2018年9月22日 (土)

「スカイスクレイパー」 粘着テープはなんでもできる

これからは一家に一つは粘着テープは常備ですね!
これはこの映画を観れば、何を言っているかわかります(笑)。
一つだけ言うと、「ミッション:インポッシブル」のトム・クルーズはハイテクの吸盤グローブでしたが、本作のドゥエイン・ジョンソンはローテクの粘着テープってこと。
ドゥエイン・ジョンソン主演のアクション大作なので、細かいことは言いっこなしで楽しむのが良いですね。
ビルの中にテロリストたちが侵入し、その中に閉じ込められた男が家族のために孤軍奮闘するというお話は、かの名作「ダイ・ハード」を彷彿させます。
本作は「ダイ・ハード」ほど脚本が練り上げられているわけではなく、もっとストーリーは荒っぽい。
ストーリーもアクションも見た目も、大衆的なウケを意識しているように派手なのですよね。
これは製作しているレジェンダリーフィルムの元々の傾向ではあるのですが、中国企業に買収されてからは益々その傾向は強まっている気がしますね。
彼の国ではこういうタイプの映画が受ける傾向があります。
それはさておき、本作では”ロック様”が巨体と溢れんばかりの愛を駆使して、ありえないことを成し遂げる姿を堪能するべきでしょう。
いつしかこの方は大衆向けアクション映画のヒーローになりましたよね。
ドゥエイン・ジョンソンはタフネスさと同時に、優しさを感じさせるところがちょっと他の人とは異なるところでしょうか。
大きな体による包容力というか、守られている感じがするというか、そんな頼り甲斐があるのですよね。
この人なら絶対守ってくれる!という感じがします。
それがどんな無理筋の状況でも安心して観れる所以でしょうか。
あまり考えず”ロック様”の愛に身を委ねるのが良いでしょう。
ただし、高所恐怖症の方は要注意。
私は高いところ苦手なので、途中は非常にお尻のあたりがムズムズするような場面がありました(汗)。

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2018年9月17日 (月)

「ザ・プレデター」 矮小化されていくプレデター

「プレデター」シリーズというのは、もともとB級の映画ではあるのですが、今回のはB級にすら到達していなかったような。
オリジナルの「プレデター」も映画としては、少々乱暴なつくりなのですよね。
前半は「エイリアン」的な未知の生物に襲われ追い込まれていくサスペンス感があり、後半はシュワルツェネッガーらしい「コマンドー」なテイスト。
当たった映画のエッセンスをくっ付けたようで、前半、後半でややトーンが変わっているところが乱暴な感じを受けるところなのですが、プレデターというキャラクターの唯一無二なオリジナリティが雑さを補って余りあるのですよね。
荒っぽいつくりなところがB級映画らしい所以で、だからこそ愛すべき作品になっていると思います。
実際初めて見たときはそれほどぐっとこなかったのですが、何度も観て好きになっちゃったんですよね。
「プレデター2」はシリーズの中では一番好きな作品なのですが、それはこれが一番ストーリーとしてはしっかりとしているから。
人間がプレデターに狩られるというエッセンスは保ったままで、プレデターとは何なのか?という謎に迫ろうとしているのがこの2作目です。
一作目はそもそもシリーズ化しようなどという意図はなかったでしょうからプレデターという存在にはほとんど説明はありません。
獰猛でありながら、知恵とテクノロジーを持った狩猟者。
そこだけ。
しかし、「プレデター2」によってプレデターの設定がしっかりと成された。
それがその後のシリーズ展開に繋がっていきます。
しかし、その後のシリーズは卓越したものはなかったように思います。
「エイリアンVSプレデター」の2作品は映画のシチュエーションとしては驚きましたし楽しめましたが、それだけと言えば、それだけ。
どちらかと言えば、イベントムービーのような趣だったと思います。
「プレデターズ」は観た時は楽しんだと思うのですが、何年か経つとさっぱりストーリーが思い出せない。
あまり印象的な作品ではなかったようです。
さて本作「ザ・プレデター」ですが、観ている時から新しさは感じなかったですね。
アクションはそれなり、キャラクターもそれなりでこれといった惹きつけられるポイントがありませんでした。
「AVP」的なイベント感もありませんでしたし。
たぶんストーリーと設定がいけなかったのではないでしょうか。
戦うために進化していくという設定は、どこかで既視感があります。
プレデターのライバルのエイリアンがそうなのですよね。
あちらも人間の遺伝子を取り込んだハイブリッドが登場しています。
あちらにも通じることなのですが、人間の遺伝子を取り込んで最強になるなんて、人間が一番と思っている思想なのではと思ったりもします。
人間など歯牙にも掛けないモノだからこそ、恐ろしいわけなのですよね。
人間と通じるところが出てくると急に矮小化してしまう。
いくら3メーターのプレデターといっても倒せそうな気がしちゃうわけです。
最初のプレデターは絶対倒せなさそうでしたもん(あれはシュワルツェネッガーだから倒せた!)。
そういう圧倒的な感じがなくなってしまったから、このシリーズはだんだんとこじんまりとしてきたのではないでしょうか。
人間がおよびもつかない存在であるということがやはり緊張感を生み出す。
そう言えば「ゴジラ」もそうでしたね。

