であるべく肝が据わっているかが勝負を決めたということですね。
ロンドンというと割と小綺麗なイメージがあったのですが、割と危なそうなところあるのですね。
ちと怖いです。
あと貴族というと暮らしが豊かなイメージがありますが、現在は懐事情はかなり厳しいというのもわかりました。
ダウントン・アビーの時代じゃないのね。

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2021年5月 1日 (土)

「るろうに剣心 最終章 The Final」 剣心アクションの集大成

緊急事態宣言が三度出てしまい、GW映画に公開予定の映画が軒並み公開延期となってしまいました。
本作はその前の週に公開直後に鑑賞に行ってきました。
人気シリーズ「るろうに剣心」の最新作で最終章となります。
第一作を見たときに本作の新しいアクションに衝撃を受けました。
日本の剣劇、いわゆるチャンバラはある種のリズムがあります。
緩急と言いますか、静と動の組み合わせが独特のリズムを産んでいると思います。
まさにチャンバラという言葉は刀が組み合う音を表していますから。
最近の映画はかなりテンポが速くなっているとは思いますが、それでも独特のリズム感はあると思います。
それが「るろうに剣心」はない。
というより、ずっと攻撃を連打しているような感じですよね。
リズム的には格闘ゲームのコンボのようなイメージが近い感じがします。
時代劇にワイヤーアクションを本格的に取り入れたところが新しいところですが、ハリウッドのようなふわっとしたワイヤーアクションとも違う。
それよりは肉と肉がぶつかり合っている感じがします。
一番近い感じがするのはいわゆるカンフー映画でしょうか。
このシリーズのアクション監督を務めている谷垣健治さんのカラーが出ているかもしれません。
本作ではアクションは「るろうに剣心」らしさをさらにパワーアップした派手なものになっているように思いました。
剣心と宗次郎がタッグを組んでの二対多のアクションシーンはかなり密度が高かったです。
二人の剣豪が縦横無尽に駆け回り敵を倒していく。
今まではひとり剣心が中心となり、敵を蹴散らしていくという無双状態でしたが、今回は二人。
カメラは剣心を追っていったかと思えば、すぐに宗次郎へ、そして再び剣心へ、目まぐるしく動きます。
そのためアクションが非常に立体的で、そのため密度が出ていたように感じました。
そして最後の剣心と縁の戦い。
剣心演じる佐藤健さんのアクションは今までの作品からも折り紙付。
そして新田真剣佑さんも父親からの遺伝からかアクションの才能が高い。
そのためこの1対1の戦いも見応えがありました。
すごいもの見たという感じはありますが、全部これらを追いきれていないので、もう一度見てみたい気になりますね。
なんかアクションの話ばかりを書いてしまいました。
本作は原作のキャラクターの再現度が高いですが、今回の敵役雪代縁もイメージ通りです。
原作よりもさらに逞しくなっている感じがし、最後の敵役として存在感がありました。
原作のこのパートはかなり現実離れしている感じもありましたが、うまく映画の世界観に咀嚼してコントロールできていると思います。
この辺りは大友監督は上手ですね。
The Finalに続いてThe Biginningも公開予定でしたが、どうなるんでしょうね・・・。

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2021年4月19日 (月)