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「アントマン&ワスプ」 ヒーローとダイバーシティ

「アントマン&ワスプ」
本作が公開する前から気になっていたことは、一連のマーベル・シネマティック・ユニバースの時系列のどこに位置付けられているかということ。
アントマンは「シビル・ウォー」には参加していましたが、前作の「インフィニティ・ウォー」では姿を見せず。
本作で語られる物語が、サノスの指パッチンの前なのか後なのかというとことが一つのポイントです。
「インフィニティ・ウォー」にアントマンが参加できなかったことはすぐに語られていて、「シビル・ウォー」の時に当局に捕まってしまったため、ずっと自宅軟禁中だったというわけですね。
なるほど・・・。

「インフィニティ・ウォー」でかなりシリアスな展開になった後の最新の作品が本作「アントマン&ワスプ」。
この作品はトーンが全体的に明るいので、深刻さがちょっと緩和されてシリーズ全体でいうと一服のお茶のようなホッとした感じがありますよね。
アントマン=スコット・ラングの友人であるルイスが自白剤をうたれて、ペラッペラ喋るくだりはバカバカしくて結構好き。
なかなかああいうテイストは「アベンジャーズ」ではできないですよね。
この作品タイトルが「アントマン&ワスプ」なのですが、主人公はアントマンというよりは、タイトルのまんまワスプも加えたダブル主人公という感じがしました。
エピソードはピム博士とその妻、そしてホープ(=ワスプ)の家族の話が中心なので、どちらかといえばワスプの方が主人公ぽい。
ちょいとアントマンは影薄いかな。
そういう点でいうと実は本作はマーベルの一連のマーベル・シネマティック・ユニバースの中ではターニングポイントとも言える作品かもしれません。
アメコミヒーロー物というと、今までは男性、そして白人が主人公のものが多かったですよね。
最近は「ブラックパンサー」でマーベル初の黒人ヒーローが登場していますし、DCですが「ワンダーウーマン」がヒットしたのも記憶に新しいところ。
だんだんとヒーローの世界もダイバーシティを意識し始めているのかもしれません。
今後登場が予定されているのは「キャプテン・マーベル」でこちらは、マーベル初の女性ヒーローの単独作品です。
こちらは若き日のニック・フューリーも登場するということで、マーベル・シネマティック・ユニバースとしても重要な位置づけになりそうです。
大きくフェーズも変わろうとしている中で、ヒーローの有り様も変わっていくというタイミングなのかもしれないですね。

あと一つ残っていた疑問は、指パッチンの前か後かということですけれども、それは最後に明かされます。
ネタバレになるので、ここでは記しませんが。
アントマンが今後のインフィニティ・ウォーにおいて、大きな役割を果たしそうなことが伺えます。
ますます楽しみになりますね。

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2018年9月 8日 (土)

「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」 このシリーズの見方

最新作の「ミッション:インポッシブル」の監督は前作「ローグ・ネイション」に引き続きクリストファー・マッカリーが担当です。
「ミッション:インポッシブル」は毎回新しい監督の血を入れて、鮮度を保ってきたので、この判断は意外でした。
「アウトロー」でもトム・クルーズと一緒でしたらから、二人はよほど相性がいいのかもしれません。
調べてみるとクリストファー・マッカリーは「ワルキューレ」「ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル」「オール・ユー・ニード・イズ・キル」「ザ・マミー」などトム・クルーズ主演・製作作品の脚本も担当していて、彼の信頼が厚いことがわかります。
「ミッション:インポッシブル」シリーズの最大の見せ所であるところのアクションは前作から引き続き、肉体を駆使したリアリティ感のあるものになっています。
最近のアクション映画はグリーンバックなどでCGを駆使したものも多いですが、本作ではパリでのカーチェイスシーン、ヘリのアクションシーンなどは実景のものが多いです。
やはりこのように撮っているものはCGとは異なりやはり空気が違う感じがして、それが見ている側にも伝わってくると思います。
私はガジェットを駆使するスパイ映画らしいアクションも好きなのですが、本作のようなタイプのものも緊張感があるので、食い入って見てしまいます。
ラストの山でのアクションシークエンスは、ほんとにこれでもかこれでもかと畳み掛けるシーンの連続でした。
鑑賞時には横に外国人の方が座っていたのですが、「オーマイガー!」「ジーザス!」とかずっと言っていましたもん(笑)。
本作はIMF、CIA、ソロモン・レーン、ジョン・ラークなど敵味方が入り乱れて進んでいく意外と複雑な脚本なのですが、途中で誰と誰が組んでいるかといった展開をついていこうとも諦めました。
どちらかというと映画の流れに身を任せて、次から次へとやってくる危機をイーサン・ハントと仲間達がいかにくぐり抜けていくかということを楽しんでいけばいんのですよね。
それが「ミッション:インポッシブル」シリーズの見方なのかもしれません。
本作が今までとちょっと異なるのは、過去の作品に登場したキャラクターたちが何人か出てくることですね。
それもイーサン・ハントに関わりが深い人々が。
そのためシリーズを総括している感がなくもないのですけれども、まだまだ続きますよね。
トム・クルーズが頑張れる限りは続けてもらいたいシリーズです。

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2018年9月 2日 (日)

「検察側の罪人」 法の限界

正義というものは、一人一人で少しづつ異なっているものです。
それぞれがそれぞれの正義を押し通そうとした時、様々な争いが生まれるわけで、正義をある基準で定めたものが法律ということなのかもしれません。
しかし、法律も万能ではなく、全ての人々の正義を満たせるものではなく、また曖昧さも持ち合わせているものなので、解釈でも人により差が出てくるものです。
「検察側の罪人」という作品では、正義の基準を守るべき人々が己の正義の基準を優先させて一線を越えていってしまうことを描いた物語です。
まずは木村拓哉さん演じる最上検事。
彼の執務室に飾ってあったのがガベルです。
これは洋画を見ていると裁判のシーンで見慣れている、判事が判決を申し渡す時にコンコンと叩く小槌です(日本の裁判所では使われていませんが)。
検察官の仕事は立件することですが、もちろん立件したからといって罪が確定するわけではありません。
裁くのはあくまで裁判所です。
しかし、最上は、いつしか裁くことができるのは自分であるという錯覚に陥っていたのかもしれません。
判決を言い渡すことの象徴であるガベルを飾っていることがそれを表しています。
また訴追することは検事の仕事ですが、それはあくまで検事という立場に与えられた権限です。
当然のことながらそれはその個人に付託されたものではありません。
そしてまた刑を執行することも検事の仕事ではありません。
法律の壁によって犯罪を犯した者を裁くことができないと感じた時、最上は自らの手で罪を償わそうとします。
心情的に彼の気持ちはわかります。
一人の少女が、ただ欲望を晴らすためだけに殺された。
許されていいわけがありません。
しかし、法律を逸脱してしまっては、社会の基準が崩れて行ってしまう。
その基準が崩れていってしまうと、社会は混乱していってしまうでしょう。
状況的には罪を犯していると思われるのに、それを証明することができない場合は罪を負わせることはできません。
これを崩してしまうと法治国家ではなくなります。検察官としての正義とは、あくまで法律に則って罪を問うというものでなくてはいけません(法の解釈である程度の幅はあると思いますが)。
「俺の正義の剣を奪うのがそれほど大事か」と最上は言いますが、これはすでに一線を越えてしまった者の危険さを伺わせます。
沖田については物語では最上に対抗するヒーローのような役回りとなっていますが、彼も自分が信じる正義のためにルールを逸脱しているという点は同様のことがあると思います。
検事などの職務には、仕事の中で知り得た秘密は例え辞めたとしてもそれを漏らしては行けないというルールがあります。
沖田は最上の暴走を止めるために、そのルールを破っています。
これもまた自身の正義を行うために、決められたルールの一線を越えているわけです。
また橘にしても、同様です。
彼女は友人が味わった冤罪による苦しみから、検察という組織が持つ冤罪を作り上げる体質を告発したいというために検察庁という組織に入庁しました。
彼女が目にしたのは、彼女が予想とした通りのいくつかの歪んだ検察の体質でした。
当然彼女も検察庁の人間ですから、知り得た秘密を外部に漏らすことはできません。
しかし、彼女はマスコミと接触していました。
検察の闇を暴くためということであれば、本来なら内部告発などという手法をとるべきなのだと思います。
おそらくそうするともみ消されたりなどということがあると思ってのことなのだろうと思いますが、やはりこれもルールを逸脱しているのです。
社会のルールをであるところの法を守る人々である検察官が、それぞれの考える正義を行うために、その一線を越えてしまう。
それらは正しいことを行いたいという思いから発せられている。
そういう思いを全て満たしきれない法律の限界もあるのかもしれません。
しかし法に変わる方法を我々は持ち合わせていないのです。