「ノマドランド」 自分の生き方を自分で決める

この作品をみようと思った理由は二つあります。
一つ目は監督がMCUの公開予定作「エターナルズ」の監督を務めるクロエ・ジャオであるということ。
私はこの監督については全く知らず、どんな作風の人なのかが見てみたかったのです。
もう一つは「スリー・ビルボード」の演技が素晴らしかったフランシス・マクドーマンドが主演しているということ。
彼女の演技は演技とは思えないリアリティを感じさせてくれるのですよね。
本作で描かれるノマドとは、季節ごとの仕事を求めてアメリカ中を旅する高齢労働者のことです。
例えば、クリスマスシーズンには消費が進み、物流が激増するので、アマゾンの拠点での臨時の仕事が増えるため、そこに彼らは集まってくるのです。
彼らの多くは今世紀初頭の経済危機により、車上生活を余儀なくされた者たちです。
日本で言えばなんとなくホームレスのようなイメージを持ってしまいますが、本作を見ているとそれとはまたちょっと違う存在なのだなと感じました。
マクドーマンドが演じる主人公ファーン自身は「ホームレスではなく、ハウスレス」だと言っていました。
Houseは建物としての家、Homeは人が住む場所としての家という違いがあります。
建物としての家は持っていないが、住む場所(ヴァン)は持っているというところでしょうか。
車上生活というのは狭い日本ではなかなか考えられません。
しかし、アメリカではトレーラーで暮らすというのは昔からありました。
劇中でも言われていましたが、彼らのような生き方は幌馬車でフロンティアを目指すアメリカの開拓民のようでもあります。
彼らは経済的な問題からそのような生活をすることになりましたが、それを前向きに捉えて生きている人もいます。
例えばスワンキーという人物は、自然の中で生き、自分の行きたいところに旅をするという生き方を愛しています。
彼女は結局、旅先で病気のために亡くなってしまいますが、本望であったでしょう。
デヴィッド・ストラザーンが演じるデヴィッドは、若い時に家族を顧みなかったことに負い目を感じていることで、ひとり車上生活を送っていました。
しかし、あるとき息子が彼を探し出し、自分の家で暮らすように誘います。
結果、彼は息子家族と一緒に暮らすようになり、再びホームを手に入れました。
本作ではスワンキーのような生き方が良い、またデヴィッドのような生き方が良いといった結論は出しません。
そこにあるのはそれぞれが自分の生き方を選択するということです。
これはとても自由でアメリカ的であると思いました。
それではファーンはどうだったのでしょうか。
彼女は愛する夫に先立たれ、それでもその思いを断ち切れず、ひとりで彼と過ごした街で暮らしていました。
しかし、企業城下町であるその町は不況により閉鎖され、彼女は住む家をなくしてしまいました。
彼女の車上生活は自分で選んだものではなく、そうせざるを得なかったということだったのだと思います。
終盤、彼女は「思い出に縛られすぎた」と言います。
それは夫への思いを大切にしていたため、自分の新しい人生を楽しむということができなかったということなのだと思いました。
彼女にとって車上生活はそのような思いを振り切るためのモラトリアムであったのではないでしょうか。
彼女自身も自由を感じ、魅力を感じてきているノマド生活を続けるのか、または惹かれるところもあるデヴィッドと暮らすような道を選ぶのかはわかりません。
いずれにしても、彼女は自分の生き方を自分で選んでいくのだろうと感じました。
マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーン以外の出演者は皆、本当にこのようなノマド生活をしている人なんだということ。
なので、本作はノンフィクション的なリアルさを持っているのでしょうね。

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2021年4月18日 (日)

「21ブリッジ」 ボーズマンの遺作ではあるが、出来は平凡

昨年急逝した「ブラックパンサー」のチャドウィック・ボーズマンの最後の主演作です。
彼はこの作品の撮影中も闘病をしていたということですが、それを分かって見てみると、彼の姿も少しやつれているように見えます。
それでも劇中で逃亡犯を追いかけたりするところでは、すごい勢いで走ったりしていたので、撮影は大変だったのでないかと思いました。
とても魅力的な俳優でしたので、亡くなったのはとても残念です。
<ここからネタバレあり>
さて、作品自体の評価ですが、悪くはないが良くもないというような平凡なものであるかと思いました。
主要な登場人物としてJ・K・シモンズが演じる警察署長が出てきますが、彼が演じるといった時点で怪しさマックスです。
普通な警察署長であるわけがない。
J・K・シモンズには悪いですが・・・。
となると作品冒頭で起こった事件も裏があることは明白で、そこには警察の汚職があるというのも簡単に想像がつきます。
事件を追っている警察が組織を守るために、犯人を抹殺しようとするという展開は今までも数々の作品で見られました。
そのようなプロットを使ってはいけないというわけではありませんが、配役によってみえみえになってしまうのはいかがなものかなと。
最初から警察が怪しいことが分かってもいいという話の進め方もありますが、それにしてはその後の展開も平凡です。
ボーズマン演じる主人公は非常に中立的な存在で事件を追っていきますが、もう少し彼にドラマがあっても面白かったかもしれません。
冒頭の入り方では、そのようなドラマがあるかと思いましたが、その後は彼についてはあまり語られていませんでしたね。

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2021年4月17日 (土)

「騙し絵の牙」 編集力

現在の出版業会の状況が生々しく描かれていました。
出版不況と言われてずいぶんと経っています。
私が10数年前に雑誌広告の担当をしていた時にもすでに雑誌の発行部数は右肩下がりで、出版業界の先行きに不透明感が出てきていました。
その頃すでにアマゾンなどが進出して、本屋業界に逆風が吹いていました。
また「活字離れ」などと言われ、本を読まない人が増えているとも言われていました。
その後、欲しい情報はネットで手に入るようになってわざわざ雑誌を買わなくなったり、サブスクリプションサービスなどが出てきたりと、まさに出版業界は嵐の真っ只中です。
個人的には、本はデジタルよりは紙が好きで、読みたい本は必ず紙を買います。
また雑誌も好きなので結構買う方だと思うのですが、現在雑誌はどれも部数が減るばかりで苦労しているようです。
それでは雑誌というものが、全てネットの情報サイトのようなものに置き換わるかというとそうでもないかなと思っています。
個人の趣味を抜きに考えると、紙の雑誌がそのまま残り続けるかというとかなり厳しいと言わざるをえません。
では全くなくなってしまうかというと、そうではないと思います。
雑誌の価値は、そこに載っている情報そのものだけでなく、その情報をどのように編集してわかりやすい形で提供するかという「編集力」にあると考えているからです。
ネットには生の情報がたくさんありますが、あまりに情報がありすぎて、どれが自分にとって価値があるかを判断するのが難しい。
しかし、雑誌では編集者が情報をわかりやすく整理してくれているのですね。
ですので自分の感覚に合う雑誌があると、そこに載っている情報は自分にとって価値がある確率が高いわけです。
雑誌の価値は載っていう情報そのものよりは「編集力」にあると言っていいでしょう。
コンテンツ力と言っても良いかもしれません。
本作の劇中で「トリニティ」という雑誌の編集会議の場面があります。
編集者が色々なアイデアを出しているのですが、無難な提案を主人公である編集長速水がバッタバッタと却下していきます。
いつも通りの情報の提示では新しさがない。
その雑誌ならではの新鮮な切り口を提供する。
それが雑誌の持つ本当の力「編集力」だからです。
この「編集力」、情報を整理し理解しやすいように提示するということですが、別の言い方をすると編集側のストーリーに誘導しているとも言えます。
同じような事実からででも書き手によって全く違うように受け取れるようになる、これは発進する側のストーリーラインが異なるからです。
主人公速水は一級の編集者であり、だからこそ彼が描くストーリーラインに人を巻き込み、そのように行動させてしまうという手管を持っているとも言えます。
本作に登場する人物たちは表面に見えている顔と、その裏にある本当の自分の狙いの両方を持っている人たちが多い。
彼ら表も裏も速水に読まれて、いいように操られていく。
これは見ていても爽快なところです。
しかし、その速水すらも最後には出し抜かれてしまう。
ここもまた爽快です。
編集者の仕事の本質をしっかり描きながら、それを題材にして二転三転のミステリーに仕立てているこの作品、見応えありました。
原作者は「罪の声」の塩田武士さん。
「罪の声」の映画も面白かったので、この作家に興味が出てきました。
今度読んでみようかな。
紙の本で。

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«「モンスターハンター」 ゲームとは異なり個性を発揮できず