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2018年8月25日 (土)

「カメラを止めるな!」 観るのを止めるな!

学生時代は映画サークルで映画を撮っていました。
素人にありがちな思いの丈を盛り込んだアートっぽい作品ではなく、あくまでエンターテイメント。
カーアクションに憧れたけれど、そんなものはできるわけないので、校内でのチャリでのチェイスシーン。
「インディ・ジョーンズ」みたいに車にロープに引きづられるシーンが撮りたかったので、代わりにリヤカーを引いた。
もちろんゾンビもやった。
今思えば、ストーリーなどお構いなしで、やりたいシーンを繋いだだけの思いだけはある作品なのだが、作っているときは何かハイテンションだった。

話題となっている「カメラを止めるな!」を観てきた。
随分遅くなってしまったが、割と大きな箱だったけれど、ほぼ満員だった。
こんなにこの映画を観ようとする人が多いなんて、ちょっと驚き。
無名の監督、無名の役者が出てくるゾンビムービー、あっと驚く仕掛けがあって、かなり楽しめるという。
とはいえ、学生の作ったようなゾンビ映画を見せられてもなーという感覚もあり、躊躇していた。
あまり自主映画っぽい作品を見ていない人には新鮮なのかもね、くらいの感覚でいた。
蓋を開けたら、驚いた。
面白いじゃん!
蓋を開けたら、は正確ではないか。
全編1カット長回しは凄いけど、お話は素人がやりそうなゾンビ映画だよね。
明らかに何か繋いでいると思われるグダグダした役者同士の会話。
思わずカメラ目線になってしまった監督の役者。
途中から急に荒っぽくなるブレブレのカメラ。
何か準備しているんだろうと感じさせる不自然に長い悲鳴。
自分もそういうことやってたからカメラの脇で起こっていることが想像できて、すごく素人っぽいゾンビ映画だな。
そんな風に思ってた。
なので、この辺まではちょっとイライラしていた。
こんなもので金取りやがって、と。

しかし、後半からそれが驚きに変わった。
なんともここからは書きにくい。
この作品はネタバレ厳禁。
ネタを書かずに、良さを伝えるのはなんとも難しい。
しかし、一つだけ書いておくと、先ほど書いたような素人っぽいグダグダさは、すべて計算づくだったということ。
気になったところすべてが計算されていたということに気づいたときの驚き。
まさにアイデアの勝利、構成の妙。
特に学生映画をやっていて、そして仕事でも映像に関わっているものとしては非常に共感できる状況の連続でなおさら気持ちが入り込んでしまった。
最後には一つの目標に突き進んでいく者たちの達成感にまで持っていく。
いやいや、凄いものを見てしまった。
感覚的には初期のナイトシャマランの作品の匂いも感じたりして(一気に見ていたものの印象がひっくり返る感覚)。
ほんと見事。

漫画原作、青春もの、ドラマの映画化・・・、日本映画がステレオタイプになってきているという印象があったけれども、こういうのが出てくるとまだまだいけると思ったりする。

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2018年8月19日 (日)

「インクレディブル・ファミリー」 一粒で何度でも楽しめる

ピクサーの「Mr.インクレディブル」の続編です。
前作は2004年の公開だったので、もう14年も経っているんですね!
監督は前作に引き続き、ブラッド・バードです。
考えてみると「Mr.インクレディブル」は現在のアメコミヒーローブームの先駆けかもしれません。
マーベル・シネマティック・ユニバースが開始されたのは「アイアンマン」からで、公開時期は2008年。
「Mr.インクレディブル」の方が先になります。
ヒーローの存在が法律で禁じられている設定というのは、最近のマーベル・シネマティック・ユニバースでも展開されていますが、全然「Mr.インクレディブル」の方が先でした。
「Mr.インクレディブル」はレトロさを持ったタイツを着たスーパーヒーロー、そして懐かしいスパイ映画の雰囲気、昔からの映画ファンにはぐっとくるアイデアが詰まっている作品です。
そしてただヒーローが活躍する事件を描くのではなく、そのヒーローたちの私生活の部分を描くところが新しくもありました。
「ヒーロー×家庭」という意外な組み合わせが新鮮で、かつ普遍的なテーマでもあり、とても楽しめたのを覚えています。
久しぶりの続編はその基本的な「Mr.インクレディブル」の設定をさらに現代的なテーマを取り入れて、パワーアップしています。
その現代的なテーマとは「女性の社会進出」ですね。
本作を見て思ったのは、日本もアメリカも同じような課題に直面しているんだなということです。
女性が社会に出て働けるようにするには、家事や育児の負担を夫婦でしっかりと協力してやるということが大事です。
それは分かっていて、頑張ってやろうとするのですが、奥さんほどにはなかなかうまくできないのが旦那さんの悩みだということはどこでも共通なのですね。
自分もいろいろやろうとするのですが、奥さんにダメ出しされて凹むときが度々あります・・・。
本作のボブの気持ちにすっかり共感してしまいました。
奥さんが頑張って社会に出て輝いているのを見るのは嬉しい。
けれど自分は、家事もうまくできず疲労困憊で追い込まれてしまう。
これは男だからということではありません。
逆に仕事をしていた女性が子供が生まれて家庭に入ったときにも同じように思うこともあるでしょう。
だからこそ、夫婦で協力して家庭のことを考えるというスタンスが大事なのですよね。
それぞれの家庭の事情もあるので、どういうやり方がいいってことはないとは思います。
けどどういうやり方がベストかを夫婦で話し合うことが大事なのかな。
時々夫婦喧嘩とかがあると、改めてしっかり話すことが大切だと思います。
日々の生活の中で、お互い甘えちゃっていることがありますからね。
ちゃんと理解をするということが大切です。
とはいえ、「インクレディブル・ファミリー」はこういった現代の家庭事情の話だけではありません、もちろん。
そういう内容は別にして、ヒーロームービー、スパイムービー的な楽しみ方でも十分に堪能できます。
さすが「ミッション:インポッシブル」を監督した経験もあるブラッド・バードなので、アクション映画としての見せ方もさすがだと思います。
リニアモーターカーのチェイスシーンとか、最後の暴走する船を止めるシーン(「スピード2」か!)とか、見応え十分。
あと子育て真っ盛りの人も楽しめますよね。
赤ちゃんのジャック・ジャックが可愛い。
無邪気な彼が赤鬼になるところとか、自分の娘もそうなので、思わず笑ってしまいました。
赤ちゃんあるあるです。
社会的なテーマ、アクションムービー様々な側面で、一粒で何度でも楽しめる「インクレディブル・ファミリー」。
さすがピクサー、安定の品質です。

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2018年8月16日 (木)

「劇場版 仮面ライダービルド Be The One」 改めてわかる本編の力強さ

TVシリーズがいよいよ終盤になり、目が離せない展開となっている「仮面ライダービルド」の劇場版です。
「仮面ライダービルド」は一年に及ぶ長期のシリーズでありながら、1クール目から次から次へとどんでん返しが続き、ずっと緊張感のある物語になっています。
最近の平成仮面ライダーはかなり物語的にもビジュアル的にも盛り沢山になって来ていて食傷気味なところもあったのですが、「ビルド」はいい塩梅であるような気がします。
決してシンプルな物語でもないのですが、基本的には戦兎と龍我の二人を軸にストーリーが展開するので、観やすいのかもしれません。
また敵が圧倒的に悪い奴(エボルト)であるのも観やすいポイントかもしれないですね。
敵にも敵の事情があるというストーリーだと、ストーリーも複雑になりがちですから。
出物やキャラクター、またキーアイテムといった要素は多いお話だと思うのですけれど、主人公と敵役がしっかりと軸が定まっているので、「仮面ライダービルド」は安定感がある物語であり、最後まで引っ張る力強さがあるように思います。
というようにTVシリーズはしっかりと軸がある物語なので、劇場版はどうしてもそこからのスピンアウトになってしまいます。
仮面ライダーの劇場版というと、TVシリーズとは関係ないパラレルワールド的なストーリーにするか、もしくは後日談という展開がありますよね。
今回の劇場版はそのいずれでもなく、TVシリーズ本編の終盤に入る物語になります(「仮面ライダーW」の時と同じパターン)。
このパターンは本編との関係性が難しいのですよね。
本編とリンクがある展開にすることも可能ですが(例えば「仮面ライダー電王」の時など)、劇場版を観ないとTVシリーズの方がよくわからない展開になるというのも不親切です。
なので、本編にあまり影響のないサイドストーリーとならざるを得ないのですが、本編が力がある物語になっているとどうしてもサイドストーリー的な弱さが出てしまいます。
先に書いた「仮面ライダーW」の劇場版は、劇場版として独立させてもとても見応えのある作品に仕上がっていたと思うのですが、なかなかいつもこのようにうまくはいきません。
本作「仮面ライダービルド」の劇場版はあまりうまくはいっていなかったかなという印象です。
映画として劇場版がよくできていなかったというつもりはなく、どうしても本編の方が力強すぎて映画の方が傍流感が出てしまった感じですかね。
悪役でブラッド族というものが出て来ますが、凶悪さでいったらTVシリーズのエボルトの方が一枚も二枚も上手。
エボルトが圧倒的な悪役だからこそ、TVシリーズが盛り上がっているとも言えるわけです。
なかなか仮面ライダーたちがエボルトに勝てそうにないという緊迫感がたまらないのです。
そのエボルトに比べるとブラッド族の3人は役不足。
この辺りが本編の力強さに敵わないという理由でしょうか。

気になったのは、次回作「仮面ライダージオウ」です。
平成仮面ライダー20作目、最後の平成仮面ライダーとして、今までのライダーの力が使える究極のライダーとして登場するということは、すでにリリースなどで発表されています。
本作が映像で初登場となるわけですが、なかなかに期待ができそうな感じがします。
節目のライダーといえば10作目の「仮面ライダーディケイド」が思い出されます。
この作品でもそれまでのライダーの力を使えるというコンセプトがあり、また「ライダー大戦」という圧倒的なビジュアルインパクトのあるオープニングで圧倒されました。
今回のジオウ初お披露目となる場面は、その「ライダー大戦」の場面と同じロケ場所でしたね。
そしてそこでも大勢のライダーが戦っている。
これは意味がある場面なのですよね・・・。
「ディケイド」の時の「ライダー大戦」がまた再現されるのか。
「ビルド」のラストも気になりますが、「ジオウ」の初登場の時も気になります。

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「快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー en film」 TVシリーズをグレードアップ

そして人々と正義を守るために日夜ギャングラーと戦う警察戦隊パトレンジャー。
彼らはそれぞれに信念があり、ギャングラーたちと戦います。
また泥棒と警察官という立場ですから、彼ら同士でも戦うこともあり、ギャングラーと合わせて三つ巴の戦いになることも。
これが物語的にもアクション的にも緊張感を高め、30分の番組でありながら非常にエンターテイメントとして完成度の高いスーパー戦隊となっています。
劇場の監督を務めるのは、TVシリーズのパイロット監督も務めた杉原監督。
「ルパパト」のテイストを作った杉原監督ですので、劇場版もスピーディで見応えのある一本に仕上がっていました。
スーパー戦隊の映画は劇場版とはいえ、尺はほとんど30分程度なので、盛り込む内容が多すぎると破綻しやすいのですが、今回の作品は普通のTVシリーズと同じようなエピソードであったので、コンパクトで観やすかったです。
TVシリーズでは共闘することがあまりないルパンレッドとパトレン1号が一緒に戦うというのが、劇場版ならではの特別感ですかね。
あとTVシリーズでも特徴的であったアクションシーンでの、非常に動きのあるカメラワークもかなり使っていましたね。
これはゴープロとかを使っているのかな?
TVシリーズではこのような場面はやや画面の劣化が感じられましたが、劇場版ではそのほかのシーンと遜色のない画質のように見えました。
機材も奮発しているのかな。
あとロボ戦でも着ぐるみとCGを上手に使い分け、キャラクターのアクションシーンと同様にスピード感の感じられる戦いになっていました。
「ルパパト」は全体的にテンポがスピーディで小気味好いですよね。
劇場版だからと言って特別なことをするのではなく、いいところをグレードアップしている感じがします。
TVシリーズも今後の展開が楽しみです。

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2018年8月15日 (水)

「それいけ!アンパンマン かがやけ!クルンといのちの星」 初の映画館体験

個人的に初めての「アンパンマン」の映画鑑賞。
そして娘にとっても初めての劇場での映画鑑賞。
60分とはいえ、初めての映画館に耐えられるかと心配しながら連れて行きました。
今回はあえて母親はお留守番で、二人で観に行ったので、なおさらドキドキです。
途中で泣き出したらどうしようと心配しつつ、なんとか娘は頑張りました(途中、おやつをあげてなだめすかしましたが)。
とはいえ、本人も楽しんだようで途中では「アンパンマン、頑張れ!」とか言って応援していました。
2歳児も魅了する「アンパンマン」おそるべしです。
私が子供の頃はまだ「アンパンマン」のアニメは始まっておらず、個人的にはちゃんと今まで観たことはありませんでした(仕事でちょっと関係したことがあってキャラクターの知識はあったのですけれど)。
TVの方は最近娘に付き合って観るようになりましたが、だいたい展開は大いなるワンパターンですよね。
バイキンマンが何かしら意地悪なことをし、アンパンマンがやっつける。
基本的に本当に悪いキャラクターは出てこないですから、子供も安心して楽しめる作品です。
バイキンマンは悪役ではありますが、憎めないところがいいでね。
劇場版もTVと同じくいつものアンパンマンのパターンではありますが、映画ならではのテーマもさりげなく提示されていました。
ここが映画版ならではでしょうか(あくまでさりげなくです)。
例えば環境問題です。
今回の劇場版での事件の発端は、バイキンマンが宇宙の彼方に捨てていたゴミが原因でした。
彼はアンパンマンにやっつけられたロボなどのくず鉄をブラックホール的なところに捨てていました。
それが宇宙の彼方にある「いのちの星」を汚してしまったんですね
「いのちの星」はアンパンマンを生み出した素で、その星は毎年アンパンマンのところにやってきます。
その星が今年は真っ黒な星となってしまい、アンパンマンたちの街がそれによって汚れていってしまいます。
自分自身が見えないところにいらないものを捨てたことが、回り回って自分の住むところも汚してしまうことに繋がってしまう。
悪気はないけどわからなければいいや、みたいな気持ちでやったことが大事になってしまうということがさりげなく子供にも伝わるように描かれていたと思います。
またバイキンマンも根っからの悪いやつではなく、ライバル(?)であるアンパンマンのことを実は大事に思っているというところも描かれます。
アンパンマンとバイキンマンが協力して、事件を解決します。
やはり助け合いは大事だということですよね。
「アンパンマン」が多くの親に支持されるのは、このような良心的なテーマを設定しているので、安心して見せられるのですね。
娘の初の映画体験は無事に終わりました。
これからだんだんと映画好きになってくれると嬉しいです。
大きくなっても一緒に映画に行ける関係でずっといたいですね。

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«「未来のミライ」 小さいけど大きなの積み重ね